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依頼

「『例の筋』とかいう看板はおろしたんじゃなかったのか?」


 トカスは少しばかり小高い丘の上にある、かなり古めかしい時計搭の下にぽつんと立つ人影に声を掛けた。その人影は時計台の下にある手すりに肘をおいて、頬杖を突きながら、眼下に見えるメナド川の流れと、その先にある王宮の方に視線を向けている。


「あの穴倉にこもっていた勘違いした者達が居なくなったからと言って、仕事自体が無くなる訳ではないだろう。それに人という者は植物と違って、何かを為さないと生きていく事はできない生き物だと思うのだけどね」


 男はそちらを向いたまま、トカスの方をふり返ることなく答えを返してきた。


「最近のあんたはよくしゃべるな」


 トカスはそう言って、男の隣まで行くと男と反対向きに手すりに腰を掛けた。


「そうかい。どちらかというとこれが素だよ。いや刷り込まれたと言うべきかな。今迄は口を閉じていろとか言うのが多すぎて、色々と窮屈だっただけさ」


 そう告げると、男は頬杖を止めて上体を起こし、トカスに向かって肩をすくめて見せた。


「それで仕事と言うのは何だ? それと俺に選択権を預けてくれるという話はまだ続いているのか?」


「もちろんだ。そもそもやる気がないものに何かを頼むというのは、それ自体が失敗の様なものだからね。それにこれは君も興味を持つと思うな」


 男はそう言うと、トカスに向かって屈託のない笑みを浮かべて見せた。男の態度に、トカスはいつもの様に得体の知れない何かを感じてしまう。


『こいつは本当に態度や見かけと、やっている事がちぐはぐな奴だ』


 トカスは心のなかで呟いた。つい先日、自分が居た組織が無くなったと言うのに、それを気にしている様子は一切ない。しがらみや知り合いもいただろうに、全くもって理解できない話だ。だがトカスは頭に浮かんだあれやこれやを振り払った。男の言う通り、人と言うものは何かをしないと生きていけないのは確かだ。


「もったいぶらないで、さっさと誰を殺ればいいのか教えてくれないか?」


 トカスの言葉に男が首を傾げて見せた。


「君は色々なものを急ぎすぎだよ。とてもおいしいという評判の砂糖菓子があったとしたら、それが何かを確かめる前に口に放り込むような所があるな。先ずは眺めて、味を想像して、それからちょっと味わって見ると言うように、楽しみ方には手順という物があると思うんだけどね」


 トカスは男の態度に心の中で溜息をついた。自分が呼び出しておいて一体何を言っているんだ?


「そもそもあんたの言う『楽しみ』というのが俺にはさっぱり分からないのだから、俺に何を言っても意味はないぞ」


「ハハハ、君はもう少し大人だと思っていたのだけどね。私の知っている子供達と同じだな。だけど、それが君のいいところの一つでもある」


 トカスの言葉に男が手を叩いて笑って見せた。トカスは男の態度に鼻白んだ。


『この男は俺の忍耐を試すためにここまで呼びつけたのか?』


 男はトカスの態度に気が付いたのか、笑うのをやめると、真顔になってトカスの方を振り向いた。


「君には警護を頼みたい」


「警護!?」


 男の言葉に、思わずトカスは手にした杖を落としそうになった。


「そんなに驚くことかい?」


 男が不思議そうな顔をしてトカスの方を見ている。


「俺は殺し屋だぞ。どうして殺し屋が警護なんてするんだ?」


「君は間違っているよ。君は魔法職だ。魔法職としての術を人を殺すのに使っていたにすぎない。殺し屋が魔法職をやっていた訳ではない。そうだろう? だから私は君に魔法職として、ある人物の警護という仕事を頼みたいのだ」


 そうトカスに語る男の顔はどこまでも真剣だった。


「あんたは自分が屁理屈をこねているだけだと分かって言っているんだろう? それともこれはあんたの新手の冗談か?」


 だがトカスの言葉に男は全く動じる様子はない。相変わらず面食らっているトカスの方を不思議そうに見ている。


「屁理屈も理屈のうちだと思うけどね」


「そもそもあんたに警護なんて依頼を持ってきた奴はどんな奴なんだ。気が狂っているとしか思えない」


 大半がどこか遠いところに送られたとはいえ、俺達は「例の筋」と呼ばれる者達だったはずだ。その仕事は人を殺す事であって、守ることではない。


「気が狂っている? そうかな、私は全くもってそうは思わないけどね」


「誰なんだ?」


 トカスは男のはぐらかすような態度にいら立ちを隠せなくなった。


「依頼を聞くときの君は本当に短気だな。呪文を唱えている時と同一人物なのかどうか疑うよ」


『もう限界だ……』


「さっさと……」


 トカスが男を怒鳴りつけようとした時だった。男が右手を上げてトカスを制すると、そのまま自分を指し示した。


「私さ。依頼者は私だよ。だからこうして顔を合わせて君と話をして、君から受けるかどうかの答えを聞いているんだ」


「俺があんたを護衛するのか?」


「まさか、私みたいな者を殺したい奴なんていないよ。費用対効果が合わないからね。護衛して欲しいのは、今年学園に入学することになる14歳の少女だ。この子はとてもかわいそうな子でね。病気で一度も家を出たことがない。自分の寝室からさえもほとんど出たことがない子なんだ。普通はもっと幼い時に死んでしまうような病気なのだけど、がんばってがんばって、14歳まで生き延びた。とても健気な子なのだよ。君にはこの子の学園での警護役をお願いしたいのだ」


 トカスは男の顔を再びまじまじと見た。だが男の顔は本気の様にしか見えない。


「ちょっと待て、あんたは俺に警護役を頼むだけでなく、そんなガキが集まっているところに行って、ガキどもからその子を守れなんて本気で言っているのか?」


「本気も本気だよ。君の相手はガキどもなんかじゃない。仮にも『王立』とついているところだ。君は国家権力という物をなめていないか? そもそも殺しに組織なんてものが必要だったのは、それに対抗するためだ。それがいつの間にか全く別の物に変ってしまったのが問題だったのだよ。手段が目的になってしまったんだ」


「だが学園と言うのは単なる学校だろう?」


「全くもって違う。学園と言う所は単なる学校なんかじゃない。入る者達のほとんどには自覚は無いだろうが、生きるか死ぬか、そんなところだ。あそこにいるやつらの秘密が一杯に詰まったところさ。死ぬ直前だった女の子が行けば助かった命をすぐにも失うかもしれない。だから護衛が必要なんだ」


 そう言うと、男は遠くメナド川の反対にある王宮の方を指さした。


「嘘だと思うのなら、学園の周りを自分の足で探ってみるといい。君ならそこに張り巡らされている術の数々と、それがいかに巧妙に隠されているかに気が付けるかもしれない。君でも私の示唆無しでは気付けないような大層な代物だよ。だから本気で調べるつもりなら、あまり派手にやらない方がいいな。怖いおじさん達が総出で出てくるからね」


「仮にそうだとしても、まだ色々と辻褄が合わないことがある。どうして重い病気で死ぬ直前だった奴が、そんなところに入れるようになったんだ」


「私が助けたのさ。正しく言えば、助かるための手段を用意しただな。警護の対象に関してはそれだけだ。話は別だが、君は私が放っておけと忠告したにも関わらず、カスティオールについて色々と探っているみたいじゃないか。目的は女だな」


「女? まあ、女か。その通りだ。借りは返さないといけない」


 男がトカスに向かって少しばかり苦笑いをしてみせた。


「それだけかな? 私から見ると、その女性自体に興味があるようにしか見えないのだけどね。直ぐに仕返しに行っていないしな」


「ちょっと待て、あんたは何を!」


「勘違いしないでくれ。私は仕返しに行けと言っているのではない。さっき砂糖菓子の楽しみ方について言ったのも、この件についての私の意見の一部だ。先ずは相手の事を観察すべきだよ。その点においても、この件は君にとって単に面倒な話ではない。学園に行けばおそらくその女性を近くで観察出来るだろう。その後に君がその女性と命のやり取りをしたいのか、愛を語り合いたいのか、いずれでも好きにすればいい」


「愛を語る!?」


 トカスは男の言葉に面食らった。


「君は知らないのか? 愛情と憎しみは同じものなのだよ」


 男はそう言うとトカスの前で指を振って見せた。


「それに君は師匠と魔法職の修行に明け暮れていて、学校という所には行った事がないのだろう。一度見てくるのも悪くはないと思うけどね」


「好きにしてくれ」


 そう言いながら、トカスは心の奥底で情報屋の言った「自由にやっているようにあの男に操られているだけだ」という台詞が沈殿物の用にこびりついているのを感じていた。そして情報屋の「危険な男」と言う台詞が、どこまでを意味するのかを考えながら天を仰いだ。その視線の先では大小、多数の歯車が休むことなく動き続けているのが見える。


『自分はこの歯車と同じなのだろうか? それとも……』


 トカスが男に向かって何かを語ろうと視線を戻すと、男の姿はもうそこには無かった。


* * *


「あら、あなた好みのかわいい子じゃないの?」


「ブリエッタ、勝手に出てくるのは困るな。あの子が死んでしまっては元も子もないのだぞ」


 時計台のある丘を、杖を手に下っていくトカスの姿を見ながら、男は自分を陽炎のように包む気配に向かって答えた。


「それは大丈夫、心配しないで。本体は向こうよ。こちらに遊びに来たのは平行思考の残留体だけ。それぐらいは分かるでしょう」


 男を包んでいた何かはそう告げると、男から離れて、美しい女性の姿となって目の前に現れた。


「それにどれだけ世界が変わったのかぐらい、少しは私に見せてもらってもいいと思うけど。知識は力でしょう?」


「見つかったら大変だからね。ほどほどにしておいてくれ。それにちゃんと馴染んでいないと入る時に見つかってしまう。それよりもあの子の容態は?」


「あの子については流石と言ってあげる。貴方の人を見る目は相変わらず確かね。私の力は憑りついた相手の魂の強さに依存する。あの子の執念は見上げたものよ。それに頭もいいし、観察力もある。おそらく両手もしないうちに起き上がれるようになると思う」


「それは何よりだ。ただ回復が早すぎるのも問題だよ。前にも言ったと思うが彼女はいい子だからね、色々と質の悪い連中に疑われでもしたらかわいそうだ。彼女が女の子で良かったよ。男の子なら元気になった暁には憑りつくのではなくて、取り込みかねないからな」


「あら、私は別にどちらでもいけるのよ」


 そう言ってから女は男が呆れた表情をしているのを見ると、少しばかり嫌な顔をして見せた。


「なんだ冗談なのね。本気にするからやめて頂戴。それよりさっきの子を見ていると昔の貴方を思い出すわね。変なところで意地になっているところとか、人づきあいが苦手そうなところなんかそっくりじゃないの?」


「そうだろうか? 私の方がもう少し社交的だったと思うがな。だいたいあれの相手をしてきたのだぞ?」


「フフフフ、確かにそうね。貴方が未だに人と呼べるかどうかは甚だ疑問だけど、意地っ張りなところは最初に会った頃の貴方に本当にそっくり。興味があるわ」


「私は人だよ。魂の本質は決して変わらない。君がいくら人型を取ろうが人ではないのと同じだ。それと、あの男に余計な手出しは無用だ。これは本気だよ。それぐらいは分かるだろう?」


 男の言葉に女は肩をすくめて見せると、そのまま霧となって男の前から消えて行った。

男の依頼の会話に余計な一言があったので訂正しました。

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