独白
『一体どこから現れた!?』
ここまでずっと一本道だったはずだ。影を見るまでは、どこにもその気配などなかった。よく見ると、奴らは壁に映った影から、染み出すように姿を現している。
『もしかして、私はとんでもない悪夢を見ています!?』
そう思って頬を叩くと、間違いなく痛みを感じた。これは悪夢なんかではなく、現実です。この世界にいるマ者は、前世の『神もどき』と同じで、お化けみたいな存在なのかもしれない。でも、今はそんなことを考えている場合じゃありません。
「すぐに逃げないと!」
イアン王子が再び扉を押すが、やはり扉はピクリとも動かない。でも一人では無理でも、二人でなら開くかも……。私はイアン王子の横に肩を寄せると、両足を思いっきり踏ん張った。
「えっ!」
肩が扉に触れた瞬間、支えを失った体が、前のめりに倒れそうになる。気づけば、扉はあっさりと開いていて、私の体はその向こうにあった。なぜ開いたかは分からないが、イアン王子をこちら側へ引きずり込んで、扉を閉めるべく全力で押す。
バタン!
大した力を入れるまでもなく、石の扉はあっけなく閉まった。同時に、背後で一斉に明かりが灯る。
「ま、まぶしい……」
あまりのまぶしさに、闇に慣れた目がくらんだ。恐る恐る背後を振り返ると、そこは正方形の集会場みたいな場所で、人はおろか、ゴミも何もない。空っぽです。
床も壁もぴったりと組み合わされた石で出来ており、天井のところどころに埋め込まれた魔石が、まばゆい光を放っている。
入ってきた扉を見上げると、こちら側には装飾はもちろん、取っ手もなく、ただの壁にしか見えない。どうやら、こちらからは開かない仕組みらしい。お願い、そうあって頂戴!
ドン、ドン、ドン――!
扉の向こうから、何かが激しくぶつかる音が聞こえた。恐怖に体が小刻みに震えてくる。それでも、扉が開く様子はなかった。安どのため息とともに、その場にへたり込みたくなった時だ。
「どうやって扉を開けた?」
イアン王子が私に問いかけてきた。
「別に何もしていませんけど……」
「実は、とんでもない怪力の持ち主じゃないだろうな?」
「はあ?」
『乙女に向かって、なんて口をきいてくれるんでしょう? あり得ません!』
私の反応に、イアン王子がバツの悪そうな顔をして見せる。どうやら冗談のつもりだったらしい。冗談としては最低だけど、体の震えは少し収まった気がする。
落ち着いたところで、明かりを手で遮りながら、もう一度辺りを見回した。私たちの反対側にも、扉らしきものがある。そちらもつるつるで、取っ手も何もない。しかし右手の奥には、ここへ入ってきたのと同じ大きな扉があった。扉には豪華な草花の彫刻と、いたずら書きみたいな文字が刻まれている。
「また同じなの?」
私のつぶやきに、イアン王子が頷く。
「同じだ。ここが選抜の会場なんだろう。逃げようとすれば、マ者たちに食われる仕組みだ」
「うんざりです。さっさとここから出て、みんなを探しに行きましょう」
出たら、跡形もなくここをぶっ壊してやります。そう心に誓いつつ、扉へ足を進めた時だ。
クークック……。
「えっ?」
聞こえてきた鳴き声に、慌てて背後を振り返ると、壁に黒いシミが浮かび上がっていた。そこから黒光する何かが突き出てくる。鳥もどきの嘴だ。分厚い石の壁も、奴らには何の役にも立たなかったらしい。私たちは奥の扉まで全力で走った。ともかく先へ進まないと、こいつらのお昼ご飯です。
扉へ手をかけると、前と同じく何の抵抗もなく開く。私はその先へ体をすべり込ました。しかしどういう訳か、イアン王子は扉から離れた場所で、湧き出てくる鳥もどきたちを、じっと眺めている。
「何をしているの!?」
私の呼びかけに、イアン王子は肩越しにこちらを振り返った。
「フレデリカ嬢、ここは私が引き受ける。君は先にオリヴィア嬢や、他の者たちと合流してくれ」
もしかして、恐怖で頭がおかしくなりました?
「さっさとこっちへ来なさい!」
イアン王子は私が伸ばした手をかわすと、逆に私の体を扉の向こうへ押し返す。そのまま取っ手に手をかけた。
「ヘルベルトに会ったら、ここへ迎えに来るよう伝えてくれ」
そう告げると、イアン王子は扉を静かに閉じた。
扉が閉まったのを確認すると、イアンはおもむろに前を向いた。その視線の先では、フレデリカが″鳥もどき″と呼んだ化け物たちが、まるで軍隊のように隊列を組みながら向かってくる。
「鳥もどきとは、あまりにも率直な呼び方だな。まあ、赤毛らしいと言えば赤毛らしいか……。もっとも『渡り』という呼び名にも、何の面白みがないのも確かだ」
イアンは口の端を持ち上げて苦笑いを浮かべた。だがすぐに真剣な顔へと戻る。
「どうやらこの部屋は完全に密封されているらしいな。逃げ場がないだけじゃなく、息が続く間に勝負を決めろと言う事か……。だが俺にとっては実に都合のいい場所だ」
そう告げるイアンの周りを、鳥もどきたちが囲む。
ギュアァアア――!
耳をつんざくような鳴き声と共に、鳥もどきたちが一斉に跳躍した。
「誰に飼い慣らされているのかは知らないが、俺の力は俺以外に無差別だぞ」
その一言で、イアンを中心に、鳥もどきたちが一斉に倒れていく。最後の一匹が倒れるのを眺めつつ、イアンは小さくため息をついた。
「やはり赤毛は風華だ。侍女は間違いなく実季だな。全員が同じ年と言うことは、俺だけでなく、あの二人も結社長の長い手に掛かったのか……」
イアンは小さく肩をすくめると、背後の扉を振り返った。
「彼氏や百夜がいないところを見ると、やつらは助かったらしいな。美亜も無事であればいいが……」
扉に手をかざすと、イアンはその文様を詳細に調べ始めた。
「先ずはこいつを何とかする事にしよう。さもないと、また遠いところへ行くことになる」