第二十八話 モブ兵士、尋問する
騎士団の地下にある拘置所。
犯罪者から、魔族と疑われた人間まで、様々な者が収容されている。
罪人を捕まえておけるように、壁や鉄格子はとてつもなく頑強になっており、ちょっとやそっと暴れたところで壊れることはない。
――――さて……上手くいくといいけど。
拘置所に来た俺は、ダンさんが収容された牢の前に立つ。
鉄格子の奥には、緊張した様子のダンさんがいた。
「……尋問の時間だ〝吸血鬼〟」
俺はそう告げて、牢の中に入る。
ダンさんは吸血鬼ではない。しかし、俺たちは巷を騒がせた〝吸血鬼〟を捕まえたというていで動いていた。
俺たちが解決した気になっていれば、やつは今後大胆な行動に出るだろう。
そのときが、本当の決着のときだ。
俺は、わざと音を立てて剣を抜いた。
魔族かもしれない者を前にして、武器を構えないのは不自然だ。
わずかでも、疑われる余地を残してはいけない。
「質問に答えろ、吸血鬼。そうすれば、まだしばらくは生かしておいてやる」
「……っ!」
強い語調でそう言いながら、俺はあらかじめ用意しておいた紙をダンさんに見せた。
〝今から、この紙に書かれた質問に答えてください。できれば、会話の中でさりげなく〟
「わ、分かり、ました……」
「よし、それでいい」
次の紙を見せる。
「お前が女を攫った、間違いないな」
――――〝あなたは吸血鬼に人質を取られている。間違いありませんか?〟
「は、はい……間違いありません」
「その前に発生した三件の吸血事件も、お前の仕業だな」
――――〝捕まったときは、吸血鬼のふりをしろと言われてますか?〟
「はい……そうです……」
「被害者全員、あの応接室で眠らせたのか?」
――――〝女性たちはまだ生きていますか?〟
「はい……」
「意外と素直じゃないか。こんな腰抜けが一人でやったとは思えねえな。共犯者がいたんじゃないか?」
――――〝女性たちの居場所は分かりますか?〟
「い、いえ……私ひとりです……」
「本当か? 信じられねぇな……誰か庇ってるんじゃないか?」
――――〝吸血鬼の居場所は分かりますか?〟
「いいえ……本当に、私ひとりです……」
「……まあ、魔族が他人を庇うわけねぇか」
とても大事な情報が引き出せた。
この辺りが潮時だろう。ぼろが出る前に、退散したほうがよさそうだ。
「お前の首を刎ねるため、じきに勇者様が来る。そのときまで、精々後悔しながら過ごすんだな」
――――〝必ず吸血鬼を倒します。今は辛抱してください〟
「……!」
ダンさんは、俺に託すような視線を送る。
俺は力強く頷いたあと、牢をあとにした。
◇◆◇
美しい月が輝く夜。
シャルル=オーロランドは〝月の塔〟を訪れていた。
「あら、私の恋敵じゃない。よくもまあ、のこのこと現れたわね」
月の塔から、カグヤが舞い降りる。
シャルルは思わず息を呑んだ。
月の光に照らされたカグヤは、この世のものとは思えないほど美しい。
「……ここに住んでるの?」
「ええ、そうよ。ここは月の光がよく当たるの」
「月……」
シャルルは、空に輝く月を見上げる。
確かに、街にいるときと比べると、周囲がやけに明るく見えた。
「それで、私になんの用かしら」
「……シルヴァに言われた。強くなりたければ、カグヤを頼れって」
「……へぇ」
カグヤが目を細める。
すると突然、周囲の音が消えた。
この世界において、彼女は圧倒的な強者。
その魔力を剥き出しにしただけで、生物たちは本能的に息をひそめる。
決して彼女に気づかれないように――――。
「っ……」
「ふふっ、この距離で私の魔力に晒されても、意識を保っていることは評価してあげるわ」
魔力とは、精神のエネルギー。
気迫や殺気。そういった見えない力に極めて近く、練度によっては、魔力だけで相手を屈服させることだって可能だ。
実際、シャルルは強烈なプレッシャーを受けて、膝から崩れ落ちそうになっていた。
「……愛しの夫から言われたわ。あなたの面倒を見てあげて、って。ひどいと思わない? こんなに美しい妻がいるのに、他の女の世話を焼こうとしてるのよ?」
シャルルの呼吸が荒くなる。
この場に満ちたカグヤの魔力に緊張と恐怖を覚え、呼吸の仕方すら忘れかけている。酸欠で意識を失うのも、時間の問題だった。
「これでもちゃんと、あなたには嫉妬してるの。悪い虫を払うって意味でも、ここであなたを始末してしまうほうが、私にとっては得なのよ」
「はぁ……はぁ……」
ついにシャルルは、地面に膝をついてしまう。
しかし、その目はまだ、真っ直ぐカグヤのことを捉えていた。
「立派な勇者になるって……シルヴァに誓ったの」
シャルルの体から、ゆらりと魔力が立ち昇る。
それを見たカグヤの眉が、ぴくっと反応した。
「私も、あなたには頼りたくない。でも、シルヴァを裏切りたくない……! 彼は私の、恩人だから……!」
「……あら」
シャルルから噴き出した魔力が、カグヤの魔力を跳ねのける。
魔力による攻撃は、魔力でしか防げない。
シャルルは、まさにその法則を体現した。
「――――まあ、合格ね。ギリギリ及第点ってレベルだけど」
肩を竦めたカグヤは、魔力の放出を止める。
「この程度の魔力も弾けないようじゃ、魔族とはまともに戦えないわ。これからは、常に魔力で身を守っていなさい」
「……それじゃあ」
「愛しの夫に頭を下げて頼まれちゃったし、しばらくの間、私があなたの面倒を見てあげる。特級勇者の教えを受けられるんだから、ちゃんと感謝してね?」
「よろしく、カグヤ」
「……生意気ね、あなた」
カグヤは小さなため息をつく。
実はカグヤ以上にマイペースなのが、このシャルル=オーロランドである。
シルヴァもそれを知っていたからこそ、気まぐれで奔放なカグヤに、シャルルの修行を任せたのだ。
「実戦演習の日まで、もうあまり時間がないわ。色々とその体で覚えてもらうことになるから、そのつもりでいてね。あ、多分死なないと思うから、安心していいわよ」
「……多分じゃ困る」
「私は困らないわ」
カグヤが指を鳴らすと、近くに落ちていた小石がふわりと浮かび上がる。
そしてその小石を手に取ったカグヤは、シャルルに向けて指で軽く弾いた。
風を切る音がして、小石はシャルルの頭スレスレを通り、その後ろにあった木をへし折った。
「……今の、何?」
「小石を弾いただけよ。魔力を込めてね」
シャルルの頬を、冷や汗が伝う。
もし、今の小石が頭に当たっていれば、ただでは済まなかった。
「まずは、これを百発防げるようになりなさい。もちろん、かわすだけでもいいわ」
「……まだ死にたくない」
「安心して? 最初は加減してあげる」
再びカグヤが指を鳴らすと、今度は周囲の小石がすべて浮かび上がった。
「多分死なないって言ったけど、本気で強くなりたいなら、死ぬ気でついてきてね。私、浮気相手に容赦できるほど、優しい性格じゃないから」
「鬼……」
「あら、誉め言葉?」
次の瞬間、浮かび上がっていた小石たちが、一斉にシャルルに襲い掛かった。




