宣戦布告
「フレアさんは大丈夫でしょうか?」
オリヴィアは教室の机に、お弁当を広げ終わったイサベルに問いかけた。いつもの中庭は、剣技披露会のため立ち入り禁止になっており、今日は教室でお昼を食べることにしている。
「メルヴィ先生は、ハッセ先生の用事とおっしゃっていました。心配はいらないと思います」
「そうですよね」
イサベルの答えに、オリヴィアは頷いた。
「でも授業中に呼び出しをかけるなんて、何の用事だったのでしょうか?」
「ひとつ思い当たることがあります。オリヴィアさんのところへも、案内状が届きました?」
「剣技披露会への参加でしょうか? それなら昨日、宿舎に戻ったら届いていました」
「その件だと思います。フレアさんだけ呼び出されたところを見ると、ハッセ先生から、生徒の代表役を依頼されているのではないでしょうか?」
「だとすれば、相手役は……」
「間違いなくイアン王子ですね」
それを聞いたオリヴィアが、少し複雑な顔をした。
「昨日の図書館の件もありますし、それはそれで、ちょっと心配な気がします」
「私もそう思います」
イサベルはそこで声を潜めると、オリヴィアの耳元に口を寄せた。
「昨日の件ですが、イアン王子は被害者なのかもしれません」
「被害者ですか!」
思わず声を上げたオリヴィアに、イサベルが目配せをした。
「宿舎に戻ってから、あの時の事を思い返してみたのですが、私たちを見て、イアン王子は相当に驚いた顔をしていました。それに対し、カサンドラさんは表情こそ驚いたように見えましたが、口元に笑みを浮かべていた気がするのです」
それを聞いたオリヴィアが、考え込むような表情をする。
「私も何か違和感を感じていたのですが、イサベルさんに言われて、その理由が分かりました。確かに、本当に驚いた様には見えませんでした」
「そうだとすれば、カサンドラさんの方で、イアン王子に言い寄ったと考えるのが自然です。加えて、私たちが図書館にいたことも、知っていたんだと思います」
「私たちに見せつけるためですか?」
「私たちではないと思います。フレアさんに見せつけるためです」
イサベルの言葉に、オリヴィアは息を飲んだ。
「うちのシルヴィアは噂話が大好きで、侍女の間の噂をよくしてくるのですが、そこで話題になっている話はご存じですか?」
「イアン王子の婚約者が、フレアさんだと言う噂ですよね。それなら侍女たちの間だけじゃなく、教室の中でも噂になっていると思います。おそらく気づいていないのはフレアさん、ご本人だけではないでしょうか?」
それを聞いたイサベルが、オリヴィアへ苦笑いをして見せる。
「今にして思えば、セシリー王妃様が南区に来たのも、フレアさんに会うためだったのかもしれません。そう考えると、色々なことのつじつまが合うんです」
「カサンドラさんは、それを知らないのでしょうか?」
「違います。知っているから、フレアさんに挑戦してきたのです」
「ですが、いくらイアン王子に言い寄っても、ご本人の意向だけで、婚約を決められないと思います」
「私もそれは考えました。でもいくつか方法があるんです。具体的には、正式な夫人にならなければ問題になりません」
「正式な夫人ではない……。つまり、愛人と言うことですよね?」
そう問いかけつつ、オリヴィアは首をひねった。婿である父に愛人はいないが、ある程度の大きな家であれば、愛人の一人や二人が居るのは公然の秘密のようなものだ。でも、ロストガルの留学生に選ばれる様な女性が、愛人になったりするものだろうか?
「カサンドラさんはこの国の方ではありませんので、ロストガル内での世間体を気にする必要はありません。なにより、イアン王子はスオメラ王家の血を引いています。正式な夫人になれなくても、スオメラ国内では、十分な立場を得られるのだと思います」
「剣を持たない戦い、貴族のやり口そのものですね」
イサベルがオリヴィアにうなずく。
「あれはカサンドラさんによる宣戦布告です。でもフレアさんは、それが始まっていることすら、気づいていないのでしょうね」
イサベルはそう告げると、小さくため息を漏らした。