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ピロリン。ピロリン。ピロリン。
『新しいメッセージが』
「もういい」
何だこれは。キーラはどうかしてしまったのか?
違う。
既にどうかしてしまってるのは、もしかして私の方?
「キーラのメールはどこから届いたの?」
『地球です』
「……どこを経由してるの?」
『答えたくありません』
「は?」
AIが何を言ってるんだ。
「もう一度聞く。このメールはどのワームホールを経由して、この宇宙船に届いたの?」
沈黙が流れる。即答しないのなんて初めてだ。リリィまで壊れかけているらしい。
もしかして命令を取り消すのを待っているのだろうか?
そんなことはしない。
やがてリリィは答えた。
『このメールはワームホールを経由していません。直接この宇宙船に届きました』
「ここと、地球との距離は?」
『答えます。サラ。二百光年です』
つまりこのキーラからのメールは、二百年前に送信されたものだってことになって、ということはキーラはとっくの昔に◆◆◆◆◆◆だって人間の寿命は◆◆◆◆◆◆◆◆◆……。
「く、う……」
脳裏に映像が過ぎる。
私はある宇宙空間でデブリを集めている。
その時、凄まじい嵐に巻き込まれた。どこかの恒星が突然爆発したのだ。
私は慌てて宇宙船に戻ったが、宇宙船もろとも激しい衝撃で吹き飛ばされた。
気がついた時、宇宙船はどこともしれぬ空間を漂っていた。
「私、私は……」
寒い、身体が震える。
記憶が混濁している。どれが本当の私だ?
宇宙空間に一人きりでいると気が狂う。
私はすでにおかしくなってしまっている。
だって有り得ないことばかりさっきから考えているから。
「日誌を見せて」
『誰のですか?』
「サラ・ルーリィのものに決まってるだろ!」
『◆◆◆◆年◆◆月◆◆日。恒星の爆発に巻き込まれたらしい。突発的に発生したワームホールに飲まれたらしく、地球から二百光年も離れた場所に飛ばされてしまったみたい。二百光年という距離は歩いて行くには果てしないけれど、ワームホール技術の発達した今の時代では物凄く遠いわけではない。だって私自身が、ものの数秒で二百光年離れたここに来たのだから。……なんていうのは慰めにもならない。この宇宙船では自力でワームホールを発生させられない。ここから地球に向けて光を飛ばすと、届くのは二百年後。ここはそういう場所なのだ』
『◆◆◆◆年◆◆月◆◆日。質の良いデブリも一緒に飛ばされたらしく、少なくとも宇宙船のエネルギーに不自由する心配はなさそうだ。デブリ回収業者としてはここは宝の山だけど、デブリだけではどうにもならないことはある。水と食料。大事に使えば数ヶ月は保つ。……数ヶ月しか保たない。その間に救助が来てくれるのを祈るしかない』
『◆◆◆◆年◆◆月◆◆日。何もない。何も起こらない。誰も来ない。私は暗闇の中で助けが来るのを待つしかない。キーラ、あなたの声が聞きたい』
『嫌だ死にたくない嫌だ誰か助けてお父さんお母さんキーラ死にたくない嫌だ喉が渇いた死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない私はここにいます私はここにいるんですお願いしますどうか私を帰して怖いよ死にたくない死にたくない私は死にたくない』
私はコックピットの端にある小部屋に目を向ける。そういえば記憶にある限り、私はそこに入ったことがない。入る必要がなかった、と自分に言い訳をしていた。
部屋の名前はドールルーム。ガニメデ人がドールを遠隔操作するための部屋である。
『警告します。サラ、その部屋に入る必要はありません。システムエラーでドールは既に使用中になっており、使えません。その部屋に入る必要はありません』
リリィの言葉に思わず笑ってしまいそうになる。
こんな優しいAIがあるのだろうか。
「やっぱりあなたって心があるんじゃないかと思うの」
私はドールルームの扉を開いた。
そこにいたのは、ドールを操りながら力尽きただろうサラ・ルーリィの白骨死体だった。