第十三話 モブ兵士、睨まれる
――――厄介なことになったな。
俺はご機嫌な様子のカグヤを一瞥し、ため息をついた。
楽ができると思いきや、予想以上に厄介な仕事だった。特に他の捜査部隊と情報をすり合わせないといけないのが辛い。これでは単独で動こうとする俺が、悪目立ちしてしまう。こんなことになるなら、他の連中の部隊に加えられたほうが、まだマシだった。
しかしその点、カグヤがいてくれるのは都合がいい。
おかげで、俺はカグヤのサポーターとして動くことができる。あくまで単独で動くのは勇者であり、俺はそれについて行くだけ――――というていにしてしまおう。
「楽しみね、初めての共同作業」
「だから、その言い方やめろ……!」
「でも、嬉しいでしょ? 私みたいな美女と働けて」
「うぐっ……」
カグヤが体を寄せてくる。
俺が言葉に詰まっているところを見ると、彼女はくすくすと笑った。
「シルヴァはやっぱり素直で可愛いわ。私のペットにならない?」
「ぜひっ――――じゃなかった、そういう冗談はやめてくれ」
「ふふっ、冗談だと思う?」
「だとしたら、なおさらよくないわ……!」
俺のツッコミが、騎士団本部の廊下に響く。
「……とりあえず、今から会議に参加するから、お前は大人しくしててくれよ」
「仕方ないわね。妻は夫の半歩後ろを歩くものって聞いたし」
「それを言うなら三歩だろ……」
近いわ、普通に。
俺たちは、エルダさんに指定された会議室にたどり着いた。
少し緊張しながら、俺は扉を開けて中に入る。
「し、失礼します……」
部屋には、何人もの騎士や兵士が集まっていた。
あとから入ってきた俺たちは、当然注目の的になる。
「誰だあいつ……」
「兵士だよな? どこのやつだ?」
「おい……あいつの後ろにいるのって」
カグヤが部屋に入った途端、この場にいる者たちは騒然とした。
まさか特級勇者が今回の事件に関わるだなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
「ここ、座っていいのかしら」
「は、はい! もちろん……」
「ありがとう、失礼するわ」
カグヤと共に、空いていた席に腰かける。
急に話しかけられた兵士は、動揺しすぎてしまったのか、カグヤから視線を外せなくなっていた。
「ふふっ、目立ってるわね、私たち」
「目立ってるのはお前だけだよ……」
カグヤだけ、だよな?
「そ、それでは……全員揃ったようなので、これより〝吸血鬼〟の捜査会議を始める!」
司会役の騎士が、俺たちに向かって告げた。
なんだか、刑事ドラマの捜査会議みたいだ。ちょっとだけワクワクする。
「まずは現状を整理する。被害者は二十代女性が二名、それから六歳の少女が一名の、計三名だ」
少し浮かれていたが、ここはゲームの世界ではなく、もはや現実なのだ。
事件が起きれば、被害者が出る。その被害者にも、ちゃんと人生がある。
ゲームとは違い、この世界はネームドキャラを中心に回っているわけではないのだ。
「幸い、少女は一命を取り留め、今は献身的な治療を受けている」
追加で伝えられた情報を聞いて、俺はわずかに安心した。
亡くなった女性は心の底から気の毒に思うが、少なくとも、生存者がいることは喜ぶべきことだ。
「三人が発見されたのは、王都の南部である。ただこれはすでに三日前に起きた事件の情報であり、すでに魔族が他の区域に逃げている可能性がある。捜査の手は、王都全域に伸ばさなければならない」
騎士の数が増え、魔族も動きづらくなっているはず。
他の区域に逃げている可能性は、かなり高いだろう。
「本日より、捜査範囲を大幅に広げる。それから、犯人を夜行性のブラッドバット種と推定し、活動時間を夜に絞る。以上、現状について質問はあるか? ……ないようなら、担当エリア分けに移るぞ」
それから俺たちは、司会を務める騎士によって、東門周辺の捜査を担当することになった。
「では、早速今晩より捜査に入る。皆、心してかかるように」
そんな指示と共に、会議は終了した。
真面目な雰囲気に少し疲れてしまったが、やる気を出すには十分な刺激だった。
俺たちが見つけられるとも思えないが、できることはやろう。
「アナタ、お客様が来たわよ」
「え?」
突然カグヤに肩を叩かれ、俺は顔を上げる。
すると、ギラついた目を浮かべている大柄の騎士が、俺を見下ろしていた。
「えっと……」
「貴様、所属は」
「東門警備兵団ですが……」
「そんな兵士を特級勇者につけるだと……? エルダ騎士団長は何を考えておられるのだ」
騎士たちがざわつき始める。
自分で言うのもなんだが、気持ちは分かる。己の部隊に同行する勇者が、魔族の討伐に成功すれば、騎士団での昇進材料になる。彼らは、事件の解決に関わったという手柄がほしいのだ。
しかし、皆がそうして同じ条件下で競い合っている中、突然〝最強〟を引き連れた下っ端が現れたらどう思うだろう。俺なら多分、不満を言いたくなる。
「……騎士団長の意向は理解できぬが、これではあまりにも非効率だ。カグヤ殿、我々の部隊に入ってはくれぬだろうか?」
そう来たか――――と言いたいのは、俺ではなく、他の部隊の人たちだろう。
カグヤを部隊に引き入れ、確実に魔族を討伐する。もしこの頼みをカグヤが聞き入れれば、この大柄の男がいる部隊が圧倒的に有利になる。
「私に決定権はないわ。私に協力してほしいなら、彼に許可を取って?」
――――この野郎。
俺が睨んでも、カグヤはどこ吹く風といった様子。
面倒な事態にしてくれたもんだ。
「……門兵、貴様には荷が重いだろう。今すぐこの事件から降りるがいい」
「あはは……それはちょっと……」
俺だって、できることなら降りてしまいたい。
しかし、エルダさんの許可なく捜査から外れるようなことをすれば、あとでどんなペナルティを課してくるか分かったもんじゃない。それにさっきから、カグヤが俺の脇腹をつねっている。ここで引き下がったら、果たして俺の脇腹は無事で済むのだろうか?
「身の程を弁えろ、下っ端。まさか、兵士ごときが騎士である我々に逆らうというのか?」
「……俺は第一騎士団長の指示を受けてここにいます。勝手な行動は許されていません。強引な命令が目立つようなら、あなたのことを彼女に報告させていただきますよ」
「やかましい! 我々は第二騎士団だ! 第一騎士団なぞ知ったことか!」
おっと、これはまずい挑発をしてしまった。
第一騎士団と第二騎士団は、かなりバチバチなライバル関係だった。
彼らが第二騎士団とは知らなかったとはいえ、これではむしろ煽る結果になってしまう。
「は、班長……! それはさすがに――――」
「馬鹿者! 第二騎士団たるもの! 第一騎士団に後れを取るわけにはいかぬのだ! たとえ力尽くでも、貴様らに手柄は渡さん……!」
部下の制止を無視して、班長と呼ばれた男が俺に掴みかかってくる。
俺を負傷させることで、この事件の捜査から外すつもりなのだ。
もしや、これを甘んじて受けることで、俺は誰からも責められることなくこの件から降りることができるのではないか?
そう思った矢先、俺の背後にいたカグヤが、班長に向かって手を伸ばしているのが見えた。
「馬鹿っ! やめ――――」
俺が叫んだのも束の間、班長は真横に吹き飛び、側にあった壁にめり込んだ。
「がっ……な、何が……」
突然のことに混乱した班長は、そのまま白目を剥いて気絶してしまう。
慌てて救出しようとする部下たちを眺めながら、カグヤは楽しげな笑みを浮かべていた。
「特級勇者である私の夫に手を上げようだなんて……決して許すわけにはいかないわ。今後、彼のバックには私がいると思って接してね?」
そう言いながら、カグヤは俺の腕に抱きついた。
騎士たちは、そんな俺たちを青ざめた顔で見ている。
――――青ざめたいのはこっちだよ。
モブキャラごときが、こんなに目立っていいはずがない。
いたたまれなくなった俺は、カグヤを連れてそそくさと会議室をあとにした。