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甘え

「フレデリカお嬢様。朝食をお持ちしました」


「はーい!ご苦労様です」


 実季さん、もといマリアンさんがコリンズ夫人を彷彿とさせる、一部の隙も無い姿勢で私の朝食を持って来てくれた。確かに前世でも貴族の家で働いていただけの事はあります。ですが、マリアンさんにわざわざ朝食を持って来てもらう事に、何か意味があるのでしょうか?


「マリアンさん、お嬢様は止めてください!」


 どう考えても私の世話なんかより、もっと他にやるべきことがあると思います。それにその方が世のため人の為です。


 マリアンさんが侍従になっているのは、私のような頼りない元師匠を心配して、この家まで会いに来てくれた手段であり、決して目的ではありません。つまり、もう目的は果たされたのですから、彼女が侍従としての仕事をする必要など無いのです。


 すごいです。最近はロゼッタさんの教えをかなり真剣に聞いているせいか、前世を含めてこれまでの私の中で、最も頭の回転が良くなっているような気がします。やはり師と言うのはロゼッタさんの様な、人を少しでも高みへと導ける存在なのだと思います。前世の私の様な、あっさりと殺されてしまう人間の事ではありません。あ……嫌な事を思い出してしまいました。


 マリアンさん、前世では本当にすいませんでした。この件は深く反省したいところですが、まともに反省すると本当に立ち直れなくなるので、頭の中で歌でも歌って追い出させて頂きます。


「フレデリカ様、お疲れでしょうか?」


「はい?」


「ぼっとしておいでみたいですが?」


「大丈夫です」『頭の中から追い出しました』


 後半の台詞は私の心の中だけの台詞だ。だが、もう駄目です。こんなやり取りは、変なものが混じった私には到底耐えられません。


「マリアンさん、いや、もうこれからは親しみを込めてマリと呼ばせてもらいます。マリさんは私の事をフレアと呼んでください。これ以外の呼び方では一切返事はしません!」


「お姉さま!どういうことですか?」


 マリアンさん、もといマリが驚いた顔で私を見る。


「マリさんとさっきみたいな会話を続けるのは耐えられません。不可能です。壊れてしまいます」


 そもそも貴族のご令嬢なんていうのが、私には場違いも甚だしいのです。このような役割は、私なんかよりアンの方が間違いなく似合っていますし、完璧に演じられると思います。皆さんが夢に描く深窓のご令嬢そのものです。


「私が押しかけて来たのが、ご迷惑だったのでしょうか?」


 はあ? 何を言っているんですか!?


「絶対に違います。その『ご迷惑だったでしょうか?」という話し方が問題なんです」


 マリアンさん、もう頭の中もマリで統一です。マリが私に向かって当惑と言うか、意味不明と言う顔をして見せる。


「お姉さま、ですがお姉さまは私のご主人様で、公爵家のご令嬢です」


 そこです、その「ご主人様」という奴が最大の敵です!


「マリさん、あなたは私の友人です。親友です。前世では行きがかり上、あなたの師匠になりましたし、ちょっとだけ私のほうが年上でしたから、『お姉さま』と言う呼び方について妥協してしまいましたが、ここでは同い年です」


「ですが、立場というものがあります」


「いりません。この家から追い出されそうになった時は泣きましたけど、マリさんとさっきのような得体のしれないものを憚るような会話を続けるぐらいなら、花壇も何もいりません。立場なんて捨てて一緒に出て行きましょう」


 こちらはその時の為に、トマスさんを通じて色々と学んでいたんですよ。それに私がこの家に居ると家庭内的に色々とやばいんです。


「ちょっと待ってください」


 マリが慌てた様子で私の手を掴んだ。その手は思ったより力強く、私の手が痛いぐらいだった。でもこれぐらいで私を止められるなんて思わないでください。


「マリさんが居た商会に雇ってもらうようにお願いします。私だって前世では商人だったんです。簿記ぐらいなら何とかなります」


「お姉さま、商会にも立場というものが……」


「なら、酒場で殿方に酒でも注いで生きていきます」


「パン!」


 左頬に痛みが走った。


「甘えるのも、いい加減にしてください」


「マリ……さん?」


 私の目の前に、私の頬を打った右手を左手で握りしめて立つマリが居た。


「酒場で酒を注いで生きて行くなんて、冗談でも絶対に言わないでください。それをやっている人達がどんな目に会っているか、分かって言っているんですか!?」


「パン!」


 そう告げると、私の頬がもう一度彼女によって叩かれた。その目は微かに涙に潤んでいる。


「お姉さまは、フレアさんは例え年が同じであろうがなかろうが、例え世界が変わろうが、私にとって一番大切な人です。親友以上です。私にとって、あなたは人生の目標であり、私の進むべき道の導き手です。冒険者になって僅か数ヶ月で、誰もが倒せないようなマ者に立ち向かえたあなたが、貴族の令嬢という、あなたが生まれた時に決まっていた運命如きから逃げ出すんですか!?」


「運命?」


「そうです。あなたが前世で冒険者になったように、今のあなたにはあなたの運命、役割があるんです。それが冬に凍えることなく、誰かがあなたの為に料理を作り、私のような者が貴方に料理を運ぶ代償でもあるのです。私が知っているあなたは、何かを変えたいと思う時には、例えそれが自分の事で無くても、例えそれが不可能に思える事でも、躊躇することなく、それに立ち向かえる人です。決してそれから逃げ出す人ではありません!」


 彼女は自分の制服の襟を掴むとそれを私に向かって突き出して見せた。


「そして、それこそが私が侍従としてあなたの側にいる理由です。私はあなたが何かに立ち向かう時、前世と同様に一緒に立ち向かいたいのです。例えその先に再び死が待っていたとしても、私は決して後悔などしません。後悔するとすれば、あなたがさっきのように、私の為に何かから逃げ出す事です。それは私にとっては死なんかより、遥かに辛い事なんです!」


 そう告げた彼女の目から、涙が光って落ちた。


「うん、分かった。私が間違っていた」


「お姉さま」


 私は両腕でマリを強く抱きしめた。


「ありがとう。目が覚めた。私は貴方に会えてうれしすぎて、少し浮かれていたんだね」


 私は彼女の涙をそっと拭くと、自分の目から流れた涙も拭いた。前世の時もそうだった。私がした多くの間違いを色々な人が気づかせてくれた。


 ここには白蓮も百夜もいない。歌月さんも、旋風卿も、世恋さんも居ない。一緒に冒険した人達は、私の大切な組の人達はマリだけだ。だけどフレアとしての私にはロゼッタさんや、コリンズ夫人にハンスさん、それにマリが居る。


「だけど約束して。二人っきりの時は貴方に甘えさせて頂戴。私に貴方をマリと呼ばせて。そして貴方にフレアと呼ばれたい。私は貴方が思っているほど強い女じゃない」


 とっても寂しがり屋さんなんですよ。


「フフフフ」


 マリが腹を抱えて必死に笑いをこらえている。え、今の私の言葉って、何かおかしな点がありました!?


「『強くて弱い』ですね」


「何ですかそれ!」


 意味分かんないんですけど?


「ご安心ください。立場など何も関係ありません。マリにとってお姉さま、フレアさんはこの世で一番大切な人です。今度は絶対に離れたりしません」


 マリ、本当にありがとう。あなたが居て本当に良かった。私はこの頬の痛みを決して忘れない。


 でも今世こそは、ちゃんと私から独立してくださいね。

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