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第十六話 モブ兵士、挟まれる

「よかった、見つけた」


 そう言いながら、シャルたそは俺たちに歩み寄ってくる。


「あら、どなた?」


 俺に問いかけるカグヤの顔は、どこかムッとしているようにも見えた。

 さて、なんと説明したものか……。


「私はシャルル=オーロランド……シルヴァの友達」


「友達……ふーん? 私はカグヤよ」


「カグヤ、まさか、あの特級勇者の?」


「あら、知ってくれてるのね」


「勇者を目指す者で、あなたの名前を知らない者はいない」


「へぇ、あなた勇者を目指してるのね……なかなか見込みがありそうだわ」


「カグヤにそう言ってもらえるなんて、とても光栄」


 ――――すごいな、シャルたそ。


 勇者候補からしたら、カグヤは遥か高みにいる存在。にもかかわらず、シャルたそはまったく物怖じしている様子を見せない。

 ゲームで仲間になる際は、基本アレンを挟む形になっていたから、この二人のやり取りは結構レアイベントなんじゃないか?


「それで、あなたはシルヴァの何?」


「妻よ。儚くも美しい、世界で一番美しい妻」


「妻? シルヴァは独身じゃなかったの?」


 俺に対して、シャルたそが鋭い視線を向けてくる。

 何故だ。仮に俺が既婚だったとしても、睨むようなことは何もないはず……。


「シルヴァ、説明してほしい。私が冷静でいるうちに」


「つ、妻って言うのは、こいつが勝手にそう主張してるだけだ……! 本当はただの友人で、今はビジネスパートナーだ」


「ビジネスパートナー?」


「うーん……どこから説明したもんか」


 しばし悩んだあと、俺は今起きている事件について説明することにした。

 外部の者にすべてを話すのはいかがなものかと一瞬迷ったが、シャルたそには、この状況にぴったりの〝能力〟がある。魔族発見をシャルたその功績にできれば、きっとその将来のためになる。


「〝吸血鬼〟の事件なら、学園でも噂になってる。私もぜひ協力したい」


「あら、何ができるの? シルヴァの(・・・・・)お友達(・・・)


「わざわざそこを主張する意味が分からない……」


 不満をあらわにしつつも、シャルたそは問いに答えるべく、両手を打ち鳴らした。


「〝主は来ませり、今こそ顕現せよ〟――――〝フェンリルヴォルフ〟」


 シャルたそのそばに魔法陣が広がり、神々しい光が溢れ出す。

 そして光の中から、ゆっくりと一匹の狼が姿を現した。美しい白銀の毛並みを持つ狼は、俺とカグヤを一瞥したあと、シャルたそに頬をすり寄せた。


「面白い魔術ね。召喚系かしら」


「私の〝精霊魔術〟は、契約した精霊をこんな風にいつでも呼び出せる」


 そう言いながら、シャルたそは狼の頭を撫でる。

 気持ちよさそうだ。とても羨ましい。俺も撫でられたい。


「この子は、狼の精霊フェンリル。私はリルって呼んでる」


「リルか、可愛い名前だな」


 もちろん俺は、最初からその名を知っている。

 ゲーム内において、シャルたその〝精霊魔術〟は、戦闘でも探索でも高い性能を発揮してくれる。きっとこの世界でも、同じことができるはずだ。


「……わふ」


「ん?」


 小さく吠えたリルが、何故か俺のほうへすり寄ってきた。

 それを見たシャルたそが、目を丸くする。


「すごい、私以外には全然懐かないのに」


 恐る恐る触れてみると、リルは目を細めてますます俺に頭を押しつけてきた。

 あまりにも可愛すぎる。感情の昂ぶりに合わせてさらに撫で回すと、リルはついに腹を見せて服従のポーズを取った。

 嬉しい反面、プレイヤーとしての俺はとにかく驚いていた。


 リルはシャルたそが子供の頃からそばにいる精霊で、彼女を守ることに固執している。アレンでさえ、リルに触れられるようになったのは、シャルたそとの関係がこれ以上ないくらい深まってからだった。

 どうして俺に心を開いているのかは分からないが、何はともあれ悪いことではあるまい。


「お腹を見せるなんて、可愛い犬ね」


 そう言いながら、カグヤもリルに触れようとする。

 その瞬間、リルは素早く起き上がり、カグヤから距離を取った。


「……私を拒絶するなんて、失礼な犬ね」


 唸りながら威嚇してくるリルを見て、カグヤはため息をついた。

 怒りの発言とは裏腹に、その顔はどこか寂しそうだった。自分だけが嫌われていることに、少なからずショックを受けたのかもしれない。


「これが普通。シルヴァが特別」


 シャルたそはリルに歩み寄り、再びその頭を撫でた。


「リルなら、ローブの切れ端から臭いを追跡することくらい簡単。私も必ず役に立てる。だから協力させてほしい」


「こちらこそ、ぜひ協力してほしい」


 そう言いながら、俺はローブの切れ端をシャルたそに渡した。

 

「リル、この臭いを追ってほしい」


「わふ」


 切れ端の臭いを嗅いだリルは、顔を上げてどこかへと歩き出した。

 どうやら何かを感じ取ったようだ。俺たちは、迷いなく進むリルを追いかける。


「そう言えば……どうしてシャルたそはこんなところに?」


「学園の座学テストで満点を取ったから、シルヴァに褒めてもらおうと思って探してた。一度東門にも行ったんだけど、いなかったから日を改めるつもりだった」


「なるほど……って、座学で満点⁉ めちゃくちゃすごいじゃないか!」


「ふふん」


 シャルたそは自慢げに胸を張る。

 ブレアスの公式ガイドブックによると、勇者学園の授業は質がいいため、成績の評価基準もかなり厳しいらしい。具体的にどれくらい厳しいのかは分からないが、少なくともシャルたそのテスト結果は、称賛されるべきだ。


「むう……私だって勉強くらいできるわ」


 頬を膨らませたカグヤが、俺の袖を引く。


「張り合うなよ……お前はもう勇者で、しかも特級なんだから」


「じゃあ私のことも褒めて? 世界で一番綺麗だって」


「はいはい、お前は世界で一番綺麗だよ」


「……その言葉、来世でも忘れないわ」


「反応が重たすぎるよぉ」


 俺が冷や汗をかいていると、今度はもう片方の袖をシャルたそに引っ張られた。


「……シルヴァが私以外の人と仲良さそうにしてるのを見ると、なんかムカつく」


「なんでぇ⁉」


 推しを怒らせてしまったことに対するショックが、俺の中を駆け抜ける。

 愕然としている俺をよそに、シャルたそとカグヤは揃って歩みを速めた。


「お互い苦労しそうね、鈍感さんの相手は」


「同感。まずは意識させるところから始めないと」


「そうね。どう? しばらく協力する?」


「それは魅力的な相談。今すぐ私たちが競争を始める必要はない」


「じゃあ、同盟成立ね」


 俺を除け者にしている間に、二人は話し合いを終えた。

 こっちは決して鈍感というわけではなく、意図的に距離を保とうとしているだけなのだが――――いくらそれを主張したところで、聞き入れてはもらえないだろう。

 なあ、主人公(アレン)よ。お前はこんな最高のヒロインたちを放って、どこで何をしているというのだ。これでヒロイン全員幸せにしなかったら、マジでぶった斬ってやる。


「ん……リルが反応した」


 突然立ち止まったリルは、何かを確かめるように周囲の臭いを嗅いだ。

 そして俺たちに向かって一度吠えたあと、勢いよく走り出した。


「特定できたのかしら?」


「だといいな。とりあえず追いかけよう」


 俺たちは、そうしてすぐにリルのあとを追いかけた。

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