表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
344/347

卒業生

 マリアンは周囲の気配をさぐりつつ、石の回廊を、ロゼッタの背後に寄り添うように進んでいた。物音や気配は感じられなかったが、何者かに監視されている圧迫感を感じる。前を行くロゼッタは、それを気にすることなく、杖の先に灯した明かりを手に進み続けた。


『ここがどこかも、その目的が何かも知っています』


 ロゼッタはそう告げたが、今のところ、それが何なのか想像も出来ない。いずれにせよ、説明に時間を要することなのだろう。ロゼッタさんの言う通り、フレデリカの安全を確保するまでは、余計なことに時間を使うべきではない。


 しかしながら、フレデリカが入学してすぐの旧宿舎で、人ならぬ者に襲われた事件といい、剣技披露会を前に、謎の回廊で行方不明になりかけた件といい、ここがただの貴族向けの学校でないのは明らかだ。


『私が余計なことをした……』


 その思いがマリアンの脳裏をかすめる。今思えば、フレデリカが学園へ入学しなかったのは、決して金などの問題ではなく、そうなるよう、誰かがあらかじめ仕組んでおいたとしか考えられない。自分は、むしろその配慮を、全て踏みにじってしまったのではないだろうか?


 カスティオールへ行くことになったのも、そもそもフレデリカに会えたのも、誰かがフレデリカを誘い出すために、仕組んだ事なのかもしれない。そんな考えが、マリアンの頭の中を行き来する。


「マリアンさん」


「あっ、はい」


 不意にロゼッタが足を止めて、マリアンの方を振り返った。


「あなたは私たち魔法職が、『無詠唱』と呼ぶ力を使えますね?」


「無詠唱ですか?」


 呆気にとられたマリアンへ、ロゼッタが頷く。


「あなたが、フレアの代理として決闘をしたときに使った力。この世界の(ことわり)を超えた力です」


 その言葉に、マリアンは息を飲んだ。マナはこの世界に転生してきた、自分たちだけが知っている力だと思っていたが、そうではなかったらしい。フレデリカと自分以外にも、前世からこの世界へ転生してきた人物はいたのだ。


 いや、フレデリカが見つけた魔石の存在を考えれば、実は多くの転生者がいたのか、転生者とは関係なしに、この世界にもマナと黒き森は存在していて、単に隠されているだけなのかもしれない。


「はい。私が使ったのは、それだと思います。その力ですが――」


「どうしてあなたが『無詠唱』を使えるかについての説明は、私がここの説明を省いたのと同じく、後にしましょう。マリアンさんにお願いしたいのは、それが必要になった場合、躊躇することなく、その力を使って欲しいのです」


「分かりました」


 ロゼッタはマリアンの返事にうなずくと、手にした杖を前に差し出した。


「それと、私たちの相手が決まったようです」


 ロゼッタの杖の先、通路の奥にロゼッタが掲げるのと同じ、青白い光の揺らめきが見えた。その光の向こうでは、細身の男が立っている。


「お待ちしておりました」


 男は芝居掛かったしぐさで、丁寧に淑女に対する紳士の礼をして見せた。その横には、薔薇や百合、雛菊、それにアザミといった草花の紋章で彩られた重厚な扉がある。


「どうやら私たちをここに招待した誰かさんは、ここであなたと私が、ダンスを踊ることをご所望のようです」


 杖を手にした男、トカスのセリフに、ロゼッタが頷く。


「ここはそういう趣向の場所です」


「あの扉は開かないのですか?」


 マリアンはロゼッタに、小声で問いかけた。


「残念ながら、あの扉は私が前に開けた扉とは、少し違うようです」


「おや、赤毛のお嬢さんの侍女殿も一緒ですね」


 マリアンの姿に目を止めたトカスが、おやっという顔をして見せる。


「この状況でも落ち着いているとは、侍女殿も私と同じ種類の人間ですかね?」


「どういう意味かしら?」


 マリアンの代わりに、ロゼッタがトカスへ問いかけた。


「すでにその年で、誰かの魂を遠い所へ送っている」


「それについては、私もその一味かしら?」


「ならば、さっそくダンスをと言いたいところですが、その前に一言よろしいでしょうか?」


「どうぞ――」


「私は暗殺ギルドにいた時から、簡単な仕事には興味がなかった。貴族たち、腹回りの緩い奴らの護衛役なんかくそくらえです。少しはまともな魔法職とやりあいたいと思っていましたが、あなたに出会って、初めて真剣に命のやり取りができると確信しました」


「最初に会ったのは、カスティオールの屋敷でかしら?」


 その言葉にトカスが苦笑する。


「かなり気を使ったつもりでしたが、お見通しでしたか?」


 おどけて見せるトカスへ、ロゼッタは静かに頷いた。


「たとえ紛れをかけても、魔法職固有の色は消せないものです」


「なるほど。私はあなたと赤毛のお嬢さん以外は、常に遠いところへ送ってきた。なので、その点への配慮が足りませんでしたね。それともう一つ、これはあなたみたいな方には、おっと――」


 トカスが手にした杖を横に振る。その瞬間、投擲用のナイフに手を伸ばしたマリアンの体は、見えない何かに押さえつけられた。


「お嬢さん、大人の話はまだ終わっていないんだ。もう少し待ってくれないか? 今のでお分かりだと思いますが、私の方がここに先にいた。その意味はお分かりですよね?」


 そう言って、口元に笑みを浮かべたトカスに、ロゼッタは首をかしげた。


「トカスさん、私はここの卒業生なのですよ」


 次の瞬間、トカスは杖の先を、回廊の床へ打ち下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ