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あの人

「アルベール主任執行官殿。宣星官長が戻られたら顔を出すように言っていました」


 上着を椅子に掛けて席に座ろうとしたアルベールに対して、事務官が声を掛けた。


「ありがとうございます。エドガー、君としての所見をまとめておいてくれないか。後で私の方でそれを確認の上で報告書にまとめる」


「アルベールさん、了解です」


 アルベールは、エドガーの肩をポンと叩くと、星見の塔がある棟へ向かう渡り廊下へと出た。視線の先にはごてごてと装飾やら像やらを付けまくった灰色の石造りの建物と、その上に円い塔が見えた。塔の上にも色々と装飾がついている。


 通りを挟んで反対側にある、内務省直下の警備庁の質素で実用的な建物とは対局だ。魔法職関連だけ王宮に付属しているあたり、ここに居る連中も貴族達と同じ種類の人間という事だな。


「碌なもんじゃない」


 アルベールはそう独り言をつぶやくと、星見の棟の奥にある、宣星官長室の扉を叩いた。


「入り給え」


「失礼します。アルベール主任執行官です。お呼びによりお伺いさせていただきました」


 アルベールは扉を開けるとそう挨拶した。正面の机に、背の低い丸い眼鏡をした初老の男が座っている。宣星官長のレオニートだ。アルベールはレオニート以外の人物もすでに居て、来客用の長椅子に座っているのに少しばかり驚いた。


 自分の直属の上司であるダリア執行官長や、ハンネス内務大臣補佐官がそこに座っている。机の上にあるたばこや、すでに冷えた紅茶を見る限り、彼らは少し前から集まって色々と話をしていたようだ。


「アルベール君、久しぶりだね。どうかそちらにかけたまえ」


「はい。ですが若輩の身としては皆様と同じ席に座るのは気が引ける所ですが」


「アルベール、そう警戒しなくてもいいじゃないか。これはあくまで非公式な場だよ。私達のお茶会、そんなところだ」


 長椅子に腰かけていたハンネス内務大臣補佐官がアルベールに声を掛けた。この男との付き合いは長い。王立学園の同期で出世頭の男だ。


「ダリア執行官長、いいですよね?」


「もちろんです、ハンネス内務大臣補佐官殿」


 ダリアの許可を得ると、ハンネスが自分の横に来るように手招きをした。ここまでされれば座るしかない。


「それで、どうだったね?」


「赤い光の件ですか?」


「そうだ。正式な報告書については後でもちろん見させてもらうよ。そこに書く予定のあることないこと含めて、君の率直な意見を聞きたいのだ」


 レオニートが眼鏡をハンカチで拭きながら椅子から身を乗り出して聞いてきた。この男が長椅子の方に座らないのは、座ると自分が小さいのが分かるせいなのだろうな。アルベールはそんなことを考えながら頷いて見せた。


「侯爵家の不入権で、中には入れてもらえませんでした」


「不入権?」


「ええ、今更持ち出すところもそうそうありませんが、確かにあの家が持っている特権の一つですから、それを無碍にすることはできません」


「あの家に、そんなものを持ち出す度胸はあるのかね? だいたいカスティオール侯爵は領地に居て、こちらには居ないのだろう?」


 ハンネスが驚いた顔をしてこちらを見る。国家権力側の人間としてはびっくりだろうな。


「はい。それに私達の相手をしたのは家の者ではありません。あの人です」


 アルベールはそう告げると、周りの人を見回した。ハンネスは訳が分からんという顔をしていたが、レオニートと、ダリアの二人は考え込むような、いや、できればそれには触れたく無さそうな鼻白んだ態度を示した。


「あの人って何者だ?」


「この場ではそれで通じる人ですよ。10歳にして主任執行官になった天才の中の天才です」


「10歳!?」


「ええ、外には公にしていない件ですけどね。今でも秘匿案件の一つです。ここまでがあなたの持つ内務省官僚としての秘密事項権限でお話し出来るぎりぎりの線です。もしかしたら少しは抵触しているかもしれないぐらいですよ」


「『王宮』という名前はさておき、ここも一応は内務省の管轄なんだけどな。それでもか?」


「はい。詳しくはそちらのダリア執行官長に確認してください」


 ダリアがハンネスに向かって首を振って見せる。それを見たハンネスが肩をすくめて見せた。


「その件はいい。それで何も分からなかったのかね?」


 レオニートが少しばかり苛ついたような声でアルベールに問い掛けた。おいおい、「その件はいいの」一言でお終いかい。あんた達が、あの人が幼くて世間という物がよく分かっていないうちに、どれだけの事をやらせたのか忘れたわけではないだろう?


 だが、この男の焦る気持ちも分からなくはない。自分のところの手の者、王都、いやこの国での術の発動を監視している者達がのきなみ気絶させられたのだ。この国の防衛と言う観点から言えば、大失態に他ならない。これが他の国から行われたものだったとしたら、他国から大魔法を掛けられた余地があったという事になる。


 アルベールはそこまで考えると、あの人に関することで、心の中に浮かび上がってきた不快感を振り払って、レオニートに向かって口を開いた。


「間違いありません。誰かがカスティオールの屋敷に侵入を試みた様です。手口から見て『例の筋』の魔法職なのは間違いありません。それに対してあの人が術で対抗したようです。僅かではありましたが、その術の痕跡を探ることはできました。おそらく例の赤い光は、その術の発動に対する紛れの一種のような気がします。少なくとも我々は術の発動をその時点では検知できていません」


 最後の一言はこの小男に対する嫌味だ。


「紛れ? あれだけの衝撃がか?」


 レオニートが訝し気な表情で聞いてきた。


「そうですね。あのぐらいの衝撃が無ければ、呼び出したものを隠すのは無理だったと思います」


「あの者は何を呼び出したのだ?」


「『日輪の担い手』です」


「『日輪の担い手』!?」


 前の椅子に座っていたダリアが声を上げた。そのはちみつ色の目が驚きに大きく見開かれている。


「王都の何割かを吹き飛ばすつもりだったの?」


「さあどうでしょう。それだけではありません。さらにもう一つの術を多重召喚したと思われます」


「何だね?」


「『暁の大鳳』です」


 自分の言葉に、前に座るダリアが絶句している。それはそうだろう。国同士で戦争でもする際に呼び出すような術だ。


「不幸中の幸いか、流石に『例の筋』の手の者もそれを前には逃げ出したようです」


「それは、相当に危険な状況だったという事だね。ダリア執行官長、その天才とかを拘束しなくていいのかね?」


「拘束? それは……」


 ハンネスがダリアに向かって問い掛けた。その問いかけにダリアが口ごもっている。


「ハンネス内務大臣補佐官殿、先ほどこの場は非公式な意見交換の場とお聞きしましたが、それに間違いはないでしょうか?」


「うん、ああその通りだよ、アルベール主任執行官殿」


 ハンネスがアルベールに向かって頷いて見せた。


「では、遠慮なくしゃべらせてもらいます。ハンネス、あんたが本気でそんなことをするつもりなら俺はあんたの敵だ。全力でそれを阻止する。いや、阻止も何もない。カスティオールが不入の特権を持っている様に、あの人も特権、いや我々が全身全霊をもって感謝の意を表すべきものをもっているのだ。それも公式にだ。だから術に関する件で誰もあの人を拘束なんかできない。これはそう言う件だよ」


「なるほど。お前がそう言うのであればそう言うものなのだろうな。この件について、私としては納得したよ」


「話を元に戻すと、あの赤い光はあの子が新しく編み出した『紛れ』という事なのかな?」


 レオニートが再度問いただしてきた。手にした眼鏡を相変わらず神経質そうにハンカチで拭いている。


「あれだけの術の発動が検知できなかったのです。そう考えるのが妥当だと思います」


 そう言う事にしなかったら、あんたが首になるんじゃないのか?


「君はどうしてあの子が召喚した術を検知した」


「癖です。これでも私はここに居る者の中で、一番あの人の側であの人の仕事を見てきた人間です。弟子とはいいませんが、それに近いものですから、穴を消してもその残り香ぐらいは分かります」


 そうだ。あんた達がまだ子供だったあの人にやらせてきた、街や村を丸ごと使って、大穴を塞ぐ仕事を俺は近くで見て来たのだ。あんた達が、いや俺も含めて、必要な犠牲と呼んで自分の手を汚さずにあの人にやらせた仕事だ。


「この件は不正確な情報かつ、私の主観による感想ですので、正式な報告書に載せるのは難しいと思っています。それとこれは私の予測にすぎませんが、それほど先ではないいつか、王都内で大きな穴が発生すると思います。おそらくその穴に送られる対象は『例の筋』の者達と予測します。では、私は自分の仕事に戻らせていただきます」


 アルベールはそう告げると、部屋の外に出た。


「カーン、カーン、カーン」


 星見の塔から緊急の鐘が打ち鳴らされている。どうやらそれは、それほど先ではないいつかではなく、今だったらしい。

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