第四十話 モブ兵士、試される
「てなわけで! これからよろしくね! 二人とも!」
「あ、ああ……」
「ちょっと! シルヴァくんノリ悪くない⁉」
エルダさんの部屋をあとにした直後、俺はグレーテルから肘で突かれた。
苦手なんだよな、こういうノリ。ギャルはやっぱり二次元に限るっていうか……いや、一応この世界は二次元なのか? あれ、よく分からなくなってきたな。
――――つーか……絶対まずいよな、これ……。
成り行きでグレーテルが仲間になってしまったが、彼女にはアレンと行動を共にしてもらわないと困る。俺もシャルたそも、本編とは切り離された身。深く関われば関わるほど、エンディングにどんな影響を及ぼすか分からない。
「な、なあ、シャルたそ」
「ん?」
「ふと思い出したんだけど、アレンって今どうしてる?」
「アレンなら……私が学園を辞める前に、謝罪に来たよ」
「謝罪?」
「無理やり言い寄って悪かったって」
「……」
その行動は、まさに主人公っぽい。
ならば俺にも謝罪してほしいものだが、向こうはきっと、俺に関わりたいとは思っていないだろう。もちろん、俺もできるだけ関わりたくないと思っている。だから、これでいい。
「それで……反省と鍛錬のために、今は王都を離れて山籠もりしてるって」
「……は?」
「マルガレータとレナもついていったみたい。三人ともしばらく王都には戻ってこないと思う」
――――何やってんだ……!
心の中で、俺はそう叫ぶ。
なんてこった。これでは手柄を押し付けることすらできないではないか。この状況は、相当まずい。そもそも事件を解決する存在がいなければ、もうどうしようもない。
「どうして急にアレンのことを思い出したの?」
「い、いや……本当になんとなくだよ。あははは……」
「……? 変なシルヴァ」
困惑するシャルたそも可愛いが、早急に対策を立てなければならない。
アレンがいないということは、誰もこの〝廃人化事件〟を解決できないということだ。下手に放置すれば、街ひとつがゴーストタウンになってしまう可能性もある。
――――俺たちがやるしかないのか……。
アレンの枠を、俺とシャルたそで埋める。本編通りの捜査で結末を迎えれば、この世界の大きな影響は及ぼさない……はず。
正直、その辺りは分からない。だが、やるしかない。
「ちょっと! あたしも話に入れてよ!」
腕を大袈裟に振り回しながら、グレーテルが俺たちの間に割り込んできた。
よし、俺も腹をくくろう。
「悪い悪い。ところでグレーテル。お前も魔族なら、今回の事件の犯人に心当たりはないのか?」
「うーん、今のところはないね。わざわざ魔力を吸うような魔族は、なかなかいないし。だって人間丸ごと食べちゃったほうが、力になるもん。よほど特殊な種族じゃない限り、吸うだけ吸って生かしておくなんて真似はしないと思うよ?」
「なるほど、そりゃそうか」
今の質問でボロを出してくれたら楽だったのだが、そう上手くはいかないか。
グレーテルの言う通り、魔族は基本、生物を食うことで強くなる。それなのにわざわざ魔力だけを吸い出すなんて、あまりにも非効率だ。
特殊な種族と言えば、前回の吸血鬼事件の犯人であるクロウが挙げられる。やつは人を食うより、生き血を吸うことで力が増すタイプだった。
「よし! じゃあ街に行こう! 捜査は足でやるってエルダっちが言ってたし!」
そう言って、グレーテルはずんずんと進んでいく。
困惑しながらも、俺とシャルたそは彼女について行くことにした。
「――――お前たち、そこで止まれ」
そうして騎士団本部から出ようとした矢先、突然ひとりの大男が現れ、俺たちの行く手を塞いだ。
――――まさか、こんなところで出会うとは……。
二メートル近い身長に、鍛え上げられた体。背中には無骨な大剣。ただ立っているだけで、肌がひりついてくるくらいの魔力量。只者ではないことは、一目で分かる。
「……エルダのやつ、こんな若造に魔族のおもりを任せたのか。ひどい采配だな」
「あなたは、誰?」
「俺はゼレンシア王国第一聖騎士団の元団長、ジーク=ヴェルトだ」
彼は自身の名前を口にする。
ジーク=ヴェルトは、ゲームにも登場する元騎士団の英雄である。設定資料集によると、エルダさんの師匠的な存在であり、魔族との戦いで片腕を欠損するまでは〝豪剣のジーク〟として有名だったとのこと。
彼が引退したあと、それを継ぐ形で騎士団長に選ばれたのが、エルダさんというわけだ。引退してからのジークさんは、騎士団を指導したり、相談役として貢献したりしているらしい。
「元部下の仕事っぷりを見てやろうと来てみれば、まさか魔族なんぞと手を組もうとしているとはな」
そう言って、ジークさんはグレーテルを睨んだ。
「ねぇねぇ、その言い方はだいぶあたしに失礼じゃない?」
「ふんっ、魔族相手に言葉を選ぶ必要はないだろう。……口惜しい。俺がまだ現役であれば、貴様をこの場で叩き潰してやりたかったのだが」
ジークさんは、自身の左肩をそっと撫でる。彼の体は、左肩から先がなかった。
「……元騎士団長が、私たちに何か用?」
「こっちはこっちで生意気な娘だな……貴様、新米勇者だろう?」
「そう」
「レベル3以上の魔族は、まだ貴様には重いだろう。仕事を辞退するのも、ひとつの勇気だと思うが……」
「大丈夫。シルヴァがいるから」
我が推しながら、ツッコミを入れたくなった。
一兵士に期待を寄せる勇者なんて、前代未聞。当然、ジークさんの鋭い眼光が、俺へと向けられる羽目になった。
「……貴様がシルヴァか」
「え、ええ……まあ」
「前にエルダが話していたな。シルヴァという名の、やたら強い兵士がいると」
――――どこまで言いふらしてんだ⁉
驚きのあまり声を失っていると、ジークさんは盛大にため息をついた。
「はぁ……いくらエルダが認めているからと言って、兵士は兵士。せめて副団長クラスの騎士でなければ、魔族の手綱は任せられんな」
「むっ……シルヴァは騎士よりも強い」
シャルたそ……! もうやめて……!
「ほう……では、試してみるか?」
ジークさんが背中の大剣に手を伸ばす。
そしてそれを抜き放つと同時に、俺に向けて横薙ぎに振った。
「っ!」
とっさに剣を抜いて防ぐが、突然すぎるあまり踏ん張りが利かず、俺の体は思い切り吹き飛ばされる。廊下の壁を突き破って飛び出した先には、騎士団の中庭訓練場があった。
「今のを防ぐか! なるほど、確かにただの兵士ではなさそうだ」
「っ……いてて」
瓦礫を退けながら、俺は立ち上がる。
なんたる馬鹿力。大剣を受け止めた腕が、じんじんと痺れている。
「魔族を連れて外に出たいのであれば、俺に実力を見せてみろ!」
「……やってくれんじゃん」
俺は埃を払い、剣を構える。
普段はこんなことでカッとなったりはしないのだが、あいにく、今は最推しに見られている。
推しの前でカッコ悪い姿を見せようものなら、男が廃る。
ここは、全力でジークさんに俺を認めさせるしかない。