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招待

「は~い!」


 誰だろう?


「すいません、二年生のアメリア・リストと申します」


 扉の向こうから声が聞こえた。私は扉まで駆け寄ると慌ててそれを開けた。扉の向こうには淡い黄色い部屋着を着たかわいらしい女性が立っている。


「フレデリカ・カスティオールです」


 私は自分の名前を告げて頭を下げた。ともかく挨拶は大事です。


「ごきげんよう。()()()()ところすいません。寮長からの伝言を伝えにお伺いさせて頂きました」


「はい。ありがとうございます」


「急な連絡ですいませんが、これより新入生の歓迎会を開きますので、談話室までおいでくださいとのことです」


「歓迎会ですね。あの、格好は?」


「はい。寮の内輪の歓迎会ですので、普段着でよろしいかと思います」


「はい、承りました」


「では、これにて失礼させていただきます」


 アメリアさんはスカートの裾を軽く上げて、私にそう告げると宿舎の廊下を静かに去っていく。いかにもご令嬢という感じの立ち振る舞いだ。私も見習わないといけない。


 でもまずいです。アメリアさんには、さっきマリとやりあっていたのが全部聞かれてしまったような気がします。だとすると私は新入生だけでなく、上級生の間でも残念な人と言う評価が定着しかねない事態です。ともかく歓迎会とやらは、何もやらかさないように気を付けないといけません!


「マリ、歓迎会だって……」


「フレアさん、どちらの服がよろしいでしょうか?」


 マリが薄いピンク色の服と、薄い緑色の服をもって立っている。


「フレアさんの赤毛に合わせるのならこちらのどちらかと思いますが、かわいく見せるのならピンク、目立つのなら緑だと思いますが、いかがでしょうか?」


 すっ、素早い。


「できれば、あまり目立ちたくはないので……」


「では、こちらのピンク色の服ですね。ブラウスは白にしますか? それとも少し薄い黄色が入ったほうがよろしいでしょうか?」


 私の意見はいらないですね。


「全て、お任せいたします」


 私はマリの手によってあっという間に肌着にひん剥かれると、ピンクの服を着させられた。


「では、髪を整えますので、化粧台の前に座ってください」


 私はマリの手に引かれて、化粧台の前に座らされた。マリが手慣れた手つきで私のくせ毛を編んでいくと、それはまるで魔法の様に真っ直ぐと整えられていく。鏡の中のピンクの服を着た女性も、まるで知らない何処かの家のお嬢さんの様に見えた。


「マリ、前に貴方が言ったでしょう」


「何でしょうか?」


「私が冬に凍えることなく、誰かが私の為に料理を作って運んでくれる。それには代償があるんだって。その代償って一体何なんだろう」


「急にどうされたんですか?」


「友達もできて、楽しくおしゃべりやお昼ご飯も一緒に食べて、そしてマリに髪を結ってもらっている。ここには森もない。日々命の危険を冒す必要もない。学園に集まっている人達を見る限り平和そのもの。本当に夢みたい」


 その通り、前世での生活を考えたら夢の中そのものだ。


「でも理由は良くは分からないのだけど、それが今はとても怖い。私が友達とお話をしているその間にも、お父様やジェシカお姉さんは遠くカスティオールの地で大変な目に会っている。私は本当にここに居ていいのかな? 私は何か他の人の役に立っているのかな、役に立てるようになれるのかな?」


「フレアさん。絶対になれます。それに今でもそうです。真の愚か者は自分に問いかける事すら出来ないものです。自問自答ができるうちは何も心配はいりません。それにあなたはあなたが思っている以上に、皆の心の支えなんです」


「え?」


「フレアさん、カスティオール家で働く皆さんは、あなたの事が大好きなんです。あなたの存在こそが皆さんの宝なんです。もちろん私も皆さんに負けません」


「トマスさんなんかは、我儘でめんどくさい娘だと思っているだけじゃないかな?」


「そんなことは絶対にありえません。あったら犬の餌です」


「犬の餌?」


「いえ、何でもありません」


「カスティオールの娘としてはどうなんだろう? 私なんかよりアンの方がよほど侯爵家の娘として非の打ちどころがないと思うのだけど。私よりアンが継ぐべきなんじゃないのかな。今日だって色々とやらかしちゃったし」


 私の言葉に背後からマリの含み笑いが聞こえて来た。


「さあ、どうでしょうか? 要不要はさておき、貴族と言うのも一つの役割です。私はこの世界の貴族と言う者がどういうものなのかはまだよく分かっている訳ではないですが、前世で貴族と呼ばれる人達を近くで見て来た経験から言えば、フレアさんは十分以上にその資格があると思います」


「本当にそうかな?」


「その資格は姿形、振る舞いにあるものではないと思います。何を着ているか、どんな家に住んでいるかではなく、理解と行動にこそあるのではないでしょうか? 権力があるからこそ、自分を律することが出来るか、どうその力を使うかに関わっているのだと思います」


「そうだね。マリの言う通りだね」


「出自の貴賤に関係なく、どこにもくずのような者は居るでしょうし、立派な方もいます」


 髪を結っていたマリの手が一瞬止まった。前世のマリにとって、貴族相手には一つとしていい思い出などないのだろう。この世界の暗いところをずっと見させられてきたのだ。世の中全てがきれいごとばかりではない。


「マリ」


「はい」


「この世界の私は前の世界の私じゃない。ただの八百屋の娘でもなければ、一冒険者でもない。侯爵家の一員である事がどんなに怖い事かも、それがどんなに大変な事かも分かっていない。だから、私が道を踏み外しそうな時には私を助けて」


「はい、もちろんです。()()()()です。髪の支度は終わりました。これでよろしいでしょうか?」


 鏡の中にいる私を見る。いつものくせ毛は何処へやら、細い三つ編みで私の髪がきれいに結い上げられている。このいまいちな赤毛を除けばまるでどこかの国のお姫さまという感じだ。


「うん、完璧です!」


「では、お嬢様。行ってらっしゃいませ」


 マリはにっこりと微笑むと、私に向かって丁寧にお辞儀をした。出来れば、そのお嬢様というのは止めてもらいたいのですが……駄目でしょうか?


* * *


 日が落ちるのも大分早くなり、宿舎の廊下には油灯の小さな明かりがところどころに灯されていた。談話室は宿舎の一階の玄関の奥、建物の中央にある、部屋というよりは広間と言った方がいいとても広い部屋だ。


 階下へと降りると、その入り口の扉のところに、先ほど呼びに来てくれたアメリアさんが立っていた。


「遅くなりました」


「いえ、フレデリカさんが最初の様です。他の方がいらっしゃるまで、こちらでしばしお待ちください」


「はい」


「それよりも、お聞きしました。初日に男子授業棟に無許可で行かれたそうではないですか?」


「えっ!」


「どうしてそれをご存じなのですか?」


「寮長さんからその件についてお話がありましたから、それはもう、あちらこちらで話題になっております」


 アメリアさんがいたずらっ子の様な表情をして私を見る。誰だ、私の事を言いふらしているのは!?


「あの、寮長さんって……」


「遅くなりまして申し訳ありません。あ、フレデリカさんもこちらの宿舎ですか?」


 背後から鈴の音の様な声が響いた。


「イサベルさん!」


 振り返ると、その黄金色の髪にとても似合う青い服を着たイサベルさんが立っていた。


「お待たせいたしました」


「オリヴィアさん」


 さらにその背後にはイエルチェさんが押す車いすに乗ったオリヴィアさんも居た。彼女は胸元に淡いピンク色のリボンが着いたベージュ色の部屋着を着ている。み、皆さん、とってもおしゃれです!私も緑の方を選ぶべきだった様な気がして来ました。


 どうやらこの寮に居る新入生の皆さんの支度が終わったらしく、イサベルさん、オリヴィアさんを含めて、両手に足りるか足りないかぐらいの人達が廊下へと集まって来た。普段着とはいえ、それぞれに気合いが入ったカッコをしている。それに少し緊張したような面持ちもしている様に見えた。


 まあ、上級生とまともに会話をするのはこれが初めてのようなものだから、緊張するのも仕方がない。そういう自分も少しばかり心臓の鼓動が早くなってきた様な気がする。


「フレデリカさん」


「はい」


 イサベルさんと、オリヴィアさんが私の方を見つめている。何でしょう? やっぱり少し服が地味でしたかね?


「とても素敵な髪形ですね」


「え、これですか? はい、マリがやってくれました」


「マリさん?」


「あ、すいません。私の世話をお願いしている侍従さんです」


「とても素晴らしい手際ですね」


 イサベルさんがうっとりした目でほめてくれた。そうですね。私は残念ですけど、マリはとっても、とっても優秀です。


「ありがとうございます。きっとマリも喜ぶと思います」


 ちょっとだけ危険なところもありますけど……。あ、大事な事を、絶対に手出し無用とさらに念押しするのを忘れていた。


「皆さん、お静かにお願いします。お付の方はこちらでご遠慮ください。車いすの方を含めて、ここからは私達でお世話をさせて頂きます」


 顔見知り同士でおしゃべりを始めていた私達に向かって、アメリアさんが声を上げた。


「ではこれより、この伝統ある『グレース女子宿舎寮』の新入生歓迎会を執り行います。以後私語は厳禁にてお願いします。では一列になって奥へまっすぐとお進みください」


 アメリアさんはまるで神殿の神官の様に私達に告げると、談話室の扉を開けた。その奥は真っ暗で、奥の小さな机の上に油灯が小さく、一つ灯されているだけだった。

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