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丸投げ

「フレアさん!」


 教室に入るなり、いきなり私を呼ぶ声が聞こえた。イサベルさんとオリヴィアさんが、二人で教室の入り口まで駆けてくる。


「すぐ後を追ったのに、姿が見えなくて心配しました。昨日はどちらへ行かれたのですか?


 オリヴィアさんが私に問いかけてきた。昨日の事では、二人に心配をかけてしまったらしい。


「すいません。道に迷ってしまいまして……」


 頭を下げた私に、イサベルさんとオリヴィアさんが顔を見合わせる。


「学園内にはいたんですよね?」


 流石に、学園を迷い出たりはしません!


「中庭の所で、白亜の塔の方へ行ってしまいまして……」


「分かります。私も昨日はかなり動転して、朝まで眠れませんでした」


 そう告げると、オリヴィアさんは恥ずかし気に目を伏せた。嫌味男もとい、淫乱男(イアン)が見せつけて来たのは、本の中の解説なんかではありません。本物の男女関係です。箱入り娘のオリヴィアさんにとっては、青天の霹靂みたいなものだろう。


 でも、もう一方の当事者のカサンドラさんは、どうしているんだろう? 教室が別で助かった。もし一緒だったら、どう顔を合わせていいか、全くもって分かりません。


「昨日の件については、お昼休みに、みんなで相談したいと思います」


 そう宣言したイサベルさんに、思いっきり頷く。出来ることなら、今すぐ授業をさぼって、中庭に行きたいぐらいです。


「なんてじれったい!」


 そう声を上げた私の前で、イサベルさんとオリヴィアさんが固まった。教室の中で雑談していた生徒たちも、黒虫のごとき速さで、席へと移動していく。


 まだ予鈴はなっていないはず。そう思って背後を振り返ると、胸ぐらいの高さから、メルヴィ先生が私を見上げていた。


「フレデリカさん、すでに予鈴は鳴っていますよ」


 メルヴィ先生が私へ、口の端を持ち上げて見せる。この怖さに比べたら、黒犬や鳥もどきなんて、子犬や小鳥みたいなものです。


「すぐに席へ行きなさいと言いたいところですが……」


 メルヴィ先生はそこで言葉を切ると、直立不動で立っているイサベルさんとオリヴィアさんへ、紙の束を押し付けた。


「諸般の事情により、本日もハッセ先生の授業は自習です。自習用の教材の配布をお願いします」


「はい!」


 イサベルさんとオリヴィアさんが、紙の束を抱えて、教室の前へと走っていく。私もメルヴィ先生から教材を受け取ろうと思ったが、もう何も持っていない。


「フレデリカさんには、別の用事があります」


 そう言うと、メルヴィ先生は教室の出口を指さした。まさか、廊下に立っていろと言う訳じゃないですよね?


「ハッセ先生からお話があるそうです。私についてきてください」


「承知しました」


 心配そうな顔をする二人へ手を振り、メルヴィ先生に続いて教室を出る。シーンと静まり返った中、隣の黄組の教室から、聞きなれた声が響いてきた。ロゼッタさんが授業をしている声だ。その横を通りすぎて、男子校舎へ続く渡り廊下を途中で曲がると、メルヴィ先生は専門棟の前で足を止めた。


「私は教務課に戻りますので、二階の西側、一番奥の部屋へ行ってください。間違ったり、迷ったりしないでくださいね」


 そう告げるやいなや、メルヴィ先生は私の返事も待たずに、渡り廊下を駆け去っていく。でも、ハッセ先生はどうして私を呼び出したのだろう。


『今頃になって、飲酒の件がばれた?』


 それなら、オリヴィアさんも呼び出されるはずだ。首をひねりながら、指定された一番西側の部屋へと向かう。そこで音が漏れないよう、頑丈な作りになっている扉の前で気づいた。


「ここって……」


 またしても、イラーリオ先生に襲われた時の部屋だ。思わず回れ右したくなるが、ハッセ先生が私に襲い掛かってくるとは思えない。そう思って扉を開けると、イラーリオ先生なんかより、はるかに危険な男が、椅子に座っているのが見えた。


「どうしてあなたがいるんです?」


「フレデリカ嬢、何か質問する前に、開けた扉は閉めてもらえないだろうか?」


「襲われますから嫌です」


 それを聞いた淫乱男(イアン王子)が嫌そうな顔をした。どうしてお前が嫌そうな顔をするんだ?


「君の意見は個人の自由の範疇かもしれないが、扉を開けたままだと、他の人たちへの迷惑になる」


「私としては、あなたの存在自体が迷惑です。ですが、他の人の迷惑になると言うのであれば、扉は閉めます。その代わり、そちらの窓を開けていただけませんでしょうか?」


「どうして窓を開ける必要があるのかな?」


「空気を入れ替えないと、あなたのいやらしい菌がうつります」


「残念ながら窓ははめ殺しで、開けることはできない。それに、君は色々と誤解しているようだ」


「どこに誤解する余地なんてあるんです!」


 十分すぎるぐらい、心当たりがあるはずですよね? それとも、記憶喪失とか言い張ります?


「では、息をするのをやめてください」


「フレデリカ君、とりあえず座ってもらってもいいかな?」


 不意に当惑した声が響いてくる。顔を上げると、ハッセ先生が、その長身を押し込める様にして、椅子に座っているのが見えた。ハッセ先生の目の下には、暗がりでもはっきりとわかるぐらいの、真っ黒なクマが出来ている。


「すいません!」


 私は淫乱男から一番離れた席に腰を下ろした。


「学生同士の屈託のない会話を聞くのは、教師の楽しみの一つではあるのだけど、少しばかり急ぎの用事があってね。手短に終わらせたいんだ」


 個人的には嫌味だけを言っていたつもりですが、学生同士の屈託のない会話に聞こえるようでは、まだまだ嫌味が足りてないと言うことですね。後でなんて言ってやろうかと考えていると、ハッセ先生がいきなり頭を下げた。


「君たちに謝らせて頂きたい」


 思わず嫌味男と顔を見合わせる。


「謝っていただく理由が思いつきませんが?」


 そう問いかけた私に、ハッセ先生は首を横に振った。


「剣技披露会の案内役をするよう、国王直筆の指示書が届いていると思うが、間違いないね?」


「はい……」


「学生の本分は学びだ。勉学だけでなく、人間性や社会性、様々なものを学ぶために、学園は存在している。剣技披露会は、君たちの学びとは何の関係もない。政治的な茶番だ。そんなものに、君たちの貴重な時間を割くのは、極めて心苦しい事だよ」


「ハッセ先生、この件はスオメラからの使節団も関係する話だと思いますが?」


 イアン王子の言葉に、ハッセ先生は頷いた。


「それもあるね」


「王族の一員として、外交の手助けをするのは、当然の事かと思います」


「そこから離れて人間教育をするのが、この学園の趣旨なのだけど、どこかに置き忘れているらしい。そもそも、剣技披露会が最後に行われたのも相当前で、資料探しから行っている状態だ。正直なところ、誰かが意地悪をして、わざと隠したとしか思えないぐらいだよ」


 そう告げると、ハッセ先生は机の上にある、分厚い紙の束を指さした。


「早速だが、現時点での剣技披露会に関する資料を用意した。すまないが、君たちでこれを読んで、自分たちの役どころを理解して欲しい」


「これを……ですか……」


 どう見ても、資料は指数本分の厚みがある。


「僕の方は未だに発掘作業が終わってなくてね。寝る時間すらないんだ。それと今回は学生行事ではないので、正装での参加になる」


「制服ではだめなんですね」


 お茶会用にドレスを作ったのは、半年以上も前なので、着れるかどうか、全くもって自信がありません!


「僕も学生の正装は制服だと思うんだけどね。どうやら他の人の意見は違うらしいんだ。それと、会場での予行演習も、二人で行ってもらえないだろうか?」


 ハッセ先生はそこで言葉を切ると席を立った。本当にめちゃくちゃ忙しいらしい。授業がほとんど自習になるのも分かる気がする。


「参加者全員でそれを行っている時間がない。それで、各自で行ってもらうことにした。場所は専門棟の先にある中庭の向こうだ」


「ハッセ先生、専門棟から先は、中庭を含めて立ち入り禁止のはずですが、よろしいのですか?」


「えっ、中庭って立ち入り禁止だったの?」


 立ち入り禁止の看板とか、見た記憶がありませんけど……。


「入学式の説明会で、注意事項として言われただろう」


 淫乱男が私へ、呆れ顔をして見せる。いちいちしゃくに触る男ですね。


「入学式は諸事情のため、途中参加でしたので聞いていません」


「案内図にも大きく書いてあったはずだ。それだから、新人戦に間違って参加したのか……」


 淫乱男が妙に納得した顔をする。あのですね……。


「あなたが腹痛なんて起こさなければ、あんな面倒な事に、巻き込まれたりはしなかったんです!」


「私の方で許可は取ってある。入り方と、会場での段取りは資料にあるので確認して欲しい。では、後はよろしく!」


 そう告げると、ハッセ先生は私たちを残して、部屋を飛び出して行った。

317話「表裏」と318話「丸投げ」の順番が逆になっていました。ご迷惑をかけして申し訳ありませんでした。

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