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お使い

「一体どうなっているんだ!こちらには顧客からの問い合わせが山ほど来ているんだ。事が起きてから何日たったと思っている。何でさっさと報告してこない」


 バリーは目の前の男に対してそう怒鳴りつけると、客間のテーブルを拳で叩いた。暗殺ギルドへの仲介は、バリーのあがりの中ではとても大きな割合を占めている。その暗殺ギルドが丸ごと消えてしまったのだ。


「バリーさん、こちらとしては、こんな朝早くから出向いてきたんですよ。私としては十分に早い対応だと思いますけどね」


 目の前の男がふてぶてしい態度でそう答えた。朝が早いかどうかの問題じゃない。事が起きたらすぐに飛んでくるべきだろう。普通の時なら鼻持ちならない程度で済むが、この緊急事態においてはとても許容出来るものではない。


「ドン!」


 バリーは再び机に握りこぶしを叩きつけた。そもそも自分のところがやられたというのに、この男は何でこんなに緊張感のない、へらへらした態度が取れるんだ?


「ふざけている場合か? そちらのアジトとやらがやられたんだぞ」


「ふざけていたら、こんな朝早くになんか出向いてきませんよ。こう見えて、私は夜型なんです」


 もう我慢の限界だ。


 バリーはテーブルにあった大きな硝子の灰皿を男に向かって投げつけた。男がひょいと顔をそらして避けると、それは背後の壁に当たって粉々になる。バリーの怒りに、自分の背後にいる手下たちが息を飲むのが分かった。


「貴方の所は私共から見れば、単なる代理店です。お互いにとって、それ以上でもそれ以下でもありません」


 男はバリーの怒りに一向に動じることもなく、淡々と自分の見解らしきものを述べている。何なんだこの男は。


「代理店!? 何だ、その言いぐさは。てめぇのところが表に出なくて済むように、仲介してやっている恩を忘れたのか!」


 バリーの台詞に、男が初めて表情らしきものを変えた。どうやら苦笑しているらしい。


「恩? 何の話です。あなたが仲介と称して、上前を撥ねていただけの話ではないですか? まあ、少しばかり欲張り過ぎだとは思いますが、直接に顔を合わせてやり取りするのが面倒な分の事務手数料として、こちらが容認しているだけの話です。違いますかね?」


「てめぇ、何様のつもりだ!」


「バリーさん、暗殺ギルドなんてもう流行らないですよ。暗殺というのはこっそりやるから暗殺でしょう? それがどこに頼むかはっきりしていて、それが行われた時には、『ああ、例の筋か』なんて誰かがひそひそ話、いや大っぴらに語られるなんて言うのは、何かの冗談みたいなものです。存在自体も不明。それが暗殺かどうかも分からない。どこかの誰か、運命とかいうのが決めた死者数をちょっとだけ押し上げるもの。そんな存在であるべきではないですかね?」


 男はそう告げると、足をテーブルの上に乗せ、長椅子の背もたれに両腕を預けて、首を横に振って見せた。男の言葉と、その上から目線な態度に、バリーは自分の血が頭に昇る音を聞いた様な気がした。


「だからバリーさんの方でも、『どうやら例の筋とかいう連中はきれいさっぱり滅んだみたいです。今後は自分達で何とかしてください』とか適当な事を顧客に説明してもらえれば、それで万事収まります」


「収まる? 何を世迷言を言っているんだ。これは商売だ。街の便利屋が害虫駆除をするのと何も変わらない。相手が人と言うだけの話だ。それがお前の言う得体が知れない存在で、どうやってあがりを稼ぐんだ?」


「商売。本当につまらない考え方ですね。全くもって魅力の欠片もない」


 男の態度と台詞に、バリーは怒りを通り越して、呆れる思いがした。


「お前は単なる連絡員だろう。それがどうしてそんな偉そうな事を言えるんだ。お前なんかには用はない。帰って評議会の連中に、さっさとここに顔を出すように言って来い」


「バリーさん、それは少し難しいと思いますよ」


 男が今度は首を傾げながら答えた。


「難しい? ふざけるな。お前がギルドの連絡員で無ければ、さっきの態度一つだけでも、すぐにあの世に送ってやるところだ。命拾いしたと思って、さっさと上を連れて来い」


 男が再び苦笑して見せた。本当にこいつはただの連絡員か? 昔から評議員の連中が、どうしてこんな奴をほったらかしにしているのか不思議だった。バリーは議長を含めて、ギルドの評議員達が、この男をむしろ腫物を扱うようにしていたのを思い出した。何だこのとてつもなくヤバイ感じは?


「あの世? そちらも難しいと思います。それに評議員でしたっけ? そんな者は誰もいないんですよ。誰もね」


 そう言うと、男は芝居掛かった態度で、バリーに向かって両腕を大きく広げて見せた。


「どういうことだ」


「まあ、何人かは穴が開いた時に向こうに行ってくれましたけどね。数が居るとやっぱり何人かは残るじゃないですか。だから私が代わりに送っておきました」


「お前、本気で言っているのか?」


「本気? 本気とか冗談とか、そう言う問題では無いです。事実という奴ですよ」


 男の顔には何の変化もない。淡々とこちらに向かって口を開いている。もしかしたら、こいつは本当の事を言っているのか? ギルドの評議員を全部やったと言っているのか?


「バリーさん、この場で殺してやると言わないだけ、貴方も少しはわたしの事が分かって来たみたいですね」

 

「裏世界の人間すべてを敵に回すつもりなんだな。その覚悟は出来ているという事だな。この商売は、もともとはヴォルテさんが始めたものだ。あの人を敵に回す、そう言う事だぞ」


「違いますよ、バリーさん。ヴォルテの方でも、貴方がこんなに派手に商売をやるとは思っていなかったみたいでね。彼も私と同意見です。私にとっては貴方の始末なんてどうでもいい話なのですが、ヴォルテがどうしてもと言うから、わざわざここまで掃除に来たのです。あの男も私にこんな事(お使い)を頼むようになるとは、随分と偉くなったものです。駆け出しの頃を知っている私としては、とても感慨深い物が有りますよ」


 ヴォルテさんを呼び捨てにしている。こいつはただの張ったり野郎なんかじゃない!


「こいつを殺せ!今すぐにだ!」


 バリーは自分の背後をふり返った。しかし、そこに立っていたはずの手下は誰もいない。一体いつの間に、それに何処に行ってしまったんだ!


「バリーさん、無理ですよ。もう皆さんとうに死んでいますからね。そもそも打ち合わせをするのに、同じ場所を使ってはいけません。この世界の基礎も基礎、赤子でも知っている事ですよ」


 バリーの顔は死人の様な灰色になっている。


「ああ、少しばかり助言が遅すぎましたね」


 男は煙草に火をつけると、バリーが座っていた長椅子の上の黒い灰を眺めた。部屋のあちらこちらに、同じ様な小さな黒い灰の山が出来ている。


「灰を隠すなら、灰の中でしょうか」


 男はそう告げると、煙草を付けたマッチを床に投げ捨てた。そこからは赤い炎が部屋中に、瞬く間に広がっていく。


「さて、面倒臭いだけのお使いは終わりましたが、本命の方はどうなりましたかね」


 そう告げた男の顔は、赤い炎に照らされて、とても楽し気に見えた。


* * *


「『お使い』って、あんたは火を着けて来たのか?」


 トカスは背後の石作りの建物の一角から、黒い煙が上がっているのを見て男に訊ねた。


「あれか? 少しばかり付き合いが長い者からのお願いでね。ついでに掃除してくれと頼まれた。依頼先がなくなるのに、窓口だけが残っているのは差しさわりがあるそうだ」


「しかし、これって針金バリーのところだろう。裏ではそれなりに大物なんじゃ無いのか?」


 窓から漏れる煙はまだ僅かだが、窓の中では赤い炎が派手に舞っているのが見える。


「大物? 針金がいつから大物になったんだ?」


 男はそう苦笑するとトカスに向かって手を振って見せた。だが自分の手を見て「おや」という顔をする。


「おい、火を着けるついでに、自分の指にまで火を着けて来たのか?」


 トカスが驚いて男に告げた。男の黒い手袋の指先の一つから火が上がっている。男は息をふっと吹きかけるとその火を消した。そして焼けてしまった手袋を口を使って外すと、それを通りの道端へと投げ捨てた。


 顕になった男の右手は、人差し指が焦げて黒くなっており、その傷口からは赤黒い肉が見えている。


「あんた指が……」


 だが男は顔色を変えることなく、首をわずかに傾けると、左手でポケットから白いハンカチを取り出して、指先をくるんで見せた。トカスの目の前でその先端が血で赤く滲んでいく。


「なに、ちょっとした火傷だよ。大した傷じゃない。すぐに治るさ。私としたことが少しばかり急ぎ過ぎたみたいだな。忘れていたよ。楽しみというのは、ちゃんと後にとっておかないといけなかった」


 命にかかわるような傷では無さそうだが、それでも相当に痛みを伴う傷のはずだ。だがトカスの前の男は、まるで笑いを必死に堪えているような表情をしている。


「どうやら僕も君同様に失敗したみたいだよ。中々楽しませてくれるじゃないか。いや、数百年前にしかけておいた罠なんて、黴が生えすぎていて、いくら何でも気が付かないよね」


「あんたも魔法職なのか?」


 トカスは恐る恐る男に聞いた。この男との付き合いも少しばかり長くなりつつあるが、一度も魔法職らしい気配を感じたことは無かった。だがこいつが言っている事は、魔法職じゃないと出てこない台詞だ。


「魔法職? 何だいそれは」


 男がトカスを見ながら苦笑している。その姿にトカスは背筋が凍る思いがした。これが本当の恐怖という奴だ。何も出来ない。逃げる事どころか、瞬きさえ出来ない。


「あ、あんた、魔族なのか?」


 トカスは必死に声を絞り出して男に問いかけた。トカスの問に、男がもう耐えられないとでも言う様に笑い出した。


「ハハハハ!」


 男はまるで、幕間の笑い話を見ている観客の様に笑い声を上げると、トカスの方へ向き直った。


「冗談はやめてくれ。息が出来なくなるじゃないか。ちゃんとした人間だよ。ほら、この赤い血がみえるだろう?」


 男はそう言うと、ハンカチでくるんだ指先をトカスに向かって差し出した。


「火事だ!火事だぞ!」「火元は上だ」「水を、水を持ってこい」「バリーさんは何処だ!?」


 やっと火事に気がついた者達が、建物の一角を指さして口々に叫んでいる。


「おや、ここも騒がしくなってきたみたいだ。もう少し静かなところに移動しようじゃないか」


 男は馴れ馴れしくトカスの肩を抱いた。


「トカス君、期待してくれ。どうやら二人で人生という奴を楽しめそうだよ」


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