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 イアン王子の腕を引きずるようにしながら、石造りの廊下を進んでいく。でもあの意味不明な回廊と同じで、一向に出口らしきものは見当たらなかった。声をかけても、誰の返事も聞こえない。


 ゼェ……ゼェ……ゼェ……。


 いつしか自分の息が、直接耳に響き出す。緊張して歩いているのもあるが、魔石の光を維持するのが結構しんどい。そもそも前世でも、私のマナは種火をつけるぐらいの力しかなかった。冒険者になったのは、白蓮(はくれん)と言う居候に騙されたからだ。


「私が代わろう」


 私の手から、嫌味男が魔石を奪い取る。


『こいつは魔法じゃないから、私じゃないと無理ですけど……』


 でも魔石は嫌味男の手の中で、黄色い光を放ち続けている。考えてみれば、あの謎回廊に置いてあった時も、通路で勝手に光っていたから、マナを注ぐ必要など無かったのかも……。


『もしかして、無駄な努力をしただけ!?』


 そう考えると、あまりにも悲しいので、まだ私のマナが魔石の中に残っていることにしておきます。


「かなり進んだはずだが、出口らしきものがない。やはり何らかの術が張ってあるのか……」


 不意にイアン王子がつぶやく。


「魔法職の術かどうかは分かりませんが、白亜の塔に続く回廊で、同じ目にあいました」


 イアン王子が、呆気に取られた顔で私を見る。


「ちょっと待て! 中庭だけでなく、勝手に白亜の塔へ入ろうとしたのか?」


『閉架図書でいやらしいことをしていた、あなたのせいです!』


 そう怒鳴り返してやりたかったが、それを言うとこの男に負けた気がする。


「専門棟から宿舎に帰ろうとして、迷い込んだだけです」


「どんだけ方向音痴なんだ……」


 嫌味男が余計な事を言ってくる。


「それこそ、行方不明者になってもおかしくないやつだぞ。どうやって、そこから出た?」


「人影を見つけて、それを追いかけたら出られました。その前に、鳥みたいな影にも追いかけられましたけど……」


 あの人影は何だったのだろう? 前にも同じような影を見た気がするけど、どこだったか思い出せない。


「人影か……」


 イアン王子が背後を振り返った。背後の通路には、私たち二人の影がデカデカと映っている。だが何かがおかしい。背中に羽が生えている……。


「鳥!」


 二人の口から同じセリフが上がった。羽を広げた謎の影たちが、背後から私たちの方へ、うじゃうじゃと迫ってくる。


「走るぞ!」


 イアン王子の声に、私は頷いた。魔石の明かりを頼りに、ともかく先へ駆け続ける。その時だ。不意に前を照らす魔石の明かりが消えた。


『もしかして、マナ切れ!?』


 やっぱり私が持っているべきでした。嫌味男の手から魔石を奪おうとしたが、魔石は黄色い光を放ち続けている。遠くの壁に、その光が反射しているのが見えた。どうやら、とんでもなく広い場所に出たらしい。その先に現れた物に、思わず目が点になった。


「これは一体――」


 イアン王子の口からも、当惑の声が漏れる。私たちの行く手には、複雑な文様が刻まれた真っ黒な石の壁があった。その大きさは私たちの背丈の倍以上もある。よく見れば、真ん中には一本の線が刻まれていて、その下に取っ手らしい部分もついていた。壁ではなく、両開きの扉になっている。


「明かりを頼む」


 イアン王子は私の手に魔石を押し付けると、全身の力を込めて扉を押した。でも扉はピクリとも動かない。今度は取っ手を引っ張るが、動く気配すらなかった。


「残念ながら開きそうにない」


 荒い息をしながら、イアン王子が私に告げる。単に力で押すだけでは開かないのかもしれない。そう思って扉を眺めると、中央部にいくつかの四角い箱があり、その中に子供が書いた絵みたいな線が刻まれている。


「あのいたずら書きに、扉を開ける仕組みとかありませんかね?」


 私の問いかけに、イアン王子は顔を上げた。


「いたずら書きなんかじゃない。クリュオネル時代の文字だ」


「クリュオネル? 確か、神殿の向こうにあった国で、大穴を開けて滅んだ国ですよね?」


「縦書きだな……」


 イアン王子は私の質問を真っ向無視すると、扉に書かれた文字を指で追った。


「魂――を――捧げし者のみに――扉は――開かれる」


 まったく意味が分かりません。これではいたずら書きと同じです。


「そういうことか……」


 イアン王子は意味が分かったらしく、一人で納得した顔をしている。


「どういう意味です?」


「学園にまつわる噂の一つに、定期的に行方不明者が出るというのがある」


「都市伝説の類でしょう?」


「本当の話だ。団体戦の許可を取るために、閉架図書の過去の記録を確認したら、定期的に理由が書いていない退学者が出ている年があった。それも数名じゃない」


「単に、いやな先生がいただけじゃなくて?」


 イラーリオ教授が迫ってきたときのことを思い出す。あんなのがいたら、誰だって辞めたくなります。


「理由のない退学者というのは、不慮の事故者のことだ。それに父が居間へ置き忘れた本に、300年前の事件の日付と、それ以降の年表があった。学園で退学者が多く出ている年と、年表に記された年が一致している」


「父って、国王陛下ってこと!?」


「ごく限られた者のみが閲覧出来る、禁書だったらしい。その年表には『選抜実施年』とも書いてあった」


 イアン王子が扉の文字を指さした。


「争い、勝ったもののみに扉は開かれる。ここがその選抜の場だとすれば、色々なことのつじつまが合うんだ」


 私はたくさんの草花の彫刻がほどこされた扉を見上げた。もしそれが本当なら、人知れず多くの先輩たちが、ここで命を落としたことになる。


「何でそんなことをする必要があるの!」


 思わず叫んだ時だ。背後から何かの鳴き声が聞こえた。


 クークック――。


 まるで人を馬鹿にした含み笑いのような鳴き声……。


『まさか……』


 おそるおそる背後を振り返ると、雄鶏の姿に似た何かがいた。それは私たちの背丈の1.5倍ほどもあり、茶色と白のまだらの羽毛につつまれている。


 太く長い首の先にのった頭には、黒光りするくちばしが、翼の様に見える腕には、短い風切り羽がまばらに生えている。翼の先には鋭い鉤爪もあった。それが大きく丸い目でこちらをじっと見据えている。


「鳥もどき!」


 前世の黒い森にいるはずのマ者が、なぜかそこに居た。

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