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暗転

「フレアさん!」


 馬車が止まるや否や、聞きなれた声が響いてきた。次の瞬間、馬車の扉の向こうから、淡い黄色のドレスに身を包んだオリヴィアさんが飛び出してくる。入学式の時には、車いすに乗っていたとは信じられない軽やかさです。それを見た侍女のイエルチェさんも、慌てて侍従台から降りてきた。


「よかったです!」


 自分たち以外の誰かが来てくれたことに、思わず安堵の声が出る。これで何か間違いがあったとしても、私たちだけではない。馬車からはお邪魔虫、もといヘルベルトさんも降りてきた。今日一日、オリヴィアさんの付添人を務めるらしい。お前は一生分の運を使い果たしたなと思いつつ、私は二人の元へ駆け寄った。


「皆さん、おはようございます!」


「おはようございます!」


 オリヴィアさんが、まるで何日も会っていないみたいに、私へ抱き着いてくる。ですが、ちょっと親密すぎはしませんか?


「フレアさん、とっても素敵なドレスです。見とれてしまいました」


「オリヴィアさんこそ、とってもお似合いですよ」


「そうでしょうか? 少し子供っぽくはありませんか?」


 オリヴィアさんが、私の前でくるりと回って見せる。胸元に大きめのリボンをあしらったドレスを身にまとう姿は、世の男性が思い描く深窓の美少女そのものです。ヘルベルトさんが、うっとりした目でこちらを見るのがよく分かる。


 でも、ガン見するのはやめなさい。あんたもいやらしい菌の保持者ですから、オリヴィアさんが穢れてしまいます。


「フレアさんは太陽の女神そのものですね。それに、とても大人っぽく見えます」


「えっ、そうですか!?」


 流石はマリです。それと、このドレスを選んだモニカさんの眼力です。二人の力にかかれば、こんな私でも、思いっきり化けられると言う事が分かりました。


「おい、本当にここでいいのか?」


 今度は奥の方に停まった馬車から、機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。見れば、皮の上着を身に着けた細身の男性が、いかにも気に入らなさそうな顔で辺りを見回している。続けて、黒い詰襟の服を着た女性が、日傘を広げるのも見えた。


「ロゼッタさん!」


 私はドレスを着ているのも忘れて、大きく手を振った。ロゼッタさんがいるならもう安心です。何も怖いものなどございません。


 そんな事を考えていると、トカスさんが肩をすくませつつ、私たちの方へ歩いてきた。南区で会ったヤスさんと同じで、目が悪いらしく、やたらと目を細めては辺りを見回している。


「トカスさん、おはようございます」


「お嬢さん方も、今日は化粧が濃い連中のまねごとと言う訳か?」


「トカスさん、私はさておき、フレデリカさんに失礼ですよ!」


 オリヴィアさんが、トカスさんへ口をとがらせて見せる。


「ロゼッタ先生、そうですよね。とても良くお似合いですよね?」


 それを聞いたロゼッタさんが、オリヴィアさんに頷いた。まあ、頷きますよね。ここで首を横に振られると、しばらくは立ち直れません。


「フレアさん、よくお似合いです。モニカさんにもすばらしいドレスを用意して頂きました。化粧はマリアンさんがしたのかしら?」


「はい、マリにしてもらいました」


「今日のあなたを見ていると、あなたのお母さまを思い出します」


「母上ですか?」


「赤を基調にした、薔薇の刺繍のドレスが、とてもお似合いでした」


「ありがとうございます」


 私はロゼッタさんに頭を下げた。ドレスを着るなんて、めんどくさい事この上ないと思っていたけど、ロゼッタさんに母の事を思い出してもらえたのなら、死ぬ思いで着た甲斐があったと言うものです。


 そう言えば、南区でセシリー王妃が私を抱きしめてくれた時、なぜか亡き母に抱きしめられた気がしたの思い出す。でも、どうしてあんな素敵な方から、こんな嫌味ばかり言う息子が生まれてきたんでしょうね? ソフィア王女様みたいな、素敵な方もいるのにですよ。


『もしかして、国王陛下って、嫌味ばかり言っているとか?』


 当の本人はと言うと、書類を手に、盛んに首を傾げている。書類なんかより、他に見るものがあると思いますけどね。やっぱり、この男には情緒と言うものがありません。私はさておき、かわいらしいドレスを着た究極の美少女がいるんですよ。そこのお邪魔虫、やっぱりお前はガン見しすぎです。


 でも、彼が書類を確認したくなる気分もよく分かる。いくら何でも、私たち以外の参加者がいないのは腑に落ちない。


「他の参加者は……」


 そう口を開いた時だ。さらに一台の馬車が、垣根の向こうから飛び込んできた。馬車からは私たちと同世代の男女二人が降りてくる。クレオンさんとカサンドラさんだ。


 二人はロストガル風の裾を広げたドレスではなく、何枚かの布が折り重なった、すっきりした裾の衣装を着ている。色とりどりの布には全て光沢があり、昇る朝日を浴びて、まるでハチドリの羽の様に輝いていた。


「素敵ですね……」


 オリヴィアさんの口からもため息が漏れる。私もオリヴィアさんに頷いた。この二人を見てしまうと、ロストガルの衣装がやぼったく、洗練されていないと思ってしまう。特にカサンドラさんは、衣装だけでなく、胸元から腰にかけて、見事としか言えない曲線を描いている。これには女の私でも、思わず見とれてしまいます。


 でもこんな美女が、どうしてこの書類男を好きになるのか、まったくもって分かりません。隣に立つ、鳥の羽をあしらった衣装を身に着けているクレオンさんの方が、明らかにいい男ですよね?


「おはようございます!」


 ぼーっと見とれていると、クレオンさんとカサンドラさんが、私たちの方へ挨拶してきた。


「おはようございます」


 挨拶を返した私に、クレオンさんがにっこりと微笑んでくれる。


「本日はよろしくお願いします。お二人の足手まといにならない様頑張ります」


 そのあまりの爽やかさに、思わず首の後ろが熱くなります。でも、足手まといなのは、どう考えても私たちの方ですよ。


「イアン王子、フレデリカ嬢!」


 その背後から、男性らしい凛とした声が上がった。どう考えても、こちらの方が王子様らしく見える男性が、私たちの方へ駆け寄ってくる。これは両手にイケメンですね。ますます首の後ろが熱くなってきます。


「アルベールさん、おはようございます」


 私は顔が赤くなるのを悟られない事を祈りつつ、アルベールさんに頭を下げた。でも警備主任であるアルベールさんが来たと言う事は、剣技披露会の会場はここで間違いないはず。ドミニクさんの言う通り、他の皆さんは集団寝坊ですか?


「忙しいところすまないが、イサベル嬢はまだ来ていないだろうか?」


 アルベールさんが、いつもの落ち着いた声とは違う、慌てた声で私たちに問いかけてくる。


「イサベルさんですか? まだ来ていないようですが」


「宿舎へ迎えに行ったら、すでに迎えの馬車に乗ったらしいので、てっきり、君たちの馬車に同乗したのだと思っていたのだが……」


 そうつぶやくアルベールさんの顔は、心なしか青ざめて見えた。広くはあるが、学園の敷地内で、馬車が行方不明になるなんてことがあるのだろうか? 私はオリヴィアさんと顔を見合わせた。でも、セシリー王妃様が来る大事な剣技披露会だと言うのに、集団寝坊も起きている。やっぱり何かがおかしい。


『誰かの妨害工作?』


「違うな。はめられたのは、俺たちのほうじゃないのか?」


 まるで私の心を読んだみたいなセリフが、頭の上から聞こえてきた。いつの間にか馬車の屋根に昇ったトカスさんが、朝日を片手で遮りながら、辺りを見回している。


「御者がいたはずだが、どこにも姿が見えない。やつらはどこへ行った?」


 辺りに停まる馬車へ目を向けると、確かに御者台には誰も座っていない。代わりに、いくつかの馬車の屋根に、黒鳥が何羽か停まっているのが見える。不穏な空気を感じたのか、それらが一斉に飛び立った。黒鳥達は私たちの頭上をゆっくりと旋回すると、白亜の塔の裏へと飛び去って行く。


「お手洗いですかね?」


 そう問いかけた私に、トカスさんが大げさに肩をすくめて見せた。


「赤毛のお嬢さん、あんたは本当に大物だな」


 あのですね、この場を和ませようとしただけなのが、分かりませんか?


「警備部へ確認に行ってくる。君たちも、一度宿舎に戻り給え」


 そう告げて、アルベールさんが馬車へ駆け戻ろうとした時だ。首元を生暖かい風が吹き抜けていく。同時に、全身に鳥肌が立つのを感じた。


『なんだろう?』


 前にも同じ事があった気がする。イサベルさんと一緒に、白亜の塔に来た時、よく分からないなぞなぞを聞かれた時だ。あの時は……。


 ゴゴゴオオォオゴゴゴオォォォオオオ――。


 それを思い出す前に、足元から、いや世界の全てから、不気味な音が響いてきた。

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