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「ただいま」


 と言って宇宙船に戻るとリリィは必ず『お帰りなさい』と返してくる。そういう風にプログラムされているという話なのだけど、一人きりで宇宙船に乗っていると話相手はリリィくらいしかいない。


機械相手に真面目に会話をするというのは、はたから見たらおかしな風に見えてしまうかもしれないが、この行為が孤独な宇宙空間内で人間の精神を守るために役に立つということは科学的に証明されているらしい。


 なんちゃら論文って言ってたかな……。


『ヒューリアー論文です。サラ』


 聞いてもないのにリリィが答を教えてくれた。


「私、時々あなたに心があるんじゃないかって思うことがあるんだけど、おかしいかな?」


『そう思って頂けるのであれば、対話型AIとしてとても光栄です』


「今の返事はテンプレっぽかったから減点」


『サラは意地悪です』


 自分が狂ってるのかいまだ狂っていないのか、私は今もまだ正気を保てているのかどうか。

 それを確かめるために私はリリィに頼るしかない。


「ん――」


 ちり……と、頭に何かノイズのようなものが走った気がした。


「えっと、何をしようとしてたんだっけ……」


 ああ、そうだ。集めたデブリがどれくらいエネルギーに変換されたのか確かめようとしていたのだ。


 集めたデブリは宇宙船後部に備え付けられている変換装置に放り込む。私が現在使っている宇宙船は格安のレンタル品だが、これを選んだ決め手は変換装置の性能の良さだ。これが悪ければいくらデブリをかき集めても微々たるエネルギーしか得られないことになってしまうため、回収業者にとってはとても重要な機能なのだ。


「うん、良い感じ」


 宇宙船のエネルギーも満タンに近くなっている上に、余剰分もキープ出来ている。余剰エネルギーはガニメデに持って帰ればそれなりの値で売れる。正直な話、デブリの中から宝物なんてそうそう見つかるものではなく、デブリから作る余剰エネルギーで採算を取っているのが回収業者の実情だ。


「これだけ変換効率が良ければいくらでもここにいられるね」


 何せ一日分集めただけで宇宙船の燃料分を回収出来てしまっている上に、周囲を見ても同質のデブリはまだまだ無尽蔵に残っている。


 まあ、水と食料の問題があるのでいつまでもここにいるのは不可能なわけだけど。


「明日はドールは使える?」


 ドールとは人型の精密機械で、業者が生身で宇宙空間に行く代わりにドールを遠隔操作してデブリの回収を行わせることが出来る。


 これはガニメデ出身者が使える能力で、自分の意識をドールに乗り移らせたような状態になる。同じ人類でも地球人には使えないというのが不思議だ。両親が地球人でも子供がガニメデで生まれれば高い確率でドール操作能力を持つようになるので、ガニメデの何らかの特徴が胎児に影響を与えるのだろうと推測されている。


 基本的に宇宙空間に出るのは危険な行為なので、ドール操作能力を持った者は、ドールを操ってデブリを回収するのが本来のやり方である。


 私がそうせずに地球式でデブリを集めていたのは、初めはまず自分の身体で宇宙に出たいみたいなこだわりがあるから――というわけではなく、単にそう出来なかっただけだ。


『サラ、ドールは既に使用中となっています』


「いや、使ってないよね?」


『しかしそうなっていますので』


「いやいや」


『使用中です』


 取り付く島もない。リリィはAIなのでこういう時に融通が利かない。


 使用中も何も宇宙船内には私しかいない。その私が使用していないのだから、誰もやっているはずがない。それなのに使用中の一点張りというのは、宇宙船のプログラムの方に何らかの異常があるのだろう。


 ちなみにドールが自分の意志を持って勝手に動き出すといったストーリーは宇宙船における定番のホラー話だ。


 まあいくら何でもそんなことは現実には起こらないので、有り得るとすれば……。


「この宇宙船に私以外の誰かが潜んでいて勝手にドールを使用している……とか?」


 いや、普通に怖いからやめて欲しい。


 そんなに広い宇宙船ではないから私以外が勝手に乗り込んでいたら流石に気づく。


 プログラムの故障ということにしておこう。この宇宙船をレンタルした時にデブリ変換装置以外の機能をきちんと精査しなかった私が悪い。この話は終わり!


 大体、この宇宙船は随分年季が入っているから、そういうことが考えてしまうのだ。ボロいだけならまだいいけど、ドールが使えないのは帰った時に業者に文句を言って値切りを要求すべき案件だ。


「はあ、やっぱり自分の宇宙船が欲しいな」


 そう思う。


 デブリ回収で地道に稼いではいるものの、この調子ではいつになるやらといった感じだ。


 宇宙船は事前に登録されたワームホールを利用して太陽系を離れた超長距離を移動するのだが、レンタルの宇宙船は登録されたワームホールも限られている。結局宇宙の果てまで自分の好きなように旅をするには、まずはマイスペースシップが必要なのだ。


 宇宙船を買ったら最初に行く場所はもう決めてある。


 地球だ。


 地球には幼馴染みのキーラがいる。彼女も私と同様にガニメデ出身だが、十歳の頃に地球に引っ越した。


 私はいつか彼女を迎えに行くと約束している。


「そういえば、キーラはどうしてるかな」


 直接会わなくてもキーラとはひっきりなしに文通している。今は地球の名門ハイスクールに通っているはずだ。だって彼女はとても頭が良い。


 私と力を合わせればきっとどこにだって……。


「あれ?」


 キーラとはいつも文通しているのに、どうして今になって彼女はどうしてるかなんて考えたのだろう。


 その時、ピロリンと軽い電子音が船内に響いた。


『新しいメールが届きました』


 メールか、と言っても私が文通する相手はほとんど決まっている。


「差出人は?」


『キーラ・シュートです』


 やっぱりだ。


 私はメールを開いた。


『サラ、今どこにいるの? あなたに会いたい。あなたが無事でいることを信じてる。このメールがあなたに届くことを信じてる』


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