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第三十七話 モブ兵士、日常に戻る

「レベル3とレベル4の襲撃を受けて、死者ゼロ……この結果はさすがに驚いたな」


 後日。俺を呼び出したエルダさんは、報告書を読みながらそうつぶやいた。

 

「素晴らしい働きだったな、シルヴァ。上司として、私はとても誇らしく思うぞ」


「何度も言いましたけど、やったのはカグヤですからね」


「はっはっは! そんなに謙遜するな! 自分がレベル4を倒したと、胸を張っていいんだぞ?」


 俺は貼り付けたような笑みを浮かべる。

 そしてエルダさんも、己の思惑を笑顔で隠そうと必死のようだった。


「……まあ、死者がいなかったのは、ちょっとできすぎですけどね」


 実戦演習への魔族の乱入。

 世間を賑わせるほどの大事件が起きたにもかかわらず、犠牲者はひとりもいなかった。

 重傷を負ったのは、学園の教師であるリーブさんと、その生徒であるアレン。

 二人とも、内臓損傷に全身複雑骨折というひどい怪我だったが、回復系の魔術が使えるマルガレータを中心にした献身的な治療によって、一命を取り留めた。


 俺は今、心の底から安堵している。

 まさかアレンがレベル3相手に後れを取るとは思っていなかったから、俺のほうではなんの対策もしていなかったのだ。

 彼が死んでいたら、果たして本編はどうなっていたのだろう?


――――想像したくねぇな。


「拉致されていた女たちは、特に後遺症もなく普段の生活に戻れたようだ。それに伴い、ダンへの減刑が検討されている」


「……そうですか」


 それに関しても、俺は胸を撫で下ろした。

 脅されていたとはいえ、ダンさんが吸血鬼に協力したという事実は消えない。

 きっと他の誰でもなく、自分が自分を許さないだろう。

 しかし、おかした罪以上の罰を、自身に課さないでほしい。

 今はただ、そう切に願うばかりだ。


「彼が減刑されるのも、吸血鬼が倒されたおかげだ。……できることなら、貴様にすべての功績を押し付けて昇進させたいところなのだが」


「脅しみたいに言いますね……」


「生憎、騎士団内部ではすべてが特級勇者の功績ということになってしまっている」


 そりゃそうだろう。

 レベル3以上の魔族が二体同時に襲ってきて、前線に出た騎士を含めて死者ゼロなんて、本来であればありえない。

 ただ、特級勇者がいれば話は別だ。カグヤを投入すれば、敵がレベル3以上の軍勢だったとしても、ひとりで壊滅させられる。

 たまたま(・・・・)居合わせた名も知らない兵士が魔族を倒したなんて、誰も信じるわけがない。


「貴様を昇進させるチャンスだと思ったんだがな……」


「残念でしたね。俺はまだまだ門兵に縋りつきますよ」


「胸を張って言うことじゃないぞ、それ」


 エルダさんが、呆れた様子でため息をつく。


「はぁ……まあよかろう。貴様はいずれ騎士になる運命……焦って手を出さずとも、おのずと貴様は昇進する」


――――どうしてそんな怖いこと言うの……。


「シルヴァ……レベル4との戦いのこと、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」


「……はい、分かりました」


 そうして俺は〝パンデモニウム〟についてエルダさんに話した。

 〝パンデモニウム〟についての情報は、ゲーム本編でガレッドの口から語られる。

 情報公開のタイミングとしては、今で間違いないはずだ。


「魔族たちの組織、か……それは厄介だな」


「組織の目的は、勇者を全滅させることで、自分たちが自由に生きられる世界を作ることです」


 魔族にとっての自由とは、思うがままに弱者を蹂躙できる世界のこと。

 弱者を貪り、己の欲望を満たすためだけに生きる。

 勇者がいなければ、暴れる彼らを止められるものなど存在しない。

 世界は魔族で溢れ、人類は絶滅するか、玩具にされるかの二択しかない。


「魔族どもが手を組んだとなれば、ますます警戒を強めなければならん……まったく、厄介な事態になったものだ」


 エルダさんは一瞬眉をひそめるが、すぐに表情を元に戻した。


「〝パンデモニウム〟については、至急対策会議を行う。今回はご苦労だったな、シルヴァ。もう下がっていいぞ」


「はい、失礼します」


 俺は礼をして、部屋をあとにしようとした。


「――――シルヴァ」


 ドアノブに手をかけた俺を、エルダさんが呼び止める。


「また何かあったときは……貴様を頼ってもいいか?」


 いつになく頼りないエルダさんの瞳を見て、心臓がドクンと跳ねる。

 なんだかんだ言って、エルダさんだってヒロインの一角なのだ。

 何度も彼女を攻略した俺は、その魅力をよく知っている。

 強く、気高く、どこか抜けてて、我儘で、子供っぽい。

 いくら普段は厄介な上司と認識していても、魅力的なものは魅力的だ。


「……いつも通り、命令してくださいよ。そしたら、いつでも駆けつけますから」


 精一杯かっこつけた声でそう言った俺は、そのまま部屋をあとにした。

 あらやだ、なんか照れちゃうわ。


◇◆◇


「はぁ……やっぱこれだよなぁ」


 ようやく東門の仕事に戻った俺は、澄み切った空を見上げてそうつぶやいた。

 前線で魔族と戦うなんて、やっぱり性に合わない。

 俺みたいなモブは、ダラダラ仕事しながら、こうやって空を眺めているのがお似合いだ。

 いつも通りの環境に戻ってきた俺は、自身の心がスッと落ち着いていくのを感じた。

 少し離れた位置には、相変わらず無口なヤレンくんがいる。

 急に俺がいなくなったことにも特に関心がなかったようで、今日もペコっと挨拶されるだけで、特に話を聞かれるようなこともなかった。

 職場に過度なコミュニケーションを求めていない俺としては、それくらいドライでいてくれたほうがありがたい。


「シルヴァ」


「ん? あ、シャルたそ」


 声をかけられて振り返ると、そこには我が推しであるシャルたそがいた。

 相変わらず可愛いな、シャルたそは。抱き枕にして寝たら、きっと気持ちがいいだろう。


「……さすがに抱き枕にされるのは恥ずかしい」


「あ、あれ? 声に出てた?」


「バッチリと」


 途端に顔が熱くなる。

 妄想が口から漏れてしまう癖、できれば早々に治したい。


「……それにしても」


 改めてシャルたそを見てみると、内包された魔力がますます増えているのを感じた。実戦演習が終わってからも、絶えず鍛錬している証拠だろう。

 魔力は鍛錬次第で増えていくが、精神の成長――――ようはひと皮むけることで、その総量が大きく増える。

 アレンとの決別、そして〝試練の森〟での一件が、彼女をより強くしたようだ。


「……なに? ジロジロ見て」


「あ、ごめん。相変わらず可愛いなぁと」


「……それ禁止」


 赤くなった頬を膨らませ、シャルたそは恥ずかしそうに俺を咎める。

 何をしても可愛いな。天使にもほどがある。


「――――あら、浮気の現場を見ちゃったわ」


 突然、上空からそんな声が聞こえてくる。

 

「お前はほんとに……神出鬼没だなぁ」


「褒めてくれて嬉しいわ」


「褒めてねぇよ……」


 カグヤは俺たちのそばにふわりと舞い降りた。

 カグヤの姿を見るのは、実に数日ぶりだ。

 失った魔力を回復するため、月光浴をしていたのだろう。

 思えばカグヤのことも、ずいぶんこき使ってしまったな。


「……ありがとな、カグヤ。お前がいてくれたおかげで、大事にならなくて済んだよ」


「……アナタが素直に礼を言うなんて、悪いものでも食べた?」


「俺ってそんなにひどいやつだったか⁉」


「ふふっ、冗談よ」


 そう言って、カグヤは珍しく素直で優しい笑みを浮かべる。

 うむ、まいったな。さすがはブレアスのヒロイン、ここに来てとんでもない魅力を見せつけてきやがった。


――――贅沢な立場だな、こりゃ。


 愛しのヒロインたちに囲まれ、楽しくおしゃべりしている。

 モブにはもったいないくらい、最高の人生だ。

 ていうか、ここまで深くメインキャラとかかわっておいて、モブを名乗るのは無理ないか? 


――――いや、自惚れるな、俺……。


 あくまで俺は、しがない門兵。

 吸血鬼の事件にかかわったのは、あくまで本編にない事件だったからだ。

 なんなら、自分が生んだイレギュラーを解決しただけと言ってもいい。

 これからも、俺はこのスタンスを変えずに生きていこう。

 少なくとも、本編が終わるそのときまで……。


「あ、そうだわ。シルヴァに話しておきたいことがあったのよ」


「ん?」


 突然そう切り出したカグヤは、シャルたそのほうへ視線を向けた。


「この子、勇者に推薦しておいたわ」


「「……え?」」


 俺とシャルたそは、揃って目を丸くした。

 どうやらまた、本編にはない事件が起きそうだ……。

これにて一章は完結となります!

二章の更新まで少しお時間をいただくことになりますが、気長にお待ちいただけますと幸いです。

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