〈第12話〉食べたい、食べたくない……?
学校行事の名イベントの文化祭の話し合いがHRで行われる。
その出し物に普段参加していないが白愛が挙手をして出し物の提案をするが……。
9月23日白崎高校────昇降口
前日の雨が降ってから、気温も下がってきて、秋の足音が聞こえてきそうな今日この頃。
私は美沙の運転する車で登校している。
小太郎が転校してくるまでは、学校なんて退屈な場所でしかなかったが、今では一日の楽しみになっている。
美沙が学校指定の駐車場に車を止める。
私は鞄を持ちシートベルトを外して助手席から降りて昇降口に向かう。
「白愛、今日の帰りはどうするの?」
車から降り後を追ってきた美沙が私の隣に並び、放課後の帰りをどうするか聞いてくる。
「今日もバスで帰るわ」
美沙の職員会議以来、小太郎の家近くのバス停まで一緒に帰っている。
「はいはい、分かったわ。それにしても変われば変わるものねぇ~……」
そう言って美沙が私の方に視線を向けてくる。
「何を言っているの?何も変わってないわよ」
嘘だ。小太郎がここに来てから私は変わったと思っている。
朝も美沙に起こされなくても起きるようになったし、何より自分に笑顔が増えた気がする。
私に笑顔が増えたことで、美沙も正臣も時々嬉しそうにすることが多くなった。
ただ、改まって言われてしまうと私の中の天邪鬼が出てきて反対なことを言ってしまう。
「ふ~ん。ま、いいけどね」
美沙の方を見てみると何故かニヤニヤしている。
その視線の先を追うと、昇降口に入って行く小太郎の姿があった。
「……」
今日も小太郎の居る生活が始まると思うと、頬が緩んでしまうのが分かる。
それを横から見ていた美沙のニヤニヤも多くなっている気がする。
私は「コホンッ」と咳払いをして、何事もなかったように昇降口まで歩く。
美沙は職員用の昇降口があるので、ここで別れてそちらの方に歩いて行く。
「おはよう」
私は美沙と離れた後急ぎ足で昇降口に入って、靴を履き替えている小太郎に挨拶をする。
「あ、白愛おはよう」
小太郎が私の方を見て笑顔で挨拶を返してくれる。
「珍しいね。ここで朝の挨拶し合うの」
そう言われればそうかもしれない。
いつもは私が先に来て席についているか、小太郎が先に来て席についているかのパターンだった。
「今日はちょっと道が混んでたみたいだから」
小太郎は私が靴を履き替えるまで傍で待ってくれていた。
上履きに履き替えた私が、「行きましょ」と言うと小太郎は横に並んでくれる。
「この前の雨が降ってから大分過ごしやすい気温になって来たね」
小太郎が私に何気ない話題を振ってくる。
話しを振られた私は「そうね」と短く返す。
「こっちの学校の事はまだよくわかんないけど、そろそろ文化祭の時期になってくるんじゃない?」
そうか、もうそんな時期か。
私は近年の温暖化で感覚がブレていた為気付かなかった。
この先雨が降る度気温も下がってくるだろう。
私はこの時、このままの気温でしばらく耐えてほしいと思った。
私はこの時初めて、この季節に開催される学校行事に参加してみたい気持ちになった。
「白愛は何か出し物でやりたいものってないの?」
小太郎にそう聞かれ、私は「う~ん」と考え込む。
「もしかしたら今日の1時限がHRになってるのって文化祭についての話し合いじゃない?」
小太郎の考えは当たっていると思う。
この時期の1時限目にHRを設けるということは、文化祭の方向性を決める話し合いしかない。
生徒間での方向性、出し物が決まれば各々のクラスで出し物が被らないように、放課後の生徒役員会で会議を行いさらに詰める話をして、そこから一日の授業にHRと銘打って文化祭の準備が始まる。
「そういう小太郎はやりたい出し物とかないの?」
毎年文化祭の時期には居ない私にはやりたい出し物なんて思いつかなくて、逆に小太郎に質問してみた。
「う~ん……。お化け屋敷は去年やって失敗だったみたいな事勘九郎達が言ってたからなぁ……」
小太郎は顎に手を当て悩み始める。
教室までの間だが、こうやって朝から小太郎と話しをするのもいいな。
小太郎が転校して来てから3週間くらい経って、転校生の物珍しさも収まってきているが、小太郎は人当たりがいいからか休み時間には他生徒、特に勘九郎とその取り巻き3人に囲まれていることが多い。
まだ小太郎と話していたいが、何だかんだで教室に着いてしまった。
「佐々木、篠原さんおはよう」
私と小太郎が席まで来ると、早速杉谷が寄ってくる。
「……」
私は杉谷を無視して席に着き、いつも読んでいる文庫本を取り出す。
「杉谷おはよう。今日の1時限のHRって何をやるのかな?」
小太郎が杉谷にHRの内容が何か質問をする。
「ん~、多分だけど文化祭の事かなぁ。今日決めて明日の放課後に生徒会役員で各クラスの出し物を決めるって感じかな。それと、うちのクラスは席替えがあるかも?」
小太郎の質問に杉谷がそう答える。
「席替え?このタイミングで?」
「大体始業式の日のHRで席替えするんだけど、今回してないからもしかしてだけどあるかも」
小太郎と杉谷の話しに聞き耳を立てている訳ではないが、そうか席替えがある可能性があるのか。
勘九郎が隣の席だったのが嫌悪感しかなかったから、席替えがあるのはいいのだが、出来れば小太郎の近くの席になりたい。
今日のHRで何をするか美沙に聞いておけばよかったと私は後悔した。
そんな色々なことに考えを巡らせていると、始業のチャイムが学校中に鳴り響く。
~>゜~~
9月23日白崎高校────2年A組
始業のチャイムが鳴り、1時限のHRが始まる。
チャイムと同時に、担任の美沙が教室に入ってくる。
「は~い、それじゃHRを始めます。今日は来月の文化祭の出し物を決めます。委員長進行お願いね」
美沙がそう言うと男子のクラス委員長と女子のクラス委員長の瑞希が起立して壇上に上がる。
「それじゃ今年の文化祭の出し物を決めようと思います。10分時間を取りますので周りと話して案を出してください」
男子のクラス委員長が進行、瑞希が書記という立ち位置でHRが進行していく。
ここの時点で杉谷が言っていた席替えの可能性はないなと俺は思った。
10分の話し合いの時間を設けられ、静かだった教室が生徒の話声で賑やかになる。
離れた席に居るいつもの3人が俺と勘九郎の周りに集まってくる。
「いやぁ、今年は何にする?」
皆口が俺達に相談を始める。
「お化け屋敷でリベンジする?」
田中がふざけているのか、瑞希にも止められ去年失敗している出し物を提案してくる。
「お前、瑞希にも止められたじゃろが」
勘九郎が笑いながら田中にツッコミを入れる。
「佐々木は前の学校で何やったの」
杉谷が俺に転校前の学校でやった出し物を聞いてきた。
「ん~、去年はたこ焼きだったかなぁ」
俺は杉谷の質問に去年やった文化祭の出し物を思い出して答える。
「こういう祭りごとには粉物は欠かせんからのぅ」
俺達は10分間それなりに真面目な話し合いをした。
「それでは時間になりましたので、席に着いてない人は戻ってください。何か出し物の案がある人は挙手をお願いします」
男子のクラス委員長が、挙手した生徒が居ないか教室中を見回す。
「はい」
そう言って一人の女生徒が挙手をして、自分の提案を挙げる。
この生徒の案は女子ならではのクレープだった。
この挙手を皮切りに、お好み焼き、唐揚げ、など如何にもな文化祭の出し物の意見がどんどん挙がりそれを瑞希が黒板に書きだしていく。
「ほかに何かある人いますか?」
大体意見が出終わった頃に男子のクラス委員長が再び教室中を見回す。
男子のクラス委員長が意見が出終わったことを確認し「それじゃ」と、仕切るか仕切らないかのタイミングで「はい」と手を上げる生徒が居た。
それは白愛だった。
まさか白愛が挙手して自分の意見を言うとは思わなかった生徒達で少々教室中がざわつく。
「あぁ~えっと、それじゃ篠原さん」
男子のクラス委員長も思いがけない提案者に戸惑っているようだった。
傍らで教室全体の様子を見ている美沙も、思いがけない挙手者に驚いているようだ。
白愛は何も言わずにその場に起立する。
普段の授業で教師からの指名も自分からの挙手がない白愛に何を言うのかと注目が集まる。
「箸巻」
教室中の注目を集めている白愛が一言そう言う。
「?」
白愛の言葉に男子のクラス委員長は聞き取れなかったのか首を傾げ、書記で黒板に挙がった出し物を書いていた瑞希の手も止まる。
「目玉焼きの乗った箸巻……。”食べたい、食べたくない……?”」
白愛がそう言って小首を傾げ、意見を言い終えた白愛は静かに着席する。
俺は白愛の提案の箸巻と言う聞き慣れない単語に「?」と首を傾げる。
「勘九郎勘九郎、箸巻って何?」
俺は斜め前の席に居る勘九郎に『箸巻』の事を耳打ちで聞く。
「ん?あぁ小次郎は関東の方出身じゃけぇ知らんのか。う~ん、なんて言ったらええか……、お好み焼きの生地を薄く焼いて箸で巻いたもんじゃ」
そう言って勘九郎がボールペン2本を箸に、1枚の紙を生地に見立てて箸巻がどういうものかやって見せてくれる。
「へぇ~、そんな食べ物があるんだ」
「発祥がどこじゃったかなぁ。福岡とかその辺りか?まぁ九州やらここら辺の祭り屋台の定番料理じゃの」
勘九郎が続けて箸巻の発祥などの説明をしてくれる。
「コストも安く済みそうじゃし、うちのクラスには料理の鉄人も居るしええかもしれんのぅ」
「そうだね。ていうかうちのクラスって鉄人なんて居るんだ」
このクラスに鉄人って言われる生徒が居るのは初耳だった。
「何言っちょる、鉄人はお前の事じゃ」
勘九郎の返答に俺は「え?」となる。
「この前の弁当は美味かったからのぅ。期待しちょるぞ」
勘九郎は練習試合の際に持って行った俺の弁当の事を言っている様だ。
その話しが聞こえていたのか、白愛がピクッと反応した気がした。
「それでは、これ以上はないみたいなので一案ずつ票を取っていきます。まず、クレープがいい人挙手をお願いします」
出た案は①クレープ、②お好み焼き、③リベンジお化け屋敷、④唐揚げ、⑤白愛の案の箸巻の5つの案が挙がった。
出揃った出し物の案は5つ、男子のクラス委員長が各案の票を取り始める。
今現在クラス38人中、10人がクレープ、6人がお好み焼き、1人がリベンジお化け屋敷、5人が唐揚げ、残りが白愛の挙げた箸巻となり16人が箸巻賛成派となり、2年A組の出し物は箸巻に決定した。
票数を決めた要因はおそらく、コストと料理のし易さ、あと「普段意見も言わない生徒の案」と言う事から票を集めたのだろうと俺は思う。
「それでは、A組の出し物は箸巻に決まりましたので、これを明日の生徒役員会に提出します」
男子のクラス委員長が話し合いを締め、瑞希が決定した出し物を生徒会役員会に提出するプリントに記入する。
「はい!それじゃコスト的にもいい案に決まったと思うので、今日のHRはこれで終わりにしましょう」
いつもはこういったHRに加わろうとしない白愛が、積極的に手を上げ自分の提案を出した事が嬉しかったのか、HRを終わらせる美沙の表情はいつもより笑顔だった気がする。
~>゜~~~
9月23日白崎高校────放課後
「白愛、お待たせ」
俺は自転車を押しながら、校門で待つ白愛に合流する。
俺は白愛に「ん」と白愛に手を差し出す。
今週に入って白愛としか帰ってないため、白愛はその差し出した手の意味がもう分かっているように、無言で俺に鞄を渡してくる。
俺が白愛の鞄をカゴに入れると、白愛は聞こえるか聞こえないかの声で「ありがとう」と礼を言ってくる。
俺達はしばらく無言で俺の家の最寄りにあるバス停まで歩く。
「あのさ、白愛」
隣を歩く白愛に俺は無言の時間を破るように唐突に話しを振り始める。
そんな俺を見て、白愛が俺に視線を向け「?」と小首を傾げた。
「文化祭の日皆で俺の弁当を食べようってなってるんだけど……。白愛もどうかな?」
俺は練習試合の日に話した勘九郎達の約束を白愛に詳しく話し、文化祭の昼食を皆で摂ろうと誘う。
「……」
それを聞いた白愛は余計に無言になり、何かを考え始める。
しばらく白愛からの返答を、待ったが中々返答がない。
そんな白愛を見て俺は(やっぱりダメかぁ……)と思い始めた。
「いいわよ」
9割断られると思っていた俺は、白愛の返事に「え!いいの!?」とついつい驚いてしまう。
「何をそんなに驚いているの?小太郎が居るなら別にいいわよ。それに勘九郎に話していたお弁当も気になるし……」
やはりあの時勘九郎と話していた事が聞こえていたのか。
「それじゃ、文化祭の日は俺が全部作ってくるから、その日はお弁当持ってこないでいいからね」
白愛が皆と一緒に昼食を食べてくれると聞いて今から気合いが入ってしまう。
「そう言えば、白愛の提案選ばれてよかったね」
俺は今日のHRの話しを白愛に振ってみた。
「そうね、私は選ばれると思ってなかったけど」
白愛は表情を変えずに答えてくる。
「箸巻って今日初めて聞いたんだけど、美味しいの?」
勘九郎に色々と聞いてみたものの、イマイチ味の想像ができなかった俺は白愛に聞いてみた。
「美味しいわよ。特に目玉焼きが乗ってるヤツは。味は……そうね、勘九郎も言っていたと思うけどお好み焼きを想像すればいいんじゃないかしら」
確かに、勘九郎もお好み焼きの生地をとか言ってたっけと思い出す。
「ふ~ん、お好み焼きねぇ……。そう言えばこっちのお好み焼きの生地は薄いんだっけ?」
俺の質問に白愛は「そうね」と答えてくる。
「俺まだこっちの郷土料理とかって言うの食べてないから、色々食べ歩きしたいなぁ」
もう岩国に引っ越してきて3週間ちょっと経つが、俺は未だに岩国のソウルフードと言うものを食べた事がない。
「郷土料理……。岩国だったら岩国寿司とか瓦蕎麦とかじゃないかしら」
これまた聞いたことのない料理名が出てきた。
岩国寿司は名前に岩国って入っているからここら辺の郷土料理っていうのが分かるが、瓦蕎麦と言うのは聞いたことがなかった。
「岩国寿司はなんとなく分かるけど瓦蕎麦って何?」
蕎麦と付くからには蕎麦料理なんだろうけど、『瓦』の付く意味が分からなかった俺は白愛に聞いてみた。
「茶蕎麦を屋根の『瓦』で焼いた料理よ。発祥は覚えてないけど、山口県の郷土料理ね」
簡単な説明だったがなんとなく想像はできた。
「瓦蕎麦なら錦帯橋の近くにお店がなかったかしら」
錦帯橋は錦川に架かる日本の3名橋の1つに数えられる5連アーチの木造橋である。
聞いた話では釘を一本も使わずに作られていて、世界遺産にも登録されているとか聞いた気がする。
「錦帯橋も渡った事ないなぁ……。次の日曜日にでもあの辺散策してみようかな」
岩国に越してきて色々と見て回ろうとは思っていたが、それがまだ全然できていない事を思い出す。
「……。散策するなら私も付き合おうか?あの周りだったら案内できるわよ」
白愛の思いがけない申し出に、俺は「え!?」と驚いてしまった。
(それっていわゆるデートってヤツでしょうか……)
俺は今まで女の子と遊んだりした事がなかったので、必要以上に意識してしまい、顔が熱くなって赤くなっているのが分かる。
「嫌ならいいわ。ごめんなさい……」
そう言って白愛の表情が曇る。
「い、嫌じゃないよ!でもいいの?退屈させるかもしれないよ?」
俺はOKのつもりで白愛に聞き返す。
「小太郎と一緒なら退屈な事なんてないわ。それじゃOKって事でいいのかしら?」
俺は白愛の返答に「うん」と返す。
俺の返事を聞いた白愛の表情は嬉しそうだった。
「日時とかはまた明日決めようか」
俺がそう言うと白愛は「うんうん」と返してきて、テンションが上がっているのが分かった。
今日は文化祭以外にも楽しみができた1日になった。
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