叱責
「私は学園の方へ、今回の不手際について正式に抗議をしてきます。あなたはマリアンさんと一緒に先に宿舎に戻りなさい。先ほども言いましたが、あまりにも油断しすぎです。ここは屋敷の中ではありません。肝に銘じてください」
「はい、ロゼッタさん。肝に銘じておきます」
「では、マリアンさん。後は頼みましたよ。決してフレアを一人にしないように気を付けてください」
「はい、ロゼッタさん。承知いたしました」
ロゼッタさんはそう告げると、先ほどの試合の控室だったところから外へと出て行った。ロゼッタさんから一体どれだけの時間、説教をされていたのだろうか? さっきの試合の何倍も疲れた気分だ。
「フレアさん!」
マリが怖い顔をしてこちらを覗き込んでいる。まさかと思いますが、ロゼッタさんからの説教が終わったばかりだというのに、今度はマリから説教されるんですか!?
「一体どうしてこんな事になったんですか!」
マリ、顔が、顔が近いです。それにとっても怖いです。
「入り口からただ入っただけなんですけど、どうやら『新人戦』とかいう新入生の試合か何かの会場の入り口だったらしくてですね、出場者に間違えられたみたいなんです」
「はあ?」
マリが私に向かって怪訝そうな顔をする。
「なら、間違いだって言ってさっさと出てくれば良かったじゃないですか!」
マリさん、ちょっとまじで怒っていませんか?
「そ、そうですよね。私もそうしたいと思ったんですけど、係員にすぐに試合会場に突き出されて、相手の人が本当は王子様と試合をする予定だったのに、馬鹿にするなとか言ってすごく怒っていて、とてもそんな説明をする暇が無かったんですよね」
「単なる試合ですよね?」
そう私に質問するマリは腕を組んで仁王立ちだ。
「そ、そうだね。そうだよね。何で相手の人は私に殺気を向けて来たんだろう」
本当に森で黒犬を前にしたような気分だった。しかし、後でヘクターさんが普段は温厚な人だとか言っていた。色々と辻褄が合っていない。でも今の私にとっては、目の前の仁王立ちのマリの方が余程恐ろしいです。
「ともかく怪我が無かったのは何よりでした。その男の名前を教えてください」
「あ、あの、マリ。名前を聞いてどうするつもり?」
ちょっとロゼッタさんと同様の殺気を感じますけど……。私にだってそれぐらいは分かりますよ。
「我が主に剣を向けた者をそのままにしておくことはできません。ご安心ください。私の方でしかるべき対処をさせていただきます」
「あの、マリ? しかるべき対処って、いったい何をするつもりですか? ここは前世の森とかじゃないですよ。学園、学校ですからね」
「はい、もちろんです。気取られぬよう、十分に気を付けます」
「本当に分かっています!? 絶対に手出しは無用です!絶対にです!何かあったら、もう口をききませんよ!」
マリが思いっきり不満そうな顔をしている。これはいけません。相当にやばいです。絶対に謝りに行って仲直りしないといけません。そしてどうしてそんなに私を恨んでいたのかも確かめないといけない。
ともかく、マリが何かをしてからでは遅すぎる!
* * *
「イアン、お前の体調不調がどれだけ周りに迷惑をかけたのか、分かっているのか?」
「はい、キース兄さん。分かっているつもりです」
「係員の不手際もあったとはいえ、女性が、それも侯爵家の女性が大怪我をする可能性もあったんだぞ!」
「はい。申し訳ありません」
「それに新入生の中には『新人戦』に賭けて来ている者だって居るんだ。特に婚約の相手が決まっていない者や、家の援助が見込まれない様な者にとっては尚更だ。その全てを台無しにしたのだぞ」
「キース兄さん、新人戦は中断で中止ではないから、それはまだ救いようがあるのではないかしら?」
「ソフィア、これは男同士、腹を割った話をしているのだ。邪魔をしないでくれ」
真剣な表情でイアンに話しかけていたキースが、横から口を挟んできたソフィアの方を、少し嫌そうな顔をして振り返った。だがソフィアはキースの態度を気にする事なく、言葉を続ける。
「そもそも男同士とかいう考え方は好きにならないわね。それにイアンさんも十分に反省しているのだから、あまり苛めないで頂戴」
「苛めている訳ではないのだがな」
ソフィアの言葉にキースが首を横に振って見せた。そして再び口を開こうとしたが、ソフィアが差し出した人差し指によって口を塞がれた。
「いずれにせよ、過ぎたことよ。それよりもイアンさんの体調が良くなって良かったわ。最初に見た時には、とんでもない病気にでもなったのかと思って、とても心配しました」
そう言うと、椅子に座ってうなだれているイアンの方を振り返った。
「きっと、懇親会の食事か飲み物だと思います。残暑で悪くなったのがあったんですよ。私以外にも居たみたいですし」
イアンはソフィアにそう答えると、弱々しく両手を上げて見せた。
「そうかしら? それならもっと具合が悪くなった人が居てもおかしくないと思うのだけど。それに私達が口にするものは基本的に毒味がされたものでしょう? 誰かに何か盛られたとしか思えないぐらいだわ」
「おい、ソフィア。滅多なことを軽々しく口にするんじゃない。それこそ、イアンが試合を避ける為にした狂言とか言われる」
「キース兄さん、どこからそんな話が出ているんですか?」
「オールドストンの脳筋だよ。まあ、真に受けるものはいないがな」
「今度、刺しで話をしに行ってやりますよ」
少し腹を立てたのか、イアンはそう口にすると、キースに向かって少し気色ばんで見せた。
「イアンさん、そんなくだらない事よりも、貴方にはもっと先にやるべきことがあります」
「新人戦の続きですか?」
「馬鹿な事を言わないで。謝りに行きなさい」
「何処にです?」
「フレデリカ・カスティオール嬢の所です」
「何処かで聞いた名前の様な気がしますが、気の所為でしょうか?」
「気の所為も何も、サイモンさんのお披露目の際に貴方が踊った相手ですよ。まさか覚えていないのですか?」
「ああ、赤毛の子ですか? 彼女がなにか?」
「貴方の代わりに間違えて試合に出た女性ですよ」
「え、あの子がですか!?」
「そうです。彼女は貴方のせいで、掻かなくても良い大恥と、一部の生徒からの不要な注目を浴びたのですよ。私が彼女なら、貴方を殺しても飽き足らないくらいです」
そうイアンに告げたソフィアの表情は、先程のキースよりも余程に真剣に見える。その姿にイアンは思わず身震いをした。
「わ、分かりました。直ぐに謝りに行きますよ」
「きちんと誠意を持って謝って来なさい。さもないと……」
「さもないと?」
「私が貴方を罰します」
ソフィアの言葉に、イアンが助けを求めるように横にいるキースの方を見た。だがキースはイアンに向かって両肩をすくめて見せただけだった。