第三十八話 モブ兵士、黒幕に会う
「ふー……いい天気だ」
今日も今日とて、俺は雲を数えていた。
俺の仕事は、門兵として門の前に立っていること。
だからこう見えても、一応仕事はしている。
「そう言えば……もうすぐシャルたその勇者試験か」
ふと思い出したことを、そのまま口に出す。
彼女は、もうすぐ勇者になるための試験を受ける。本編には一切ない流れだが、すでにシャルたそはアレンのヒロインレースから降りているようだし、大きく流れが変わる可能性は低いだろう。おかげで純粋な気持ちで、彼女の勇者試験を応援できる。
シャルたそは強い。カグヤが指導したことで、元々優れていた才能をさらに開花させた。
今のシャルたそであれば、きっと二級勇者程度の実力はあるはず。少なくとも、合格は余裕だろう。
「でも……勇者になったら忙しくなるんだろうなぁ……」
勇者はシャルたその夢なのだから、オタクはそれを全力で応援するべきなのは分かっている。
しかし、忙しくなればなるほど、一緒に過ごせる時間は少なくなる。
ああ、なんて切ないジレンマ……。
「おにーさん」
「ん?」
頭を抱えていると、突然声をかけられた。
顔を上げると、そこには深紅の髪を持つ少女が立っていた。
服装は、軍服とロリータファッションを掛け合わせたような、いわゆるミリタリーロリィタというスタイル。可愛らしさとスタイリッシュさが絶妙に融合しており、とても華がある印象を受けた。
俺は、この少女を一方的に知っている。
「あたし、グレーテルっていうの。キミがシルヴァでしょ?」
「……どうして俺の名前を」
「エルダっちに聞いた。すごく頼りになる兵士がいるってね」
グレーテルと名乗った少女は、品定めするように俺を見た。
彼女は、ブレアスの本編に登場するキャラクターである。
ただ、他のキャラと大きく異なる点がひとつあった。
それは、彼女が魔族であること。〝楔の日〟に街に紛れ込んだ、多くの魔族たち。その内のひとりが、ここにいるグレーテルだ。
「……ふーん? 確かに強いね」
そう言って、グレーテルはどこぞの特級勇者に似た、妖しげな笑みを浮かべた。グレーテルは、魔族の中でも最上位であるレベル4。つまり、魔術を扱うことができる。そんな彼女が、どうしてこんな風にのこのこと顔を出せるのか――――それは、騎士団長であるエルダさんの管理下にあるからだ。
魔族として、初めて人間に協力を申し出た存在……それが〝夢魔〟のグレーテルである。
面倒だが、時系列的に俺はグレーテルについて知らないふりをしなければならない。
「えっと……グレーテルさん?」
「なーに?」
「あなたは、エルダさんの親戚か何かで?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……わけあって、エルダっちに保護してもらってるの」
――――エルダっち、ね。
さて、どう対応したものか。当然、できることなら関わりたくない。
ブレアス本編にある、通称〝グレーテル編〟で起きる事件は、主人公であるアレンの手によって解決する。その結末がなんともやるせなくて、プレイヤーは皆、この話の中心人物になるエルダさんに感情移入して涙を流すことになるのだが……まあ、そんな話はいいとして。
俺が関わっていいことなんて、ひとつもない。
すべてアレンとその仲間に任せ、解決してもらうのが一番だ。ただでさえ、前回の試練の森襲撃事件で、アレンはあっさり負けて大怪我を負ってしまった。このままでは、やつの実力不足が祟って、世界が救われずに終わるなんて結果になりかねない。
「ねぇ、こう見えてあたしって魔族だったりするんだけど……信じる?」
「は?」
「あはっ! 驚いた⁉」
グレーテルは、俺をからかうように笑った。
――――まさか、こんなところでカミングアウトしてくるとは……。
予想だにしていない発言に、思わず驚いてしまった。エルダさんに、決して正体を明かすなと耳にタコができるくらい言われているはずなのに、この女は何を考えているのだ。
「あはは、でも安心して? あたしは人を襲わないからさ」
「……信用できないな」
そう言って、俺は剣の柄に手を置く。
素直に話を信じるより、こうしたほうが自然……なはず。
「ちょっとちょっと⁉ 戦うつもりとかないから! マジでないから!」
「……それじゃあ、なんの用があってここに来たんだ」
「エルダっちがキミの話ばかりするもんだから、どんな人なのか気になっただけ! 少し話してみたかっただけだよ!」
「……」
嘘はついていないように思える。ていうか、エルダさんはこいつにどんな話をしているんだ。話題に出してもらう分には構わないが、相手は選んでほしい。
……いや、できれば話題にも出さないでほしい。
「今日はほんとに挨拶しに来ただけだから! 邪魔ならさっさと帰るし!」
グレーテルは俺から距離を取る。
その様子からして、敵意は一切感じられない。まあ、こいつにはこいつの〝目的〟があって動いているはずだし、こんなところで騒ぎを起こすはずもないか。
「……分かった、その言葉を信じるよ」
俺は剣の柄から手を放す。それを見たグレーテルは、ホッと胸を撫で下ろした。
「はぁ、よかった。信じてもらえて」
「上司の名前を出されちゃ、手出しするわけにもいかないしな。ただ、仕事の邪魔だから、さっさとどこかへ行ってくれると助かる」
俺がそう言うと、グレーテルは周囲をきょろきょろと見回した。
「……すっごい暇そうだけど」
うるさいやい。
「ま、いいや。どうせキミとは近いうちに会うことになるだろうし」
「……?」
「今日のところはこれにて退散! またね、シルヴァくん!」
手を振りながら、グレーテルは去っていく。
その背中を見送りながら、俺は首を傾げた。
「シルヴァくん、ねぇ……」
先に言っておく。グレーテルは、これから起こる事件の黒幕だ。
そんな女に名前を憶えられた俺は、ただただ不安で仕方がなかった。