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第百四話 モブ兵士、生き方を決める

「……神だけは、私を認めてくれたと思っていたのに」


 仰向けに倒れたネフレンが、青き月に向かって左手を伸ばす。

 その体に刻まれた傷からは、絶え間なく血が流れ続けていた。


「ご自慢の再生能力はどうしたんだ?」


「……再生能力を得るには、心臓すらも魔族のものに変える必要がありました。さすがに、自分の心臓を止めて手術はできませんから」


「なるほどな……」


 ネフレンの隣に腰掛け、ふーっと息を吐く。


「これほどの力がありながら……何故あなたは、門兵という立場に甘んじているのですか?」


「別に。このほうが都合がいいってだけだ」


「もっと、誰かに認められたいとは思わないのですか?」


 ネフレンの縋るような目に、何故だか既視感を覚えた。


「私は、ずっと冴えない研究員でした……。だから、人一倍研究して、私の名が、少しでも大勢の記憶に残ってほしいと、願い続けていました」


 ネフレンの目から、涙がこぼれる。


「……しかし、結局誰も、認めてはくれなかった。私は、この世界に必要ない存在だったのですよ」


「だから、世界を壊して、作り直そうってか? 自分勝手もいいとこだな」


「だってそうでしょう。何をやっても、誰にも見てもらえず、脇役(・・)のような人生を歩み続けるなんて、私は耐えられなかった。だから、神の言葉を信じたのです。あなたを排除し、この世界を滅ぼせば、また新たな世界が作られるという言葉を」


「世界が、作られる?」


「まあ……それも恐らく、何者かが私を乗せるために考えた、虚言なんでしょうけどね。いい加減、目が覚めました」


 ネフレンの諦めたような笑みで、やっと既視感の正体に気づいた。

 この男は、前世の俺によく似ている。

 毎日残業しても、何故か増えていくタスク。どれだけ働いても、誰が褒めてくれるわけでもない。そんな状況を変える度胸もなく、逃げる勇気もない。

 俺は、その鬱憤を、ブレイブ・オブ・アスタリスクの世界にぶつけていた。

 ゲームなら、育てた分だけレベルが上がる。苦労した分だけ、数字として現れる。こんなに素晴らしいことはないと思っていた。ゲームの世界だけは、俺を認めてくれた気がしたのだ。

 ネフレンにとっては、それが神とやらだったのだろう。

 真っ暗な海に沈んでいるとき、差し伸べられた手を取らずにいられる者が、果たしてどれほどいるだろうか。少なくとも俺は、ネフレンがその手を取ったことを、真っ向から否定できない。

 だが、それでもネフレンは、やってはならないことをした。俺たちを嵌め、命を弄び、世界を破壊しようとした。その罪を、赦すわけにはいかない。


「――――そろそろ、時間ですね」


 ネフレンが、盛大に血を吐き出す。

 しばらく咳き込んだのち、ネフレンは少しだけ、晴れやかな表情を浮かべていた。


「生命を弄んだ男には、相応しい最期と言ったところでしょうか。……せっかくなので、さっきの質問に答えていただけませんか?」


「誰かに認められたいって思わないのか? ってやつか」


「ええ。そこに、あなたの強さの理由がある気がして」


 そう言われたら、答えないわけにはいかなかった。


「そんなもん、いくらでもあるよ」


 頭の中に、ヒロインたちの顔が浮かぶ。

 ただこの世界で生き抜くだけなら、死ぬような思いをしてまで強くなる必要はなかった。

 それでも、限界を超えてまで鍛え続けたのは、どこかでヒロインたちに見つけてほしいと願っていたからだと思う。そうでなきゃ、俺は自分の行動に説明をつけられない。

 こんな欲望、ずっと隠して生きていこうと思っていたのに、とんだ辱めだ。


「けど、そんな気持ちが、推しを笑顔にするとは思えないからな」


「推し……?」


「大好きな人たちってことだよ」


 俺がやりたいことは、推しの笑顔を守ることだ。

 この世界に起きた変化は、ついに推しに牙をむき始めた。きっと、この先も数々の脅威が襲ってくる。そうなったのは誰の責任かなんて、もう考えない。

 俺は、今を必死に生きる推しを守るために、この力を使う。


「前世の俺は、自分のために生きて、空しく死んだ。だからこの世界では、誰かのために生きようと思う」


 この世が、俺が死に際で見ている夢であるなら、いつか醒める日が来る。

 そのときは、せめて皆のそばで消えたい。推しに看取られるなんて、最高の人生だ。


「前世……なるほど、それで」


 ネフレンは、口惜しそうに唇を噛む。


「まだまだ、この世界には私の知らないことばかり……ああ、本当は私も……ただ静かに研究をしていたかった……未知への、探究を――――」


 ネフレンの瞳から、光が失われていく。

 そうして、神に振り回されし哀れな男は、その生涯に幕を閉じた。



「……終わったようね」


 座り込んでいる俺のもとに、カグヤとシャルたそが現れる。

 二人とも、怪我はないようだが、それ以上に気になることがあった。


「とんでもない魔力を感じると思ったら……なんだ、その姿は」


 眩しいくらいに白くなったカグヤを見て、俺はあんぐりと口を開ける。


「〝月光変化〟よ」


「そんな、ご存じの通りみたいに言われても……」


「まあ正直、私もよく分かってないわ。でも、綺麗でしょ?」


 カグヤがくるりと回ると、白い髪が一枚の布のようになびく。


「ああ、綺麗だよ」


 そんなありきたりな言葉しか言えない自分が、とても口惜しい。


「……」


「……カグヤ?」


 突然固まってしまったカグヤの顔を覗き込む。

 すると、まるでしぼむかの様に、いつも通りの姿に戻ってしまった。


「あ、戻った」


「どういう仕組みなんだ……?」


 俺たちが困惑していると、カグヤはひとつ咳ばらいをした。


「……もう一度言ってくれないかしら」


「え?」


「だから、今のをもう一度言ってほしいのだけど」


 頬を赤らめているカグヤに、何を求められていることを察した俺は、慌てて首を横に振った。


「や、やだよ。今更そんな小っ恥ずかしいこと」


「いいじゃない。もう一度言って?」


 カグヤがぐいぐいと迫ってくる。

 もう見慣れているはずなのに、こうやって甘えてくるカグヤの顔は、いつも以上に魅力的に映った。こんなの、一体どうやったら逆らえるのだ。


「――――私の前でイチャイチャしないで」


 否、逆らえる者がひとりだけいた。

 シャルたそは俺たちの間に割り込み、ジト目で俺を睨む。


「カグヤばっかりずるい。私も少しは頑張った」


「あ、ああ! 〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟を顕現できたんだろ? 気配で分かったよ。すごいね、シャルたそ」


「ふふん」


 シャルたそが、いつもの得意げな顔をする。

 それにしても、これでシャルたその実力は、別次元に達してしまった。

月に吼えるもの(ムーンビースト)〟の魔力は、通常のカグヤすら凌ぐ。それを従えるシャルたそは、特級の称号を与えられてもおかしくない。

 まあ、〝月光変化〟とやらを習得したカグヤは、その〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟すらも大きく上回る魔力を持っているようだが。

 こうなると、そろそろ特級勇者以上の称号が必要になってくるのではないだろうか。


「そうだ、シルヴァもお疲れ様」


「え?」


「私たちばっかり褒められるのも、よくない。見届けられなかったけど、シルヴァもきっと頑張ったから」 


 シャルたそは、両手で俺の肩を押さえる。どうやら、しゃがめということらしい。

 身を屈めると、シャルたその手が、俺の頭を撫でた。


「シルヴァは、いつも先頭で体を張ってくれる。こんなことで、労いにならないかもしれないけど」


「いや……十分すぎるよ」


 これ以上のご褒美なんてない。あるはずがない。

 金銀財宝、広い領地、そんなもの糞食らえ。明日からの給料は、もはや全部これがいい。


「油断も隙もないわね」


 急に引っ張られたかと思えば、俺はカグヤに抱き込まれていた。

 甘美な香りと、柔らかな感触に、脳の回路が焼き切れそうになる。


「頭なんて、この私がいくらでも撫でてあげる。それ以上のことだって構わないわよ?」


「それ以上⁉」


 俺が慌てていると、今度はシャルたそに引っ張られ、そのまま抱き着かれてしまった。


「駄目。シルヴァにはまだ早い」


「しゃ、シャルたそ……? 一応、俺年上だよ……?」


 しかも、前世を含めれば、もう相当いい歳である。


「私からダーリンを奪おうなんて、いい度胸ね。ここで決着をつけましょうか?」


「上等。死ぬ気で勝つ」


――――なんでこんなに元気なの……?


 さっきまでヘトヘトだったはずなのに、一体どこにこんな元気を隠していたのだろうか。

 何はともあれ、月は元の姿に戻り、カグヤはこうして生きている。

 今日くらいは、俺も自分を褒めてみたっていいだろう。


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