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今日も予定通りのデブリを回収した。掘り出し物こそ見当たらなかったが、変換されたエネルギーをこれだけ持って帰れば黒字は確実なので十分といえば十分である。
気になるのは仕事内容よりもキーラからのメールだ。
具体的なことは書いていないが、何か切羽詰まったような雰囲気を感じる。
キーラに何かあったのだろうか?
にわかに心配になってきた。
「だけど……」
文面を思い返すと、確かにキーラの文章からは危機感のようなものが感じられるが、心配されているのはキーラ自身ではない。
というか、これは……。
「私の心配をしてる?」
どういうことだろう? 無事も何も私はここでピンピンしている。
地球で何かの情報を得て、私よりも早く私の危機を察している……なんてことがあるのだろうか?
「いや、そんな宇宙海賊団じゃあるまいし……」
賞金稼ぎがギャングに報復を受けるみたいな話は映画で見たことがあるが、私はただデブリを回収しているだけで善悪を問わず誰かに恨みを買った覚えはない。
「うーん、本人に聞いてみるしかないか」
キーラにはまだ返信していなかった。ワームホールを経由した電子メールでも地球まで届くのに数日掛かるのはざらなので、慌てて返信するよりは必要なことをしっかり考えて書いた方がいいという判断だった。
地球で手紙のやりとりをしていた時代は、一通一通しっかりと内容を吟味して送っていたことだろう。それがネットの普及によりショートメッセージでのやり取りが多くなり、宇宙世紀に入った今はまた順序立ててよく考えたメールを送るように戻ったのが何となく面白い。
『キーラ、私は無事よ。というより、普通にデブリを回収しているだけ。どうしてあなたがあの文章を送ってきたのかの方が気になるくらい。キーラは何を心配しているの?』
とはいえ、しっかり考えようにも元のキーラの文章の意味がよく分からないのだから鸚鵡返しのような文章しか送れない。
『送信しました』
と、リリィの声。送信しましたはいいけれど、これが地球に届くまでに何日か掛かって、キーラが詳しいことを書いて返すまでにまた何日も掛かってとなるわけで、しばらくは悶々としないといけない。というか、返事が届く頃にはもう私はガニメデまで帰り着いているんじゃないか。
「まあ、キーラの身に何かあってるわけじゃなさそうだし別にいいか」
――――。
『サラ、起きて下さい。サラ』
「え?」
不意に起こされて身体が思わずびくりと跳ねる。
どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。
「ちょっと、驚かさないでよ」
『すみません、サラ。しかしそろそろ宇宙船のエネルギーが尽きますので、デブリを回収しなくては』
「は?」
何を言ってるんだこのポンコツAIは。宇宙船のエネルギーならさっき回収したばかりで……。
「マジだ」
メーターを見ると、宇宙船の残存エネルギーはほとんど尽きてしまっていて、今は余剰エネルギーで何とか回している状態だ。
エネルギーが完全に切れた宇宙船はただの鉄の棺桶だ。
私は慌てて外に飛び出して手当たり次第にデブリを集めた。宇宙服にもエネルギー充填が必要なので、本当にギリギリだった。
「なんで、どうしてこんなことに?」
私はデブリを集めながらも、こうなった原因について考えていた。
宇宙船にあったエネルギーを馬鹿食いする何らかの機構が意図せず有効になっていて、知らず知らずのうちにエネルギーを使い込んでいた可能性はどうだろう。
例えば、私がうたた寝している間にリリィが波動砲を勝手に撃ちまくっていたりしたら、今みたいな状況になり得るけれど。
――んなわけないか。
私のレンタル宇宙船は最低限の機能しか入っていない。当然軍用の波動砲なんて着いていないのだから、勝手に撃つもへったくれもない。
それに疑っておいてなんだけど、私はリリィを信用している。デブリ回収を始めてから、私のパートナーと呼べるのはリリィだけで、彼女? に助けられたのも一度や二度ではない。今だってエネルギーが完全に切れる前に私を起こしてくれたからギリギリで事なきを得たのだ。
――あるいは。
寄生生物がエネルギー貯蔵庫に侵入している可能性。これは現実的に有り得るし、もしかしたらキーラの心配事と合致するかもしれない。
「それだと、ちょっと洒落にならないんですけど……」
宇宙空間内で生体レーダーを回してみる。周辺に何らかの生物がいれば反応するようになっていて、まさにこういった宇宙船に寄生生物などが侵入した恐れがある場合に使用されるものだ。
しかし。
「うーん……」
レーダーには何の反応もない。周辺のデブリ群に怪しい生物が潜んでいたりはしないし、レーダーの範囲には宇宙船も入っているので、船に取り憑いているものもいないということだ。
「原因が分からないのは気持ち悪いけど、寄生生物に入られたわけじゃなかったのは良かったかな」
寄生生物の種類によっては私では対処出来ずにこの場で詰んでしまっていたかもしれないので、最悪の事態では一応ないようだ。
外側から改めて宇宙船を眺める。やはり随分年季が入っていて、もしかしたら今回の航海が最後になるのかもしれない。それくらい古い。
「やっぱり老朽化が原因かな……」
ちりり。
レンタルの宇宙船は確かに安物だったけど、こんなにも古かったっけ?
だって端から見たら、大きなデブリとまるで見分けがつかな◆◆◆……。
船内に戻ると同時に電子音が鳴った。またメールが届いたらしい。
「キーラから?」
『はい』
早いな。返信してから一日も経っていない。新しいワームホールが開通した可能性もあるけど、多分キーラが立て続けにメールを送ったのだろうというのが常識的な判断か。
『気をしっかり持って。私達は絶対にあなたを見つけるから。だから決して諦めないで。希望を捨てないで、サラ』
「何が……」
ピロリン。
『新しいメッセージが届きました』
「開いて」
『大勢の人であなたを探してる。私のこのメッセージも、本当はあなたに届くか分からない。ううん、大丈夫。私達はきっとまた会える。私は信じてる』