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不意打ち

 ハハハハハ!


 居間にローレンスの笑い声が響いた。


「エイルマー殿がこのような冗談を言われるとは、思いもしませんでした」


 さもおかしいと言わんばかりに、ソファーの上で身をよじるローレンスを、エイルマーが不思議そうな顔をして眺める。


「貴公こそ、どうしてこれを冗談だと思うのか、私には理解できないな」


「不老不死ですよ?」


「それを可能にしたのは、かつてクリュオネルの最高位魔法職だった貴公だろう?」


「私がですか!?」


「そうだ。穴を開けるのには人の贄が必要だ。それが本物である必要はあるだろうか? それが君たちクリュオネルの魔法職が考えたことだ」


 エイルマーはそう告げると、飲み干したカップをテーブルへ置きつつ、ローレンスの焦げ茶色の瞳をじっと見つめた。


「穴から流れてきた姿なきもので、自分自身の魂の複写物を作る。それで穴を塞げば、本物の人の贄はいらなくなる。自分の複写物を得る事で、人は己の肉体の死を超越した」


「複写物であれば、不老不死とは呼べませんね」


 ローレンスのセリフに、エイルマーは首を横に振った。


「同じ魂を持つ存在だ。そこに違いはない。だが穴を塞ぐべき身代わりが本体になれば、穴はそのまま残る。クリュオネルの魔法職たちは、自分たちが死を超越するために、他の者たちを贄として犠牲にした。当然そんなものは長くは続かない。その結果が、神殿の向こうにある大穴だ」


 エイルマーが、何も入っていないティーカップを指さす。


「もともとこの大陸も、クリュオネルの魔法職の実験場だろう? 我々が魔族と呼ぶのは、その実験の過程で生まれた失敗作だ。我々の先祖は、そこにいた被害者たちを追い払って、この地に建国した。むしろ辺境の地へおいやられた彼らこそが、徹頭徹尾の被害者だな」


 無言のローレンスに、今度はエイルマーが苦笑いをして見せる。


「クリュオネルの末裔たる我らは、まさに滅ぶべき存在だ。それでも、私はこの世界が続いて欲しいと願っている。そのためにはどんな犠牲を払おうともだ」


「私にもかわいい姪がいますから、世界には続いて欲しいと思っていますよ」


 ローレンスの言葉に、エイルマーは再び首を横に振ると、手にした杖で、壁にかかっている、赤毛の女性の肖像画を指さした。


「違うな。君にとって大事なのは彼女だ。それを取り戻す前に、世界が終わってしまっては困るからだろう?」


「エイルマー殿は意外なことに、政治家や魔法職だけでなく、小説家としての才能にも溢れているのですね」


「残念ながら、私の書いた筋書きではない。もはや人の姿すら維持できなくなった、いや、維持するのが怖くなった、君のかつての同僚たちから聞いた話だ。一応は当家に伝わるカビの生えた書物で、裏もとってある。それで、君の実験はどこまで進んで、どこでつまずいているんだね?」


「さて、何のことでしょうか?」


 それを聞いたエイルマーが、大きなため息をつく。


「ここまで腹を割って話しをしたんだ。とぼけるのはやめてもらえないかな。南区の件は君もからんでいただろう? 向こう側の世界から、我々には見えないものを呼び寄せ、まだ制御出来ないそれを、君の使徒たちが始末した」


「使徒?」


「君の人ではない、いや、人ではないものに人と同じ魂を与えようとした、実験の成れ果てだ。王都でしばらく流行っていた病と南区の件は、君の実験の失敗が引き起こしたとにらんでいるのだが、違うかね?」


「それも、コーンウェル家の書架にあったお話でしょうか? それとも、朽ち果てかけている、あなたのお友達から聞いた話ですか?」


「私の推測だよ。それでも、かなり核心をついているだろう」


 再び無言のローレンスに、エイルマーは肩をすくめた。


「穴を開けずに力を得る。一部の魔法職が、ひそかに無詠唱と呼ぶものの器を、君がすでに完成させているのであれば、私の出番はない。君が世界を救えばいい。だが君がまだ器を得ていないのであれば、私の邪魔をしないでくれないか?」


「私がエイルマー殿の邪魔をしたことがありますか?」


「私が知る限りではない。しかし、今回もそうだとは限らないだろう?」


 エイルマーはそう問いかけると、ローレンスに口の端を持ち上げて見せる。


「偽王女にスオメラも含めて、やっと役者が揃ったのだ。多くの犠牲を払うのも、今回で終わりにしたいのだよ」


「エイルマー殿、あなたは器を得たと確信しておられる。あなたの器はどんな器ですか?」


「もっとも貴きもの、『願い』だよ。誰かを救いたいという願いこそが、この世界の理を超える鍵なのだ。そして君が、赤毛の彼女を追い求める中で、いつしか失ったものだ」


 エイルマーが杖の先で、部屋の壁にかかっている肖像画の一枚を指さす。


「誰がその『願い』で、この世界を救うのですか?」


「イサベルだ」


「結局のところ、あなたも私と同じですね。目的のためには手段を選ばない。そうなるよう彼女を作り上げた」


「私はすべてを犠牲にした。それでも世界が救われるのなら満足だ」


「犠牲になったのはあなたではなく、あなたの娘さん夫婦とその赤子ですよ。それと、あなたが要点を避けて、どうしてこんなに長話をしたのか、やっとその理由がわかりました。私をここに閉じ込めておく為ですね」


「時間稼ぎだ。君を本当に閉じ込めることなど、私には出来ない」


「いつ入れ替わりました?」


「いつかと聞かれれば、彼が私の馬車へ用件を聞きに来た時だな」


 エイルマーの姿が、この屋敷の玄関番をしている従者へと変わっていく。


「流石はエイルマー殿だ。オルガでは見破れない。王妃暗殺騒動まで起こして動員した魔法職で、この辺り一帯を封じ込める。うまく乗せられましたよ」


「何事ですか!」


 異常な気配を察知したらしいオルガが、部屋の中へ飛び込んでくる。ローレンスは片手をあげてオルガを制すると、意識を失って、ソファーへ体を横たえる門番の首元へ手を差し入れた。


「贄に使われたか……」


 そうつぶやくと、閉め切っていた居間のカーテンをおもむろに開いた。本来そこにあるはずの、王都郊外ののどかな田園風景はどこにもない。桶に絵の具をぶちまけたみたいに、様々な色が辺りを埋め尽くしてうごめいている。


「聖母の子宮!? こんな巨大なものなど……」


 そう声を上げたオルガへ、ローレスが指を振って見せる。


「オルガ、驚くのは後回しだ。いったいどれだけの魔法職と贄をつぎ込んだのやら。エイルマーは本気だよ。死に損ないの爺さんたちも絡んでいるな。しばらく出入りの業者はこない。この屋敷の蓄えはどのくらいある?」


「通常の蓄えが3日ほどと、災害時用が1週間ほどです」


「学園はトカス君に任せて、まともな食べ物があるうちに、これを解くことにしよう」


 ローレンスは杖を手にすると、その先端を居間の絨毯へ向けた。

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