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「クレオンさん、カサンドラさん!」


 カサンドラの視線の先、青白い光の向こうから、聞き覚えのある女性の声が響いた。


「無事だったんですね……本当に良かった……」


「はい。おかげさまで」


 声をかけてきたオリヴィアへ、カサンドラはにっこりとほほ笑んだ。もっともそれは、彼らが無事だったことへの安堵の笑みではない。扉を抜けるための贄が現われたことへの笑みだ。それも、4人もいる。


「他の方々は?」


 オリヴィアの問いかけに、カサンドラは首を横に振った。


「残念ながら、皆さん以外にはお会いしておりません」


 いかにも他の人たちを心配するふりをしながら、クレオンが少しずつ、自分の間合いへ向けて動くのを確認する。


「でも、この扉が開かない限り、この先には進めないようです」


「いかにも重そうな扉ですね。でも全員で押せば、何とかなりませんか?」


 オリヴィアが扉の方へ駆けよってくる。その姿に、カサンドラは思わず口の端を持ち上げた。オリヴィアを人質にとりつつ、一番厄介なヘルベルトの動きを抑える。後は、あの派手な姿をした剣士を、クレオンが仕留めればいい。この先で扉は何枚あるか分からないし、魔力も消耗せずに済む。


「クレオン――」


 カサンドラの呼びかけに、クレオンが動いた。懐から素早く短剣を抜く。


 キーン!


 次の瞬間、激しく金属同士のぶつかる音が響いた。マントを肩に羽織った女剣士が、クレオンの一撃を、手にした短剣で完璧に止めている。その事実にカサンドラは驚いた。女の尻ばかりを追いかけている男だが、クレオンの剣の腕は確かだ。しかも、今の一撃は完全な奇襲のはず。


「何をするんです!」


 二人が剣を交える姿に、扉の前に立つオリヴィアが悲鳴を上げた。


「見ての通りさ。私たちを殺したいらしい」


 女剣士がクレオンを牽制しながら答える。クレオンはと言うと、フェイントを捌くので精一杯だ。いや、翻弄されている。


「クレオンさんも、ドミニクさんも、すぐにやめてください!」


 オリヴィアが声を張り上げた。カサンドラは身を翻すと、ドレスの袖から針を取り出す。それをオリヴィアの首筋へ向けた。


「剣を捨てて!」


 そのセリフに、女剣士が呆れた顔をする。


「そういう手を使ってくるのなら、こちらも()()をさせてもらうよ!」


 女剣士がクレオンの剣を跳ねのけた。


『こっちへ来る!』


 カサンドラは杖を前に掲げた。命のやり取りの場で、出し惜しみなど無意味だ。


「全てを魅了し瞳を持つ者よ!」


 すでに詠唱済みの術を発動させる。次の瞬間、カサンドラの背後に開いた穴から、何者かが這い出る気配がした。同時に、術を唱えるべく杖を動かしていたヘルベルトの体が、次の一撃に備えるべく、体を入れ替えたクレオンの動きが止まる。


「ちっ!」


 その姿にカサンドラは舌打ちした。合図を送る暇がなかったため、刃に映った『傾国の瞳を持ちし女の亡霊』を見てしまったらしい。たとえ鏡に映った姿であろうと、それを見たものは、まるで時が止まったかのように動けなくなる。代々暗殺を生業とするカサンドラの家に伝わる秘術だ。


 カサンドラは背後にいる者の姿を見ないよう、慎重に体を動かす。だがすぐに足を止めた。自分の首筋へ、銀色に輝く刃が突き立てられている。その先では、白いマントを羽織った女剣士が、必殺の一撃を叩きこむ姿勢のまま、彫像のごとく固まっていた。その瞳は虚ろで、何の光も宿してはいない。


「いつの間に――」


 カサンドラの口から驚きの声が漏れた。種類こそ違うが、カサンドラも剣の修業を積んできた身だ。相手の気配を探る点においては、クレオンよりもよほどに鍛錬を積んでいる。それが何の気配も感じることなく、あとわずかのところで、喉元に剣を突き立てられるところだった。


 何者かは分からないが、先ずはこのやっかいな相手から始末しないと――。カサンドラは手にした針を、剣士の首筋へ向けた。


「これはあなたの術?」


 不意に聞こえた声に、慌てて顔を上げる。ロストガル人には珍しい、漆黒の瞳がカサンドラを見据えていた。その瞳の中に、人ならざる者の恐怖に歪む顔と、真ん中にただ一つだけある、真っ赤な目が映っている。


『なんで動けるの!?』


 カサンドラは穴を閉じて術を解除する呪文、反魂封印を唱える。しかしそれを唱え終わる前に、カサンドラの魂は、『傾国の瞳を持ちし女の亡霊』にとらえられた。手や足が、自分の意思を全く受け付けなくなるのを感じる。


「邪魔よ。私はこの人とお話がしたいの」


 オリヴィアがそう告げた瞬間、魅了の力がカサンドラの体をむしばむのが止まった。それでも首より下は、石になったみたいに動こうとはしない。


「あ、あなた――何者なの――」


 カサンドラの言葉に、オリヴィアは小さく首を傾げた。


「カサンドラさんこそ何者? ずいぶんと魂がよごれているけど……」


「な、何の話――」


 オリヴィアが、カサンドラの手にする針をじっと眺める。


「ただの留学生ではないと思っていたけど、それで沢山の人を殺めてきたわけね」


 そのセリフにカサンドラは観念した。あの赤毛の出自といい、見かけは人の良さそうなこの女といい、ここは自分ごときでは想像もできない、様々な秘密を抱えている。


「それが私の家の仕事なの。『深窓のお嬢様には分からないでしょう』と言いたいところだけど、あんたも今までずっと猫を被っていたという訳ね。それにまさか魔法職だとは思わなかった……」


「魔法職? そんなものに興味ないけど……。今の私は、あなたが知らないもう一人の私なの」


「二重人格者ってわけ!」


「私は私。勝手に二人いることにしないで!」


 カサンドラの発言に、オリヴィアは口を尖らせた。


「それで、誰を殺せと言われて、この国に来たの?」


「誰も。むしろ私たちに誰かを殺せと言ってきているのは、あんたたちの方よ。それはクリュオネル時代に作られた生贄の扉で、学園はそこから力を引き出すために存在しているんでしょう?」


「ふーん」


 オリヴィアが興味なさげに扉を見上げる。


「分かっているの? 私も、あなたも、その贄よ」


「あなたとお話ししたいのは、こんなかび臭い扉のことじゃないの。もっと大事な話、フレアさんのことよ」


「赤毛?」


「あの人のことを、そんな風に呼ばないで頂戴!」


 オリヴィアが本気で怒った顔をする。その視線の鋭さに、カサンドラは心の底からおびえた。


「わ、私がイアン王子に言い寄ったこと?」


「ええ、そのことよ」


「気に入らなかったのね。ならさっさと殺して。そうすればその扉も開く」


 そう告げつつ、カサンドラは自分が持つ針へ視線を向けた。


「出来れば、私の針で首筋を刺してくれないかしら。ほとんど苦しまずに遠い所へ行ける」


「勘違いしているみたいね。私はあなたを応援したいの」


「お、応援!?」


 あっけにとられるカサンドラへ、オリヴィアが頷く。


「そうよ、イアン王子の心を奪って、フレアさんから遠ざけて」


 カサンドラはオリヴィアの目的が何かを理解した。


「あ、あなたまさか――」


「私はフレアさんが、他の誰かに奪われて欲しくない」


「断るわ」


 カサンドラの答えに、オリヴィアが不思議そうな顔をする。


「この扉を開くには贄が必要よ。私でないなら、クレオンが贄になる。ここで下手を打ったのは私。だから私を殺して。それにイアン王子は私ごときじゃ無理よ」


「どうしてそう思うの?」


「女の勘。正しくは彼の私を見る目かしら」


「そう思うなら、もっと努力して」


 肩をすくめつつ、オリヴィアはそっと扉へ手を置いた。


 ギィ――。


 微かなきしみ音と共に、草花の文様が描かれた扉がゆっくりと開く。


「ど、どうして!?」


「こんな扉を開けるのに、誰かの魂なんかいらない」


 オリヴィアは背後に立つ人々を眺めた。そこには杖の先を地面へ置いたヘルベルトや、剣を掲げたまま動きを止めたクレオン、ドミニクがいる。口に手を当てたミカエラの姿もあった。


「術を解くのは慎重にやってね。出来れば、私たちが争ったことは無しにして。出し惜しみなしでやれば、あなたの腕なら出来るでしょう?」


「オリヴィア、あなた何者なの!?」


「さあ、私自身もよく分からない。そんなことより、さっきのお願いを忘れないで。それから――」


 オリヴィアはカサンドラの前へ顔を寄せると、その青白い頬へ指を添える。


「フレアさんに何かしたら、あなたの魂を食べるわよ」


 そう告げると、オリヴィアはその愛らしい唇を舌で舐めて見せた。

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