第三十四話 モブ兵士、突きつける
「よく分かったな、オレが魔族だって」
「考えてみれば、そんなに難しいことじゃなかったよ」
――――まあ、ほとんど偶然だけどな。
最大のヒントは、被害者が女性ばかりだったこと。
廃屋に閉じ込められていた人は男だったが、あれはただのカモフラージュだ。
あの場にいた眷属を吸血鬼に仕立て上げるため、適当に攫った者たちだろう。
「被害者たちの右手にあった痣……あんたは門兵の仕事をしてるとき、気に入った女性と必ず右手で握手していた。そのときにマーキングしてたんだろ? あとで血を吸いにいくために」
そうやってこいつは、表向きでは仕事をしながら獲物の選別を行っていたわけだ。
今思えば、あのときカグヤにも握手を持ち掛けていた。彼女のことも、マーキングしようとしたのだろう。まあ、あいつの魔力が桁違いすぎて、あっさりと弾かれたみたいだが。
「攫われた人のリストに、ユリアって名前があったから、ピンときた。一応調べてみたら、リストにあった全員が南門から出入りしていたよ。しかも、つい最近な」
「……ご苦労だな、わざわざそこまで調べたのか」
「冤罪で人の首を刎ねるなんてごめんだからな」
推理が当たっていたことに、俺は内心安堵する。クロウが吸血鬼である可能性が一番高かっただけで、百パーセントというわけではなかった。
ここまで来て全く違う人が犯人だったパターンも、十分あり得た。
こっちはただの素人なのだ。不安になるのも許してほしい。
「まあ……これでもう、心置きなくお前をぶっ倒せるよ」
魔力を滾らせながら、クロウに向かって一歩踏み出す。
「お前には、色々と鬱憤が溜まってんだ。元々本編にいない者同士、ケリをつけてやる」
「何言ってんのか分かんねぇけどよぉ……まさか、オレに勝てるとでも思ってんのか?」
クロウは、身に着けていた鎧を脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、しなやかで強靭な、理想的な肉体だった。
「見せてやるよ、魔族と人間の格の違いってやつを」
クロウの体が変化した途端、大気が震えるほどの魔力が溢れ出した。
インナーを破り捨て、全身に走る赤いタトゥーが露わになる。
背中からは巨大なコウモリの翼が生え、頭の左右からは立派な黒い角が伸びている。
脇腹には、抉られたような傷跡があった。おそらく、前に俺がつけたものだ。
「お前をさっさと始末して……オレは勇者候補どもを皆殺しにする。癪だが、それが〝パンデモニウム〟に属する者の使命だからな」
〝楔の日〟以来、街に潜伏した魔族たちは、独自の組織を作り上げた。
彼らは互いに協力し合いながら、ときに欺き、勇者を全滅させたときの手柄を狙っていた。
そんなコミュニティの名が〝パンデモニウム〟
この日を境に、アレンと何度も対峙することになる、強大な力を持った組織である。
「このオレ様を前にして、生きて帰れると思うなよ?」
クロウが地面を蹴ると、まるで爆発が起きたかのように大きく砂埃が舞った。
――――大した身体能力だ。
俺は感心しながらも、一瞬にして背後に回り込んできたクロウの拳を、剣の腹で防ぐ。木々が大きく仰け反るような、強い衝撃が辺りに駆け抜けた。
「……よく受け止められたな。褒めてやるよ」
「嬉しくもなんともねーよ……!」
力で押し返した俺は、そのままクロウ目掛けて剣を振る。
しかし、華麗に身をひるがえしたクロウは、瞬く間に剣が届かない位置まで離脱してしまった。
「初撃を受け止めたのは大したもんだが、テメェのすっとろい攻撃じゃ俺を仕留めることは――――ッ⁉」
クロウがそう言い切る前に、彼の胸元から血が溢れ出た。
「仕留めることは……なんだって?」
「くっ……」
今の攻撃で、俺は二回剣を振っていた。
二回目はかわされてしまったものの、俺の初撃は、間違いなくやつの体に傷をつけることができた。
「どうした? 必死こいて血を吸った割には、大したことねぇな」
「……テメェ」
「攫った女たちを殺さなかった理由は、騎士団への陽動に利用することだけじゃないだろ?」
俺がそう言うと、クロウはハッとした。
「一度瀕死になるまで血を吸ったあと、造血薬を使って回復させる。それを繰り返せば、大きなリスクを背負うこともなく、お前は最小限の人数から無限に血を摂取することができる」
ダンさんが女たちの安否を知っていたのは、定期的にコンタクトを取っていたからとしか考えられない。
エルダさんの協力を得て調べた結果、ダンさんは何度かに分けて大量の造血薬を購入していることが分かった。女を受け渡すときに、一緒にそれも渡していたのだろう。
「……ひとつ聞かせろ」
「あ?」
「被害者の中に、小さな女の子がいただろ。彼女を殺さなかったのは、どうしてだ?」
クロウが女の子を生かしたことで、俺は一瞬本気でダンさんを疑った。
子供を引き取って世話しているダンさんだからこそ、子供を殺すことに抵抗があったのではないかと、勘ぐってしまったのだ。
結果的には、疑いようもなくこいつが犯人で間違いなかったわけだが、なおさら俺は、たったひとつのイレギュラーに疑問を抱いていた。
その残忍な心のどこかに、他人を想う気持ちが隠れているのかどうか――――。
「……そんなの、決まってるじゃねぇか」
そう言いながら、クロウは口角をつり上げ、邪悪な笑みを浮かべる。
「二度楽しむためだよ! 最初は腹が減りすぎて思わず襲っちまったが、途中で気づいたのさ! 今殺したらもったいねぇって! だからわざと見逃して、大人になるまで待ってやることにしたんだよ! 今度こそ、その生き血をすべて吸い尽くしてやるためになぁ!
クロウの耳障りな笑い声が、森に響く。
――――ああ、安心した。
「で? そのガキがなんだっつーんだよ」
「……少しでも良心があったら面倒だなって思ってたけど……おかげで、思い切りやれそうだ」
「……っ⁉」
俺が魔力を解き放つと、クロウは驚愕した様子で目を見開いた。
「なんなんだよ、テメェは……! ただの兵士じゃなかったのか⁉」
「まさか、もう忘れてんのか? 本当に男に興味ねぇんだな」
「アァ⁉」
「もう一度この剣をぶん投げて、思い出してもらうしかねぇか」
呆れたように言いながら、クロウに剣先を向ける。
ここまで言えば、さすがにやつも気づいたようだ。
「あのときの追手はテメェだったのか……! よくもオレの腹を抉ってくれたな!」
「それくらいでグチグチ言うなよ。こっちは、人の命も、尊厳も奪われてんだぞ」
少しずつ、解放する魔力を増やしていく。
すると、辺りを支配していたクロウの魔力が、徐々に俺の魔力に押し返されていった。
「な、なんだ……この魔力量は……」
「鍛錬の成果だよ」
足に魔力をまとわせ、思い切り地面を蹴る。
そうして、一気にクロウとの距離を詰めた。
「ゼレンシア流剣術……! 〝独楽噛み〟!」
「ぐっ……⁉」」
俺が放った連撃が、クロウの腹部を抉る。
再び俺から距離を取ったクロウは、腹から滴る血を見てニヤリと笑った。
「確かに……魔力量だけは大したもんだな。人間にしては……だけどな」
クロウの魔力が、凪ぎ始める。
これまでの荒々しい感じとは、まるで違った雰囲気だ。
「造血薬を飲ませ、オレは女たちから何日も血を搾り取っていた……最終的に、それが何人分になったか分かるか?」
「……さあ、知らねぇよ」
「答えは……五十人分だ」
クロウの魔力が、突然爆発的に跳ね上がった。
辺りに満ちていた俺の魔力が、次第に押し返され始める。
「オレの邪魔をするクソ野郎は、生かしちゃおけねぇ……ここで確実に殺す」
「奇遇だな。俺も同じこと考えてたよ」
俺は魔力で全身を分厚く包み、剣を構える。
さあ、ここからが本番だ。




