表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/107

第百話 自称妻、怒る

「何故このようなことに……」


 顔を覆い、ネフレンは嗚咽する。

 そこには、俺には到底理解できない、純粋たる狂気があった。


「あんた、カグヤを魔族にして、結局何がしたかったんだよ」


「……この世界は間違っている」


 背筋がゾッとする。

 それは間違いなくネフレンの声だった。頭ではそう認識しているのに、まるでここにはいない別の誰かの言葉であるような、形容しがたい違和感があった。


「神の力ですべてを破壊し、この世界をリセットするはずだった。それを、あなたが……!」


 怒りの形相になったネフレンから、魔力が溢れ出す。

 おかしい。ただの研究者であるはずのネフレンに、これほどの魔力があるはずない。

 俺は警戒心を強め、二人を庇うように立ち、剣を構えた。


「魔族を用いた実験は、私の存在を高めてくれました……お見せしましょう、私が得たすべてを」


 ネフレンが、白衣を脱ぎ捨てる。

 上裸になった彼の体には、夥しい数の縫い目の痕があった。縫い目ごとに肌の色がまったく異なることから、魔族のパーツも混ざっているのだろう。


「どうです! 美しいでしょう⁉ 神が人と魔族の混血であるならば、私も人の身でありながら、この体に魔族を宿すことにしたのです! これで私は、もっと神に近づける……!」


 体を撫でまわしながら、ネフレンはうっとりとした顔で赤き月を見上げる。

 魔族の体を人体に移植すれば、甚大な拒絶反応が出るはずだ。同族であっても、拒絶反応が起きるのに、異種族なんてもってのほか。

 研究者らしく、科学的に拒絶反応を抑えているのか、それとも、やつが特別な力を持っているのか。

 なんにせよ、今の体になるためには、相当危険な橋を渡ってきたはずだ。一体、何が彼をそうさせるのだろう。


「――――あなたにとって、神というのは私のことよね?」


 カグヤが、俺の隣に立つ。

 その足取りは、さっきよりもしっかりしていた。


「魔族を体に取り込んだ程度で、私に近づけると思われるのは心外だわ。とても不快よ」


「あなたの声など、聞く価値もありません。神がただの人間に敗れるなんてことは、決してない。あなたは神ではなかった。だから負けたのです」


「ふふっ、そんな風に思っているうちは、いくら研究したって無駄ね」


「……なんだと?」


 ネフレンの額に、青筋が浮かぶ。

 どうやら、研究者としての彼のプライドが、刺激されたようだ。


「神だろうが、悪魔だろうが、関係ないのよ。ダーリンの前ではね」


 そう言って、カグヤは俺に向かってウインクをした。


――――参ったな、こりゃ。


 カグヤより強いことを証明した今、俺が半端なことを抜かすと、カグヤまで恥をかく。

 推しに対し、そんな真似はできない。


「面白い。神すら下すというのなら、証明していただきましょう」


 ネフレンがそう言うと、カグヤもどきの体が浮かび上がる。

 この魔力の感じ、やはりカグヤそっくりだ。


「彼女は、私が神を真似て作り上げた、最強の傀儡です。体が壊れては交換を繰り返し、月の魔力を十年以上吸わせました。今や、オリジナルよりも強大な力を持つかもしれません」


 ネフレンの言っていることは、あながち間違いでもない。

 魔力量から察するに、少なくとも、普段のカグヤに並ぶ力を持っている。


「ほら、私の可愛い傀儡よ。彼らにご挨拶を」


「……」


 傀儡の口が、ぎこちなく開く。

 その挙動は、本当に人形のようだった。


「カ、グヤ……イッショ、ニ、アソ、ボ……」


「っ⁉」


 聞き覚えのない、幼い子供の声。

 それを聞いた途端、カグヤが目を見開く。


「あなた、まさか……ヨミ(・・)、なの?」


「カグヤ、アソ、ボ」


 傀儡が笑う。それはまるで、糸で釣られたような、歪な笑みだった。


「ああ、そういえば……あの実験体とあなたは、とても仲がよろしかったようですね。感動の再会、というやつでしょうか?」


「ヨミは、死んだはずよ……あなた、一体何をしたの」


「私は最初、神をこの手で生み出すことに尽力しました。そこで目をつけたのが、〝月の研究所〟の実験体たちです。彼らは、神と同じ魔族との混血。死体であっても、絶好の素材でしたよ」


「まさか……他の子たちまで」


「ええ、もちろんこの体に組み込まれていますよ。ほら、美しいでしょう? 命を散らしてなお、こうして新たな存在として輝いているのですから」


 ネフレンが、傀儡の髪を撫でる。

 その挙動に対する嫌悪感で、俺は思わず目を逸らしそうになった。


「死者を弄んで……何が美しいってんだよ」


「ふふふ、教えて差し上げましょうか? その体に、直接ね」


 傀儡が、俺に向かって一直線に跳びかかってくる。

 身構えた瞬間、横から伸びてきたカグヤの手が、傀儡の腕を掴んで止めた。


「反吐が出るわ。あなたのような男は」


「ほう。私の傀儡を止めるとは」


 カグヤはネフレンを睨んだあと、俺を一瞥した。


「このお人形さんとは、私がやるわ。いいわよね、ダーリン」


「でも、その体じゃ……」


「あら、私を誰だと思ってるの? ……終わらせてあげたいの。私の手で」


 カグヤの背中を見つめ、俺はため息をついた。

 こうなったときのカグヤには、何を言っても無駄だ。


「分かった。その代わり、ちゃんと帰ってこい」


「ふふっ、心配性な旦那様だわ」


 カグヤは、傀儡を掴んだまま、宙に浮かび上がる。

 瓜二つの彼女たちは、はたから見ていると、ただの仲睦まじい姉妹のように見えた。


「場所を変えましょう」


 離れていくカグヤを、俺はただ見送る。


「シャルたそ、一応カグヤを見ててやってくれないか」


「もちろん、そのつもり。気をつけてね、シルヴァ」


「ああ。シャルたそもね」


 シャルたそはカグヤの後を追って、駆け出した。

 俺には、俺の役割がある。カグヤが戻ってきたときに、まだ終わっていないのかとがっかりさせたくない。 


「俺の相手は、お前だな」


「どうしようもない愚者ですね、あなた方は。……いいでしょう。天啓を受けし私自ら、あなたを神のもとへ送って差し上げます」


 ネフレンの右手に、〝口〟が現れる。鋭く尖った歯は、間違いなく魔族のものだ。

 そして、〝口〟が大きく開くと、燃え盛る業火が溢れ出した。


「悪いけど、神には興味ねぇよ」


 向かってくる炎を斬り裂き、剣先をネフレンに向ける。


「俺が大事にしてんのは、推しの笑顔だけだ」


 それを奪おうとするやつは――――必ずこの手でぶちのめす。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ