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付添人

「お嬢様、いかがでしょうか?」


 髪へ櫛を通し終えた侍女のシルヴィアの声に、イサベルは鏡に映る自分の姿を眺めた。視線の先では、深い青色のドレスに身を包んだ、金髪の娘が立っている。


『まるで人形みたい……』


 イサベルは心の中でつぶやいた。実際にその通りだとも思う。幼い時から、コーンウェル家を訪れる人々は、こぞって自分の容姿を美しいとほめたたえた。だが彼らのセリフは全て、単なる外見への印象に過ぎない。本当の美しさは人の内側、魂の輝きにこそある。


 それに気づかされたのは、学園に入学して、赤毛の友人に出会ってからだ。彼女の目のきらめきや、口元に浮かぶ自然な笑みは、周りにいる者をいつも和ませてくれる。


『自分も、いつか彼女(フレデリカ)みたいになれるだろうか?』


 イサベルは鏡の中に立つ自分へ、首を横に振った。それを目指すことはできても、彼女になることはできない。なぜなら、自分は呪われた存在なのだから……。


「お嬢様、どこかお気に召さない点でもありましたか?」


 背後に立つシルヴィアが、当惑の声を上げた。イサベルが首を横に振ったことを、何か気に入らないところがあると思ったらしい。


「完璧だと思います」


 そう告げたイサベルへ、シルヴィアが全力で首を縦に振って見せる。


「今日の付添人のアルベール様も、お嬢様の姿に見とれると思います」


 そう言って、目を輝かせるシルヴィアに、イサベルは苦笑いを浮かべた。


「シルヴィア、いくら侍女だからと言って、ほめすぎですよ」


 イサベルとしても、アルベールに気に入ってもらえたらうれしいとは思うが、同時に、自分には手が届かない存在とも思っている。彼の心の中にいるのは別の女性、おそらくはロゼッタ先生だ。そのロゼッタ先生が、もっとも大事にしているのも、あの赤毛の友人。


 人はコーンウェル家に生まれた自分の事を、とても恵まれた存在だと言うが、本当にそうだろうか? 彼女こそ、自分が欲しいと願っている物を、全て持って生まれてきている気がする。


「それに、お嬢様の付添人として、アルベール様が隣に立たれるんですよ。王妃様を始め、全員の目を釘付けだと思います!」


 興奮気味のシルヴィアに、イサベルが何か声をかけようとした時だ。


 トン、トン。


 小さくドアをノックする音が響いた。シルヴィアが扉を開けると、学園の警備主任でもあり、本日の付添人でもあるアルベールが、王宮魔法職の制服に身を包んで立っている。


「イサベル様、お迎えに上がりました」


「アルベール様、本日はよろしくお願い致します」


 紳士に対する淑女の礼をしたイサベルに、アルベールがさわやかな笑みを返す。学園に通う多くの女子生徒が憧れる笑顔だ。シルヴィアはドアのノブに手をかけたまま、息をするのも忘れて、その顔をじっと見つめている。


「公式行事とは言え、女子寮を男性が堂々と出入するのは差しさわりがありまして、本日は裏手に馬車を止めさせていただきました」


「シルヴィア、用意は大丈夫でしょうか?」


「は、はい!」


 イサベルの問いかけに、我に返ったシルヴィアが慌てて答える。


「では、馬車までご移動をお願いします」


 アルベールがイサベルへ腕を差し出す。その腕をとって廊下へ出ると、大勢の女子生徒たちが扉から顔を出し、こちらを眺めているのが見える。イサベルは生徒たちの好奇の視線にさらされながら、裏口から黒塗りの馬車へ乗り込んだ。イサベルに続いて、アルベールが椅子へ腰を下ろすと、馬車はすぐに出発する。


 車軸の回るカラカラという音だけが響く中、イサベルは二人だけで馬車に乗っている気恥ずかしさに、じっと膝の上に置いた手を見つめ続けた。


「いつもの学生服姿も可憐ですが、今日は一段とお美しいお姿です」


 不意にアルベールの声が響く。イザベルは顔を上げてアルベールを見つめた。だが、目の前で座るアルベールの姿に、どこか違和感を感じる。肩から胸元へ銀の鎖を垂らした王宮魔法職の制服も、手にした細身の杖もいつも通りだが、やはり何かが違う。


『なんだろう?』


 心の中で首をひねりつつ、イサベルは向かい側に座るアルベールを眺めた。やがて、その視線が自分の顔ではなく、切れ込みが入ったドレスの胸元へ向いているのに気づく。それだけではなかった。胸から腰、足先へとまるで舐める様に動いていく。イサベルが知るアルベールなら、絶対にしない事だ。


「あなたは誰です?」


 イサベルは意を決すると、目の前に座る得体の知れない存在へ問いかけた。


「誰と申しますと?」


 アルベールの姿をした何かが、制服の銀の鎖を揺らしつつ、小さく肩をすくめて見せる。


「とぼける必要はありません。あなたがアルベールさんでないことは分かっています」


 イサベルのセリフに、男は口元に薄ら笑いを浮かべた。その表情は、もはやどう見てもアルベールのものではない。


「流石はあの方の現身(うつしみ)だけの事はありますね」


「現身?」


 そう問いかけつつ、イサベルは馬車の鎧戸の隙間から外を眺めた。時間にはまだまだ余裕があるはずなのに、馬車はかなりの速さで走っており、木々が飛ぶように通り過ぎていく。


「私はあなた様のお側で、ずっとお仕えしてきた者です。そして誰よりも、あなた様に忠誠を誓った者でもあります」


 アルベールの姿をした何かが、自分の胸に手を当てて見せる。その姿に、イサベルはこの男の正体を見た気がした。言葉とは裏腹に、目には獲物を狙うオオカミと同じ光を宿している。


 イサベルは椅子から身を翻すと、馬車の扉へ向かって体を躍らせた。この速さで走っている馬車から飛び降りれば、無事では済まない。それでも、この男といるのに比べたらはるかに安全だ。しかし、扉の手前でイサベルの体が止まった。いつの間にか、男に手首をがっしりと掴まれている。


「離して!」


 イサベルは悲鳴を上げた。シルヴィアが気づけば、馬車を止めてくれるかもしれないと期待したが、馬車は一向に停まる気配はない。


「イサベルお嬢様、これでは赤毛の娘と同じです。子供も産めるお年なのですから、お転婆も大概にお願いします」


 暴れ続けるイサベルへ、男が指を横に振って見せる。同時に、イサベルは体がとても柔らかいものに触れるのを感じた。周囲へ目を向けると、どこから湧いてきたのか、真っ白な羽毛が馬車を、イサベルの体を包み込んでいく。


「助けて……」


 顔以外は全て羽毛に包まれながら、イサベルは必死に声を絞り出した。再び男がイサベルへ指を横に振って見せる。その姿は、黒い王宮魔法職の制服に身を包んだアルベールではなかった。深いしわと白いあごひげを持つ、老人の姿へと変わっている。

 

「誰かがあなたを助けるのではありません。あなたがこの世界を救うのです」


 そう告げる老人の姿に、イサベルは見覚えがあった。だが、それが誰かを思い出す前に、イサベルの意識は真っ白な世界へと落ちていた。

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