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継承

 カラン――。


 石造りの回廊の床に、杖の転がる音が響いた。それを手放した人物が、闇の中で小さく肩をすくめて見せる。


「フレデリカ、あなたには絶対に敵わない。だから無駄な抵抗はしないことにする」


 そう告げると、学園の制服に身を包んだおさげ髪の少女は、声を掛けた相手との間にある、壮麗な扉を見上げた。扉には古代クリュオネル語で、ある文字が書かれている。


『魂を捧げし者のみに扉は開かれる』


「私たちはこの扉に、そしてあなたに魂をささげるために、ここに集められたのね」


「そうかしら?」


 長い黒髪の少女が、感情の乏しい顔で、首を傾げて見せる。


「どう考えてもそう。ここを抜けられるのは、あなた以外にはあり得ない。だから、何もしない代わりに、私と少しお話をしてくれる?」


 黒髪の少女、フレデリカはその言葉に小さくうなずいた。すぐに並行思考で、用意していたものとは別の術を唱える。次の瞬間、周囲の空間が歪み、まるで闇と石を溶かしたような景色に包まれた。


「聖母の子宮! それをこんな簡単に呼び出すだなんて……」


 おさげ髪の少女の口から、感嘆の声が漏れる。


「ロゼッタ、これで誰も私たちの話を邪魔しない」


「やっぱり、フレデリカは天才ね。いえ、天才なんて言葉じゃとても追いつかない」


「それで、何の話をしたかったの? 誰かへの伝言?」


 フレデリカの言葉に、ロゼッタは茶色のおさげ髪をゆらしつつ、首を横に振った。


「あなたにお礼を言いたかったの」


 そのセリフに、ほとんど感情を見せないフレデリカの顔に、当惑の色が浮かぶ。


「お礼?」


「私と友達になってくれて、本当にありがとう。たとえ穴の向こうへ行ったとしても、あなたと会えたことには、心から感謝している」


「それで、命を落とすことになったのに?」


「こんなのに巻き込まれたのと、あなたに出会えたのは別の話よ。私にとってフレデリカは、女神様みたいな存在なの」


 ロゼッタがフレデリカに、はにかんだ笑顔を向ける。


「だから遠い所へ行く前に、前から知りたいと思っていたことを、聞いてもいい?」


「私が答えられる範囲であれば……」


「相変わらずお堅いのね。ジェシカと同じで、カスティオール家の推薦でここに来たみたいだけど、あなたみたいな人が、どうして落ち目のカスティオールなの?」


「アンナ、カスティオール夫人に、娘の世話を頼まれたからよ」


「娘?」


「私が多くの魂を遠くへ送ってきたことを、彼女は知っている。それを承知の上で、その子の面倒を見て欲しいと頼んできた。とっても変わった人」


「あなたから変わった人と言われるだなんて、相当なのね。でもフレデリカ、どうしてそれを受け入れたの?」


「その子を見たから」


「それだけ?」


「それともう一つ。その子の名前が、私と同じフレデリカだった」


 それを聞いたロゼッタは、含み笑いを漏らした。


「フフフ、いつもはどこまでも論理的なのに、こういう大事なことは直観なのね。やっぱりあなたも相当に変わっている。そのアンナ奥様も、あなたと似た感じの人なのかしら?」


「私とは違う。むしろあなたに近いと思う。周りを太陽みたいに和ませる人だから」


「もう、今さら褒めるだなんてやめてよ。でもどんなお嬢さんなんだろう。私も会ってみたかったな。もう一人のフレデリカに……」


「まだ何も疑うことを知らない、赤毛のとってもかわいらしい子。それから、あなたはこれが私のために仕組まれたと言っていたけど、それは半分当たりで、半分外れ」


「どういうこと?」


「私がここに来たのは、その子が学園に入学した時、これに巻き込まれた場合の保険」


「赤の他人のあなたに、そんなことを頼むの!?」


「アンナはたとえ世界を敵に回しても、その子を守ると、そのためなら、ありとあらゆることに利己的になると私に告げた。私は他人ではあるけど、あの子が宝物という点では同じ。だから――」


 フレデリカは手にした杖を前に掲げた。


「ロゼッタ、あなたは私の友人だけど、これを避けることは出来ないの……」


「うん、わかった。あなたの宝物のためなら、あきらめがつく。だから――私の魂を――あなたの――ために――」


 ロゼッタの体が崩れ落ちる。


「ありがとうロゼッタ。あなたの魂は大事に使わせてもらう」


 そう告げると、フレデリカは床に横たわるロゼッタのまぶたへ、そっと手を添えた。


「それから、その子の前では、ロゼッタと名乗らせて。だって、二人とも同じ名前だと困るでしょう?」




「ロ……ロゼッタ……さん……」


 鼻の辺りで漂う刺激臭に、ロゼッタは意識を取り戻した。目を開ける前に、自分の体が問題なく動くか、怪我をしていないかを先に確かめる。


「ロゼッタさん……」


 再び、馴染みのある声が聞こえた。負傷していないこと、そして囚われてもいないことを確認すると、ロゼッタは慎重に目を開けた。


 目の前に、黄色く光る小さな明かりが見える。その横で、侍従服に身を包んだ少女が、こちらを心配そうにのぞき込んでいた。


「マリアンさん、私は大丈夫です。フレアは?」


 ロゼッタの呼びかけに、マリアンが首を横に振る。


「残念ながら、ここにいるのはロゼッタさんと私だけのようです。それに、ここがどこかも分かりません」


 マリアンは小さな明かりを手に、辺りを見回した。その淡い光が、天井も床も石で出来た回廊を映し出す。ロゼッタはここがどこかを理解した。学園の暗部、いや、その目的たる「選抜」の回廊だ。


 ここでロゼッタは、カスティオール家に仕えるジェシカを除けば、唯一の友人と呼べる少女の命と魂を奪っている。ロゼッタは黒い詰襟のワンピースについた埃を払うと、杖を手に立ち上がった。


「その匂い……整髪油を明かりに使ったのね」


「ですが、長くは持ちません」


 マリアンの答えに、ロゼッタが頷く。


「明かりは私の方で確保します。それはまた使うかもしれないから、しまっておいて。それと、中身をこぼすのは、もうなしでお願いします」


「はい、ロゼッタさん」


 旧宿舎のお風呂の件で、フレデリカがそれを瓶ごと被ったのを思い出したのか、マリアンがロゼッタに苦笑して見せる。


「――気高き魂の光よ。我を導き給え」


 ロゼッタは杖を前に掲げると、術を唱えた。杖の先に灯った青白い光が、辺りを昼のように照らし出す。その明かりの先で、草花の文様が記された大きな扉が現れた。


「これは!?」


 マリアンの口から驚嘆のつぶやきが漏れる。


「生贄の扉。でも、大丈夫よ。『贄』は既に捧げてあるから、押せば開く」


 そう答えると、ロゼッタは片手で扉をそっと押した。きしみ音一つ立てずに、扉が左右へ開く。


「ロゼッタさんはここがどこか、ご存じなんですか?」


「ええ、ここがどこかも、ここの目的が何かも知っています。でもそれを説明するのは後にしましょう。フレアさんが私たちを待っています」


 ロゼッタのセリフに、マリアンは躊躇することなくうなずいた。

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