反抗
王都を囲むようにそびえる星見の塔達。中でもひときわ高くそびえる黒曜の塔は、重い緊張に包まれていた。
「王宮魔法庁からの答えはまだか!」
その事務棟に「腕」と呼ばれる魔法職、”鎌”の怒鳴り声が響き渡った。その横ではその相棒である、”槌”が、表情に乏しい顔で、怒り続ける鎌と、その相手をする事務官たちを眺めている。
「はい、まだ回答は来ていません……」
事務官の一人が、鎌に首をすくめて見せた。
「すでに一刻以上も過ぎている。学園周辺全体が、まったく覗けない。さらには学園に向かった、スオメラ大使とセシリー王妃を乗せた馬車も、未だ行方知らずだ」
「馬車の件については、こちらの不手際ではない。もともと探索をしないよう、内務省からお達しがあった」
鎌より頭一つ以上も背の高い”槌”が、鎌を見下ろしつつ告げた。そのセリフに、鎌の細身で面長の顔が、さらに不機嫌さを増す。
「そういう問題じゃない。学園の監視のみならず、大使と王妃の行方を見失うなど、黒曜の塔の面子に、いや、王宮魔法庁そのものの存在意義に関わる。『腕』の力を使い、すぐにでも介入すべき事態だ」
鎌と槌の二人は、その許可を王宮魔法庁に申請していたが、一向に答えを得られないでいる。
「近衛騎士団が動いており、そちらで問題解決を図るつもりではないでしょうか?」
事務官の言葉に、鎌は躊躇なく首を横に振った。
「星振でも中を覗けないような強力な紛れか、それ以上の術が使われている。近衛騎士団ごときに、それを突破できると思うか?」
鎌のあまりにも率直なセリフに、事務官は額に浮かんだ汗を拭いた。その通りではあるが、近衛騎士団を「ごとき」呼ばわりするのは、流石に差しさわりがあり過ぎる。
「いずれにせよ、本庁の方からは、まだレオニート星宣長官から返答がないとしか、答えがありません。」
「レオニート?」
その名前に鎌は首を傾げた。隣に立つ槌を見上げると、事務官たちに気づかれぬよう合図を送る。
「ともかく待つしかないな」
槌がさりげなく相槌を打つと、二人は諦めた振りをして、事務棟を出た。星振が置かれた星見の間に入るや否や、槌が鎌の二倍以上もある肩をすくめて見せる。
「レオニートが握りつぶしているとは驚きだ」
「あの男にそんな胆力などない。星振の動きが少し乱れただけで、大騒ぎする奴だぞ。間違いなく黒幕がいる」
鎌のセリフに、槌も頷いた。
「そうだとしても、王妃や大使までからんでいる。誰がそんなやばい絵を描くんだ?」
槌の問いかけに、鎌は何かを思い出すような顔をした。
「槌、エドガーの行方に関して、情報屋が送ってきた資料を見たか?」
「主要な貴族や商家で、予定外の人の動きをまとめたやつだろう。ともかく人数が多すぎて、参考にもならなかった」
「いや、俺たちが見つけられないんだ。条件だけで絞り込むというやり方自体は、何も間違っていない。それよりも、その名簿を見て、あることに気づいたのを思い出した」
「エドガーらしい人物でもいたか? 今はそれを追っている場合じゃ――」
鎌が槌の言葉を制する。
「エドガーの件じゃない。コーンウェルだ。王宮魔法庁、内務省、それに他家と裏でつながっている者たちを、軒並み飛ばすか首にしている」
「大掃除をしたらしいな……。ちょっと待て。お前はレオニートの背後にいるのが、コーンウェルだと言うのか?」
「顔に出すな。ここを覗いている連中に気づかれる。一部の王族を除けば、この国でこれだけの事が出来るのは、コーンウェル以外には考えられない」
「確かに、コーンウェルなら、これだけの絵を描けるだろう。だがあのエイルマー候が、こんな危ない橋を渡るか? それに唯一の孫も学園にいる。選抜を回避するのなら分かるが……」
「もう一つ思い出したことがある。あのにやけ男がどこにいるか、知っているか?」
「アルベールは、確かダリアとの件がばれて――」
そう口にしてから、槌が鎌へすまなそうな顔をして見せる。しかし鎌は、何の感情も見せることなく頷いた。
「主任執行官を首になって、学園の警備部長に左遷になった。俺たちと同じで、どこの派閥にも属さなかったから、そのとばっちりだと思っていたが、直後にエイルマー候と接触したという報告を前に見た」
「気になることでも書いてあったか?」
「私的な孫娘への警護依頼だったらしい。エイルマー侯がその孫娘を使い、学園で何か画策していると考えれば、全てのつじつまが合う」
無言の槌に、鎌はさらに言葉を続けた。
「レオニートも、裏にエイルマー候がいればこそ、この件をここまで大胆に握りつぶせている。それにレオニートは、エドガーに孫娘の監視を命じていた。ナターシャが消されたのも、エドガーが行方不明になったのも、この件で知ってはいけない何かを踏んだのだろう」
「とても俺たちでどうにか出来る話じゃないな。ここでおとなしく、成り行きを見守るだけだ」
槌が塔の天井から吊り下げられた、大きな銀色の振り子、星振を指差す。
「いやだ!」
それを見た鎌が、まるで子供が駄々をこねるみたいに、首を横に振った。
「ともかく出来る事をする。王宮魔法庁が抑えられてるなら、直接内務省に出向いて、現状を訴えてやる!」
「俺たちにも星振の芽は植えられている。ナターシャの二の舞になるぞ」
「知ったことか! ナターシャが星振に変えられたのは、あんなところに男と入る隙を見せたからだ。内務省にいる俺たちを、いきなり発芽させたりは出来ない。やれば、自分たちが隠そうとしていることが明るみになる」
「鎌、お前の気持ちはよく分かる。お前もナターシャ同様、王族の付き人を蹴ってここに来た奴だ。態度には出さなくても、同じ道を選んだナターシャを妹のようにかわいがっていた。でも、それはお前だけではないぞ」
「槌、お前も付き合うつもりか?」
槌は鎌に深く頷いた。
「ナターシャも年ごろの娘だった。それが惚れた男と一緒にいたのが死因だなんて、あまりにも悲しすぎる。いずれにせよ、時間との戦いだ。すでに事が為されているのであれば、遠慮せずに俺たちを星振に変えられる」
そう告げると、槌は手にした杖を掲げた。振り子が銀色に輝き始め、床に伸びる影が、重厚な建物の内部を映し出す。そこでは一人の女性、ダリア執行官長が、執務机を前に書類に目を通す姿があった。
「内務省に直接行っても埒が明かない。先ずはお前の惚れた女の所へ行くことにしよう」
「ほ、惚れたとかは余計だ!」
槌は苦笑いを浮かべると、星振が描き出した穴の向こうへ、その巨体を滑り込ませた。