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「森に居たのはこれで全員だね」


「はい、この4名です」


「確認だが、先に来た4名は、右手の窪地の方へ逃げて、後から来た3名は旧宿舎に向かったという事でいいね」


「はい」


「私は右手の窪地へ行った生徒達の安全を確保する。君達はすぐに宿舎へ戻り給え。可能な限りの駆け足でだ。道で警備の者達に会ったら、宿舎の方へ向かって生徒達の安全を確保するように、私が言っていたと彼らに伝えてほしい」


「はい、アルベールさん」


「アロイスさん!」


 アルベールの背後にいた少女が、悲鳴の様な声を上げると、アルベールと話をしていた少女に向かって、木立の先を指差した。少女が指差した先を見ると、白い繭の様なものがぐるぐると渦を巻いているのがみえる。それに向かって杖を構えたアルベールの背筋に、冷たいものが流れた。


『渇望の亡者?』


 どうしてこんな者が? これを意図して呼び出すような魔法職などいない。これは呼び出したら最後、こちらでは制御不能なのだ。こいつには反魂封印も何も効かない。決して呼び出してはいけない者だ。


 何処かから紛れ込んだのか? ここは学園の中だ。外から侵入など出来ない。どこかの魔法職が召喚に失敗して、意図せずに呼び出した? いや、そんな召喚を行うような者自体がいるはずがない。


「ここは私が抑える。君達は……」


「キャーー!」「ヒィ!」


 だがアルベールが少女達に言葉をかける前に、少女達の口から絶叫が漏れた。それだけじゃない。ほとんどの子が腰が抜けて地面に座り込んでしまっている。その子供達に向かって、白い繭が数えきれない赤い目を向けていた。そしてそれ(渇望の亡者)はこちらに近づこうとしている。


 こいつには剣も槍も効かない。それに時間もない。アルベールは手にした杖で、地面の上に簡易陣を描いた。危険極まりないが、今はこれでやるしかない。


「穢れなき水霊の守り手にして、我らに安らぎと平穏を与える者よ。我は小さき者にて、御身にその庇護を求む者なり。その温かき子宮にて我に永遠の安らぎと平穏を与えたまえ……」


 アルベールの口から音楽的な詠唱の言葉が漏れる。だが堂々と響く声とは裏腹に、アルベールの額からはうっすらと汗が噴き出していた。簡易陣で視覚からの補助が足りていない上に、目の前には赤い目を震わせながら、刻一刻と渇望の亡者が迫って来ている。普通なら詠唱自体を避けるべき状況だ。簡易陣での詠唱などもっての他だ。


「助けて!」「いや!」


 その白い繭の様なものはアルベール達の目の前に迫り、生徒達の口からはアルベールの詠唱を超える叫びが上がる。繭はアルベール達を一飲みにするかのように大きく身を広げ、それは繭というよりは大きな白い壁の様な姿になった。その壁には血の色をした数えきれない目が蠢いている。少女達は諦めたように目を瞑むると身を固くした。


「ふう」


 少女達にアルベールのため息が聞こえた。何人かの少女が恐る恐る目を開けると、そこには透明なゆらめきのようなものがあり、赤い目はそのゆらめきに張り付いて、こちらには近づけないでいる様に見えた。


「一時しのぎだが時間は稼げる。今のうちに……」


 アルベールはそこで言葉を飲み込んだ。アルベールは正面の「渇望の亡者」の周りに「穢れなき水霊の守り手」を展開した。その方がこちらの周りを囲うよりは強力に効く。それに移動しなければいけないこちらを囲っても、その効果は限定的だからだ。


 だがアルベールの視界の中に、左右から別の「渇望の亡者」がこちらへと近づいてくる姿が見えた。さらには背後からも何かが近づいてくる気配もある。


『一体どれだけいるんだ?』


 いや、目の前の一体しかいないと思い込んだ自分が迂闊だったのだ。まるで駆け出しがやるような失態ではないか。


「君達、周りから来ている白いやつは全て私が引き受ける。だから私が合図をしたら脇目も振らず、ただ道を真っ直ぐに宿舎まで走るんだ」


「え、あの……」


 アロイスという名前の少女が、当惑した声を上げた。


「分かったか!」


「はい」


 アロイスは残りの三人を追い立てるように立ち上がらせると、アルベールに向かって頷いて見せた。アルベールは杖を片手に、「渇望の亡者」達を自分に引き寄せるべく、地面に「頂の光明」を呼び出すための陣を描きながら、自分は魔法職としては本当に二流以下なのだと思い知らされていた。


 あの子(ロゼッタ)ならもう一つ、いや二つ程度の術を並行思考で呼び出すことぐらい平気でやるだろう。たとえ両手両足の「渇望の亡者」を目にしても、決して心を乱したりもしない。だが自分はもう一つの術を呼び出せるのかどうかすらも怪しい上に、焦りと恐怖から、思考を切り離す事すら満足に出来ずにいる。


 だが自分がどうなろうが、子供達を守らないといけない。アルベールはそう決意すると、「穢れなき水霊の守り手」を制御している思考を意識から切り離して並行思考とし、新たな術の詠唱を始めた。


「天界への頂にありて、全てを見通す輝ける眼よ……」


 しかし焦りがアルベールの並行思考の維持を妨げる。それにより水霊の守り手に対する心唱の力が弱まり、既に半分ほど水霊の守り手の障壁を突破しつつあった、渇望の亡者への抑えが制御不能となった。


 白い繭は薄くなったゆらめきを一気に乗り越えると、再び大きく広がって、アルベール達を覆い尽くそうとする。それだけではなかった。制御を失った「穢れなき水霊の守り手」さえも、アルベールの魂を求めて、目に見えぬ手を伸ばそうとしている。


「すまない」


 アルベールは背後にいる少女達に告げた。自分の力不足だ。全く役に立たない情けない男だ。それでもアルベールは己の運命の結末を確かめるべく、自分を飲み込もうとしている赤い目の一つ一つを見つめた。だがそれは自分の体に触れることなく何かに衝突すると、その体を悶えさせた。


『何だ?』


 アルベールは身悶えする赤い目を呆気に取られて見つめた。水霊の守り手? 違う。それも何かに弾かれている。弾かれているのは目の前の一体だけではなかった。左右から、背後から近づいてきた渇望の亡者も、全てが何かに弾かれている。アルベールの目に渇望の亡者が弾かれる時、そこで黄金色の小さな雫のようなものが微かに光っているのが見えた。


『黄金の雫? これがコーンウェル侯が自分に語った、あの子の力なのか?』


 アルベールは慌てて辺りを見回した。魔法職としての目でよく見ると、自分達の周りをかすかな黄金色の何かが包んでいるのが見える。それはただ自分達の周りを囲っているだけでなく、自分達に悪意を向ける存在を取り囲んでもいた。「渇望の亡者」はその光に触れる度に弾かれ、その一部を失っていく。その度にあたりには小さな黄金色の雫が現れては消えていった。


 アルベールの目の前で、亡者達は小さく、小さく削られていき、やがてそれは全て消え去ってしまった。最後に自分達を包んでいた黄金色の幽かなベールの様なものも、木立を抜けてきた風に天の彼方へと去っていく。


「助かったのでしょうか?」


 アロイスが小さく呟いた。そして同意を求めるようにアルベールを見上げる。アルベールはアロイスに向かって小さく頷いて見せると、背後を振り返った。そこには宿舎の明かりと、そこに向かおうとしているらしい、駆けつけた警備班の掲げる松明の明かりの列があった。

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