第三十六話 モブ兵士、成し遂げる
「……は?」
血の槍がすべて蒸発して消えたのを見て、クロウは目を丸くした。
魔力解放――――超高密度で放たれた俺の魔力は、クロウの魔力を打ち払い〝血器魔術〟の効果をリセットした。
「あんまりやりたくねぇんだよ、これ。なんてったって、目立ちすぎるからさ」
魔力を解き放ったまま、俺はクロウへ歩み寄る。
顔を引きつらせたクロウは、すぐに魔術を使用した。
「〝血戦器〟! 〝刃〟! ……あ、あれ?」
手首から溢れ出る血が、再び刃を形作ろうとする。
しかし、その血は決して固まることなく、そのまま地面に落ちた。
「無駄だ。俺の魔力領域にいる時点で、お前は魔術が使えない」
「な、なんだと……⁉」
超高密度の魔力は、相手の魔術を打ち消す。
要するに、俺の魔力が満ちた空間では、いかなる者も魔術を使用することはできないということだ。
まあ、俺よりも魔力量が多い者であれば、その限りではないが――――。
「そ、そんなバカな話があるか……! 魔力だけで魔術を封じるなんて……そんなことできるわけが……」
「できるから、ここに立ってんだよ」
この力の欠点を探すとしたら、それは周りに人がいない状況でなければ使えないこと。街中で使うなんてもってのほか。一般人が俺の魔力領域に入れば、とてつもないダメージを受ける。
現状、この空間にいて無事で済むのは、カグヤくらいのものだ。
「ボス戦で無双したいからさ、とにかくレベルを上げて挑むタイプなんだよな、俺って」
さらに魔力を解き放つ。
するとクロウは、その場で膝をついてしまった。
「なんだ……⁉ い、息が……このオレが気圧されてるとでも――――」
「やっぱりビビりだな、お前。さすが、俺を怖がって狩りのスタイルを変えただけのことはあるよ」
「っ! うるせぇ……! オレを舐めるナァァ!」
拳に魔力を纏わせ、クロウは殴りかかってくる。
魔術が使えないなら、肉弾戦で。そう考えたのだろう。
その判断自体は、間違いではない。自身を魔力で覆うことで、俺の魔力から身を守ることができるし、それを妨害できるほど、魔力領域は便利じゃない。
ただ、正解というわけでもない。
「……今更、そんな攻撃で俺が傷つくと思ってんのか?」
「ぐっ……ぎゃぁぁああああ!」
俺の体を殴りつけた瞬間、クロウの拳が砕ける。
これだけの魔力を纏った俺にダメージを与えたいなら、山のひとつでも落とさないと難しいだろう。
「なんて……さすがにそれは冗談として」
「ごっ――――」
俺はクロウの顔を殴り飛ばす。やつは勢いよく後方へ吹き飛び、俺の魔力領域から出た。
俺の魔力総量は、特級勇者であるカグヤすらはるかに上回る。
軽く小突くような拳でも、膨大な魔力を纏わせたら、必殺の一撃になる。
「あぐっ……ち、ちくしょう……」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、クロウは立ち上がる。
相当な重傷を負ったはずだが、その傷はすでに治り始めていた。
魔族の治癒能力と、俺から離れることで使えるようになった血器魔術の力で、傷を再生させているようだ。
「さて、どうする? 吸血鬼野郎。また逃げるか?」
――――まあ、絶対に逃がさねぇけど。
こいつには、これ以上好き勝手やらせるわけにはいかない。
何人もの被害者を出してまで、ようやく追い詰めたのだ。
ここで確実に仕留める。
「ふざけるな……あれだけ血を吸ったオレが、こんなところで負けるはずねぇんだ……!」
クロウが俺に向かって血の塊を飛ばす。
しかし、それは決して俺に届くことなく、魔力領域に入った瞬間ただの血液になってしまった。
「無駄だ。お前の攻撃じゃ、いくらやっても俺には届かない」
「来るな……来るなぁぁぁあああ!」
パニック状態になったクロウは、がむしゃらに攻撃し続ける。
その間に、俺はやつの眼前へとたどり着いた。
「なんなんだよ……なんなんだよ⁉ テメェはよォ⁉」
「ずいぶん遠回りしちまったが……これで終わりだ」
俺は剣を振り上げる。
それを見たクロウの顔が、恐怖に染まった。
「テメェなんか……ただのモブだろうが……!」
「ああ、そうだ。間違いなく、ただのモブさ」
――――俺も、そして、お前も。
「ゼレンシア流裏剣術――――〝魔神白滝〟」
膨大な魔力を纏わせた剣を、ただ真っ直ぐ振り下ろす。
その一撃は、クロウを真っ二つに斬り裂き、背後の山を大きく抉り取った。
「……ふぅ」
クロウが絶命していることを確認して、俺は剣を鞘に戻す。
そしてはるか先まで続く大きく抉れた地面を見て、俺は冷や汗をかく。
――――どうしようね、これ。
いくら殺意マシマシだったからといって、これはさすがにやり過ぎたかもしれない。
エルダさんにどう言い訳したものか……。
「……まあ、いっか」
いざとなったら、カグヤにすべての手柄を押し付けよう。
「っと、噂をすれば……」
振り返ると、向こうにカグヤとシャルたその姿が見えた。
カグヤはともかく、シャルたそが無事であることに安堵する。
「魔族を山ごと真っ二つにするなんて、さすがは私の夫ね」
「だから、お前の夫になったつもりはねぇって……」
何故か自慢げにしているカグヤの隣で、シャルたそも得意げな顔を浮かべていた。
「シルヴァ、聞いて」
「ん? どうした、シャルたそ」
「私もレベル3を倒した」
「おおぉぉぉ! すごいじゃないか!」
胸を張るシャルたそに、拍手を送る。
すると、カグヤは不満をあらわにしながら鼻で笑った。
「私が来なければ死んでたくせに、何をそんな威張ってるのかしら? もう少し私に感謝したら?」
「だから、私は負けてない。魔族がズルしただけ」
「戦いにズルもへったくれもないわ。考えが甘いんじゃない?」
「……じゃあ、次は絶対ひとりで勝つ」
「そう。せいぜい頑張ることね」
二人が睨み合い、火花が散る。
あのカグヤとここまで言い争いができるとは……成長したな、シャルたそ。嬉しすぎて、オタクは今この場で号泣しそうです。
◇◆◇
「ん……」
騎士団本部の地下牢で、花屋の娘であるユリアは目を覚ました。
「な……なにこれ」
両手両足を縛られ、ユリアは牢屋に入っている。
牢の外には、鎧を身につけた騎士。周囲には、七人の女が同じ状態で転がっていた。
ユリアがパニックになりかけたそのとき、牢の外にいた騎士がハッとした様子で叫んだ。
「っ! 目覚めたぞ! 騎士団長を呼べ! 今すぐだ!」
騎士がどこかに向かって叫ぶ。
すると、しばらくしてひとりの銀髪の女が現れた。
「っ! よくぞ……よくぞ目覚めてくれた!」
「あ、あなたは……」
「私はエルダ。ゼレンシア王国第一騎士団の団長だ」
ユリアは、彼女の顔に見覚えがあった。
確かに、何度か騎士団を率いている姿を見たことがある。
「ここは騎士団の地下にある拘置所だ。訳あって貴女たちを拘束させてもらっているが、間もなく解放する。もうしばらくだけ、そこで辛抱していてくれ」
「え、ええ……」
「ああ、それと……すまないが、右手を見せてくれないか?」
「右手?」
言われるがままに、ユリアはエルダに右手を見せる。
なんとも綺麗なその手を見て、エルダはホッと胸を撫で下ろす。
「痣が消えている……やはり、やってくれたんだな」
クロウが倒されたことで、女たちの体は元に戻っていた。
間もなく全員が意識を取り戻すだろう。
後遺症の存在が気がかりだが、ひとまずエルダは、無事魔族が討伐されたことに喜びを覚えていた。
「この功績には、しっかりと褒美をやらねばな」
まだシルヴァが討伐したとは限らないのだが、エルダの頭の中では、すでに彼の功績へと変換されていた。
騎士団の鎧を身に纏ったシルヴァの姿を想像し、エルダはうんうんと頷いた。




