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埋蔵金

「マリ、煉瓦を近くまで持って来てもらってもいいかな?」


「はい、フレアさん」


 まだ朝の少しだけひんやりとした空気の中で、私は拡張を企んでいた花壇の端で、スコップを持ってござの上に膝をついていた。


 もう連日のロゼッタさんとの集中授業で心も体もボロボロだ。夢の中でもロゼッタさんから授業で怒られまくる夢を見ていた。本当に限界だった。今朝もまたロゼッタさんとの集中授業が始まるのかと思うと、朝からうんざりな気分で一杯だったが、思わぬところから助けが入った。なんとコリンズ夫人だった。


「本日の午前中ぐらいはお休みを取った方が、学習の効率が上がるのではないでしょうか?」


 朝食を食べた後、学習室でロゼッタさんが講義を始める前に現れたコリンズ夫人が、ロゼッタさんに向かってそう告げた。その言葉を聞いたロゼッタさんは、少しばかり考えた顔をした後に、私の顔をじっと見ると、


「そうですね。少しは休んだ方が効率が上がるかもしれません。では、本日の午前中はお休みという事に致します」


 そう告げて、勉強室から私を残して出て行ってしまった。私がコリンズ夫人の方をあっけにとられて見ていると、コリンズ夫人は、


「庭の花壇のところに煉瓦がおきっぱなしになっているようですが、しばらくお使いになられないようでしたら、私どもの方で倉庫に戻しておきますが?」


 と聞いてきた。私はコリンズ夫人に心から感謝した。夫人は私に庭いじりでもして、少しは気分転換をしなさいと言ってくれているのだ。


「私の方で片づけておきますので、どうかそのままにしておいてください」


 と答えて、マリと一緒に庭まで出てきた。


 コリンズ夫人から助け舟を出されるなんてのは全く記憶にない。いや、物心ついてからこの方、小言以外を聞いた記憶自体が無いような気がする。混じりっ気なしのフレアはさておき、変なものが混じったフレアにとっては、コリンズ夫人が何で私にそのような態度をとるのか、少しだけ分かる気がした。


 私はほとんどお父様と過ごした記憶がない。アンナお母様はともかく優しい人だった。コリンズ夫人はそんな私に対して、わざと厳しい態度をとっているのだろう。そうでなければ私はただただ甘えただけの子供の心のまま、体だけが大きな大人になっていく。


 ロゼッタさんが私の教師兼、母親代わりだとすれば、コリンズ夫人は母親代わりと、父親代わりも兼ねてくれているのだろう。憎まれ役であり、本当なら誰もやりたがらない役だ。今日の助け舟もきっと父親の代わりをやってくれたのだと思う。私はそんな事を考えながら、手にした大きめのスコップを地面へと差しこんだ。


「ザク!」


 スコップが小さな音を立てて地面へと突き刺さる。


 結局のところ、全て私がいけないのだ。本当は私の年、14歳であれば皆もう働いている。普通は13歳ぐらいから働き始める。この家の侍従さんやトマスさんもそうだ。私は貴族という家に生まれたから、学園という物にいくから、まだ働かないでこうして庭いじりができている。そしてロゼッタさんから日々授業を受けられているのだ。


 授業にしたって、役人や先生になりたい様な人はきっともっとまじめに、そして将来それで糧を得るために真剣に勉強している。こんな何日間かの集中授業くらいで音を上げたりはしないだろう。つまり、私が年相応に頼りがいがある人間に、本来果たすべきことを果たしていないのが原因なのだ。


「ザク!ザク!」


 私は自分自身の不甲斐なさに腹を立てた。私はこの年になるまで一体何をしてきたのだろう? ただ幼子のように、そこから成長することなく拗ねていただけだ。私は周囲の期待に、私が背負うべきものに対して何も答えられていない。


「ザク!ザク!ザク!」


 スコップを持つ手に力が入る。私はスコップの先にある地面が自分自身であるかのように、憤りをこめてそれを地面へと突き立てていた。そうでもしないと、きっと涙が止まらなくなる。それでは本当に私は幼子と同じだ。


「フレアさん、大丈夫ですか?」


 背後からかかった声に我に返った。マリが心配そうな顔をしてこちらを見ている。


「あ、ごめんなさい。久しぶりだからつい力が入っちゃって」


 私はマリに向かって必死に作り笑いをして見せた。


「それに、なんか地面が妙に柔らかいような気もするんだけど。私が知らない間に雨でも降ったかな?」


「そうかもしれませんね。それに何か心配事があるのなら、私でよければ相談に乗りますけど?」


「大丈夫よマリ。ロゼッタさんの授業についていけなくてちょっと弱っているだけ。それに悩み事と言えば、この家にお金がないのが一番の悩みみたいだから、私達では解決しようがない問題だしね」


 実際にそうだ。私の耳にも東棟を閉鎖するなんて話が聞こえてきている。でもそんなことになったら、コリンズ夫人にガラムさん、トマスさんはどうなってしまうのだろうか? 考えたくもない現実だ。


「カン!」


「ん!?」


 私が色々なものをマリに悟られないように、照れ隠しで差し込んだスコップが何かにぶつかる音がした。相当に硬いものらしく、私の手にも微かな痺れが残っている。石だろうか? だが石にしては少し感触が変だ。


「マリ?」


「何でしょうか?」


「石かな? 何か硬いものがあるのだけど。シャベルを貸してもらってもいいかな?」


「お手伝いします」


「自分でやるから大丈夫……」


 私がそう声を掛けるより早く、マリがシャベルを地面へと突き刺した。


「カン!」


 やっぱり、マリがつきさしたシャベルの先からも何かがぶつかる音がした。だが石に当たった音よりも、もっと高い音が響いたような気がする。マリがシャベルの先から土を持ち上げて見せた。


「何これ?」


 土の下から現れたものを見て思わず口から声が漏れた。


「お金ですね。それも金貨ですね」


 マリが場所をずらしつつ、辺りの土を掘り返していく。マリが掘り返すにつれて、金色の光を放つものが次々と露わになっていく。一枚や二枚じゃない。どうみてもかなりの量がある。


「マリ、これって……」


 私に冷静に首を傾げて見せたマリがおもむろに口を開いた。


「きっとご先祖様が埋めていた埋蔵金ではないでしょうか?」


「埋蔵金!?」


「はい、フレアさん。いざという時の為に埋めておいて、いつしか忘れられてしまったものだと思います。それを見つけられるとは、流石はフレアさんです」


「はあ?」


 こんな花壇の隣で金貨!? マリ、本気で言っています?


 だけど、マリは真顔でこちらを見ている。その目をじっと見ると少しばかり、ほんの少しだけど私の目を避けているような気がするぞ。混じりっ気なしのフレアなら信じたかもしれませんけどね。変なものが混じったフレアとしては、これは流石に何かがおかしいと分かります。


 短い間だけど商会に勤めていたと言ってましたよね。まさかとは思いますが、そこから勝手に持ってきたんじゃないですよね?


「マリ……」


 でもあなたが私の為にしてくれたという事は分かります。私が学園に行けるかどうかはどうでもいい話ですが、お金がないことで、ロゼッタさんやコリンズさん、それにハンスさんやガラムさん、トマスさんとお別れになってしまうのはとても悲しい事です。


 これがどこから出てきたお金かどうかはさておき、皆の為にありがたく使わせてもらいます。あなたと私は一蓮托生です。これであなたが何かの罪に問われるのであれば、私も一緒に獄に入ります。


「ありがとう」


 私は手についていた土を振り払うと、マリの手を握った。そしてその背中に腕を回して抱きしめた。


「いえ、私は土を掘るののお手伝いをさせていただいただけです。フレアさんのご先祖様にこそ感謝を捧げるべきです」


「そうですね。()()()()かは分かりませんが、ご先祖様には感謝しないといけないですね!」

 

「はい」


「では早速、コリンズ夫人を呼んでくることに致しましょう」


 そう言った私に向かって、マリがにっこりと微笑んで見せた。まあいいですけどね。いつかちゃんと返させてくださいね。それに何処から借りてきたかは知りませんが、一緒に返しに行きますよ!


* * *


『一体これは何なんでしょうか?』


 東棟のさほど広くはない私の寝室には、山ほどの衣装箱やら小物箱やらが積まれています。そして私の体はそれを持ち込んだ人達によって、まるで人形の様に、かなりいいようにされています。というか、お願いですから、そんなにきつく締めないでください。私はさっきお昼ご飯を食べたばかりなのですよ!


 この人達はというと、カスティオールが唯一まともに付き合いがある、ライサ商会の方で手配した衣装屋さん達だったり、帽子屋さん達だったり、ともかく私が今まであまり縁が無かった人達に囲まれています。


 一応は侯爵家の娘なので、全くなかった訳ではありませんが、最後にまともに付き合いがあったのは、2年以上前のお披露目のときだけです。その時だってほぼ全てカミラお母さまが決めたので、私は何もしていません。


 なので皆さん、普通にサイズだけ合わせてくれれば良くてですね、生地とか持って来て、どれが良いかとか、悪いとか私に聞かないでください。というか、私が答えられる人かどうか見てから聞いてください!


 この件について、カミラお母さまは詳しく知らせを受けていなかったらしく、最初はすごく怒っていて、色々と文句を言っていたが、現時点でのカミラお母様はと言うと、部屋の真ん中の長椅子に座って、うんざりした顔でこちらを眺めているだけだ。お披露目の時を考えると、全くあり得ない状況だった。


 ではこの場を誰が仕切っているのかというと、部屋の入り口付近で書類をめくっている、丸顔の女性だった。


「お茶会用の衣装決めの時間になりますので、すみませんが、あと15分でお願いします」


 モニカさんの声に、お針子さん達がさらにきつく私の腰回りを締めて、そこに調整用の針を置いていく。締められている私はと言うと、息をするのさえ辛い。流石に無理です。もうちょっと余裕を持たせませんか? それってすごく大事ですよね。


 それに今から冬用とか春用とかいります? 今は夏だからいいですけどね、冬は絶対に今より太る自信があります。腰回りに余裕がないと、ただただ着れない衣装になってしまいます。そんなもったいないことは出来ません!でも痩せるのはもっと出来ません!


「お待たせしました」


 お針子さん達が私に頭を下げて去っていく。私はというと息も絶え絶えで、女性だけとはいえ、衆人環視の下で肌着姿になって、部屋の真ん中に立たされています。他人に誇れる体形ならいいですけどね、全く違いますからね!これは間違いなく懲罰ですよ。それもとっても、とっても恥ずかしい懲罰です。


「あのモニカさん、あとどれくらい続くんでしょうか?」


 私の言葉にモニカさんが書類を素早くめくって確認した。


「靴等もありますので、あと5組ほどです。時間にしてあと4時間以内では終わると思います。いや終わらせます」


「あの、後日とかいう選択肢は?」


「ありません。一部の素材はこれから発注するものもありますので、本日頼んでも入学まで全部揃えるにはぎりぎりだと思います。お疲れだとは思いますが、ご協力のほどをよろしくお願いします。教科書など先に発注できるものは全て私の方で発注しておきました」


 モニカさんがさっきの衣装屋さんから受け取った、公式行事向けの服に関する書類をテキパキとめくりながら、私に答えた。もう顔すらこちらに向けてはくれない。


「はあ」


 あの、一体誰の誰に対するご協力なのでしょうか、これって私の衣装ですよね。私がモニカさんに協力をお願いするべき立場の様な気がするのですけど……。


「では、次はお茶会の衣装、秋物からです」


 モニカさんの掛け声に、衣装箱をもった人達が再び客室になだれ込んで来る。皆さん、真剣過ぎて目が怖いです。これって、やっぱり埋蔵金の力ですか?


「時間は各季節、15分以内を目標にお願いします。一応予備に15分はとってありますが、可能な限り15分でお願いします。なお価格に対して品質が見合わないあるいは、意味がないと思われる提案はご遠慮ください。先に私の方で確認させていただきます」


「では、色合わせから始めさせていただきます」


 モニカさんの言葉に、一番年かさの女性が頷くと、私に声をかけてきた。その掛け声に会わせて色とりどりの布が衣装カバンの中から取り出され、モニカさんが価格表らしきものを片手にその品質を確認していく。そして何本ものお針子さん達の手によって、私の体はまたも影絵劇の人形のように動かされていった。


 分かりました。分かっちゃいました。モニカさんは、前世の私とマリの教官だった人と同種類の人間ですね。適当なんてのはあり得ない、決して手抜きなどしない人です。そしてどれだけ書類があっても、鼻歌交じりでそれを処理できる人です。


 それにマリ、そもそも金貨の量が多すぎです。どうやって返せばいいんですか? 大概にしてください!

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