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第百一話 自称妻・推しヒロイン、協力する

 カグヤが大岩を浮かべると、傀儡もそれを真似るように、同等の大きさの岩を浮かべた。

 二つの岩が、正面から激突する。崩れ去る岩を眺めながら、カグヤは小さくため息をついた。


「〝重力魔術〟の威力は互角……厄介ね、ほんと」


 カグヤが魔術を使えば、近づかずとも、ほとんどの相手を一方的に蹂躙できる。

 しかし、同系統の魔術を相手にする場合は、そうもいかない。


「直接叩くしかないかしら」


 重力の向きを変え、カグヤは真っ直ぐ傀儡へと向かっていく。

 傀儡も同じようにして、カグヤを迎え撃つ。

 両者同時に繰り出した肘打ちが、ぶつかり合って拮抗する。

 先に動いたのは、傀儡のほうだった。カグヤに手をかざし、〝重力魔術〟をかける。

 カグヤはすぐさま相殺すると、傀儡の腹部を蹴りつけた。鈍い音がして、傀儡の体が勢いよく吹き飛んでいく。


――――いいのが入ったと思ったんだけど……。


 すぐに体勢を立て直した傀儡を見て、カグヤは顔をしかめる。

 傀儡の腹部についた蹴りの痕が、瞬く間に消えていく。


「再生能力ね……」


 カグヤは面倒臭そうにつぶやき、指を鳴らす。

 すると、周囲の木々が浮かび上がり、傀儡に向かって飛来した。

 傀儡が両手を広げると、飛来する木々が地面に落ちる。

すかさず反撃を試みる傀儡だったが、その視界にはもうカグヤの姿はなかった。


「こっちよ」


 カグヤの掌底が、傀儡の脇腹を捉える。ぐらりと揺れる体。カグヤは足を振り上げ、体勢を崩した傀儡に狙いを定める。


「〝月光舞踊〟――――〝ししおどし〟」


 重力による加速、そして魔力によって強化されたかかと落としが、肩を捉える。傀儡の体を通して、衝撃が地面に駆け抜けた。

 鎖骨から胸骨にかけて、砕ける音が響く。しかし、それでも傀儡は止まらない。


「まだ足りないのね」


 カグヤは貫手を構え、傀儡の心臓目がけて繰り出す。

 これで終わらせる。そんな願いが込められた一撃だった。


「カグ、ヤ」


「っ……!」


 傀儡の口から、再びヨミの声が漏れる。

 気づいたときには、カグヤはもう手を止めていた。その腕を、傀儡が鷲掴みにする。


「――――しくじったわね」


 カグヤが苦笑いを浮かべると、傀儡はその腕を強引に引っ張り、背中から地面に叩きつけた。

 ずっと無縁だった痛みが、背中から全身に駆け抜ける。肺の空気が一気に押し出され、目の前で火花が散った。

 傀儡の攻撃は、まだ終わらない。


「ア、ソボ」


 傀儡の手から、魔力が放たれる。

 それによって起きた爆発は、カグヤどころか、傀儡すらも飲み込んだ。


「くっ……」


 舞い上がった煙の中から、カグヤが離脱する。ただ、その体に刻まれたダメージは、深刻だった。すぐに膝を折った彼女は、浅い呼吸を繰り返しながら、なんとか顔を上げる。


「カグヤ……アソボ……」


「お転婆ね、まったく」


 爆発を受け、傀儡も大きなダメージを負っていた。

 しかし、すぐに再生し、元に戻ってしまう。


「……参ったわ。まさか、私がこんなにも甘い女だったなんて」 


 あの貫手が決まっていれば、その時点で勝負は決まっていた。

 しかし、どうしても、かつての友の姿が浮かんできてしまう。


「ひどい話だわ……あなたを、この手で殺さないといけないなんて」 


 体に力が入らず、いまだ立ち上がれずにいるカグヤに、傀儡が迫る。

 しかし、突如飛来した黒い影が、傀儡の体に直撃した。

 完全に隙を突かれた傀儡は、その衝撃によって大きく後退する。


「ヤタガラス……」


 旋回する黒い影を見て、カグヤは呆気に取られる。


「あなたが倒れてるところなんて、初めて見た」


 ヤタガラスを従え、シャルルがカグヤの前に立つ。

 その顔色は、いまだ悪い。


「っ……どういうつもりかしら」


「カグヤが、ひとりで決着をつけたがっているのは知ってる。でも、やっぱり放っておけない」


 シャルルが手を打ち鳴らすと、ケルネイアが現れ、カグヤの体を癒しの光で包む。


「今のカグヤは、カグヤらしくない。自分の感情に振り回されるほど、あなたは弱い人じゃないでしょ?」


 シャルルの知るカグヤは、この世界でもっとも自由な存在。

 悲しみや怒りすらも、カグヤを縛る鎖としては不十分だ。


「あなたもダーリンも、ほんと無茶ばっかり言うわね」


 やがて、傷が完治したカグヤは、服についた土埃を払いながら、シャルルの隣に立った。


「まったく、私をなんだと思ってるのかしら」


「カグヤ、でしょ?」


 当たり前のように言葉を返したシャルルに、カグヤは思わず笑顔になる。


「……ふふっ、そうね。その通りだわ」


「ここからは、一緒に戦う」


「ええ、足引っ張らないでちょうだいね」


「当然。これは、そのための力だから」


 シャルルの背後に、漆黒の魔法陣が現れる。

 その禍々しい気配に、傀儡が身構えたのが分かった。


「〝主は来ませり、今こそ顕現せよ〟――――〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟」


 魔法陣から姿を現したのは、かつてのカグヤの半身。

 月夜に吼える異形が、再びこの地に降り立った。


「今のあなたに操れるのかしら?」


月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、他の精霊と比べて絶大な力を持つ。

 下手をすれば、術者のほうがその力に振り回されてしまうこともあり得る。


「正直、長くは持たない。だから、さっさと決める」


「ええ、同感よ」


 カグヤと〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟が並び立つ。

 二人のシルエットは、まったく同じ。傀儡も合わせれば、カグヤが三人いるようなものだ。

 あり得るはずがなかった状況に、カグヤはくすりと笑う。


「やっぱり、遊び相手は多いほうが楽しいわよね」


 三人が、同時に宙に浮かび上がる。

 しばらく睨み合いが続いたあと、カグヤが傀儡と距離を詰める。

 傀儡は逃げるように、〝重力魔術〟による高速移動をした。それを、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟が無効化する。浮力を失った傀儡は、地面に向かって落ちながら、二人に向かって魔力弾を放った。


「それじゃ、行くわよ」


「ム!」


 カグヤが微笑みかけると、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟はこくりと頷いた。

 傀儡の魔術を無効化している今、機動力は二人のほうが圧倒的に上。カグヤたちは、傀儡の魔力弾をかわしながら、一気に距離を詰める。


「〝月光舞踊〟――――〝くさび〟」


 カグヤの横蹴りが、傀儡の鳩尾に直撃する。

 蹴り飛ばされた傀儡がバウンドした先には、すでに〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟が控えていた。


「アハッ!」


月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、傀儡の頭を鷲掴みにし、嬉々として持ち上げる。

 傀儡の頭が、ミシミシと悲鳴を上げる。〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、雄叫びと共に、傀儡の体を地面に叩きつけた。地面が衝撃でひび割れ、傀儡の体から、バキバキと骨が折れる音が鳴る。

 しかし、痛覚を持たない傀儡は、壊れた体を意に介さず、その手を〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟に向ける。

 その手から放たれた魔力の塊が、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟に直撃した。


「アハハハ!」


 頭の一部が吹き飛んだにもかかわらず、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は笑いながら傀儡の首を掴み、思い切りカグヤのいるほうへ投げ飛ばす。


「いい子ね。上出来よ」


 カグヤは、軽く地面を蹴って跳び上がる。


「〝月光舞踊〟――――〝かざぐるま〟」


 カグヤの裏回し蹴りが、傀儡の頭部を捉えた。

 頭が吹き飛んだかと思う勢いで、傀儡の首がへし折れる。ただ、首の骨が折れた程度では、傀儡は止まらない。


――――畳みかけるなら、ここしかない……!


 連続で与えた、大きなダメージ。それによって生まれた、絶好のチャンス。


「シャルル、私に合わせなさい」


「うん」


 シャルルの意思が、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟を動かす。

 天高く舞い上がったカグヤと〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、上空から傀儡を見下ろす。


「さあ、踊りましょう」


 二人が、傀儡に向かって急降下する。

 避けようとした傀儡だったが、二人が放つ強力な重力に襲われ、抗う間もなく膝をつく。

 もはや指一本動かせない重力の中、傀儡にできることは、その場でただ這いつくばっていることだけだった。


「「〝月光舞踊〟――――〝双天(そうてん)姫街道(ひめかいどう)〟」」


 カグヤとシャルルの声が重なった瞬間、二つの皓月(こうげつ)が、傀儡を貫いた。


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