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迷宮

 私はひたすら走り続けた。ともかく、あの二人から一刻も早く離れたい。驚いた顔をする司書の横を抜け、専門棟の階段を駆け下りると、夕刻の気配を色濃くする外へ出た。


 それでも「まだ足りない」と、私の中の何かが告げる。その声に追い立てられるように、私は走り続けた。


 ゼェ、ゼェ――。


 しばらくすると、激しい息遣いが頭の中に響いてくる。もう走れない。私の体がそう訴えかけていた。そもそも、私が逃げる必要などあるのだろうか?


 逃げるべきは、図書館で密会をしていた二人の方だ。そう思った瞬間、足がもつれて体が宙に浮いた。そのまま前へ倒れ込む。暗くてよく見えないが、膝を擦りむいたらしく、ぬめりとした感触が指に伝わってきた。


 そう言えば、いつの間にこんなに暗くなったのだろう。図書館を飛び出した時には、まだ日の光があったはず。暗がりの中で辺りを見回すと、私は知らない建物にいた。建物の中に人の気配はない。扉のない廊下が続いていて、ところどころに、ぽつんと黄色い明かりが灯っている。


 閉架図書のある専門棟から宿舎に戻るには、いつもお昼ご飯を食べる中庭を抜けるのが近道だ。校舎から来るときと勘違いして、反対側の建物へ来てしまったらしい。


 明かりがないことには、足元すらよく見えない。ランタン代わりに使おうと、壁に置かれた常夜灯へ手を伸ばした。そこで何かの違和感を感じる。灯りからは、油の燃える匂いも、炎の揺らめきも感じられない。代わりに、小さな石片がほのかな明かりを放っている。


「魔石!?」


 思わず口から声が出た。前世では金持ちだけが使っていた高級品だ。と言うことは、この世界にもマ者が、それを狩る冒険者がいるのだろうか?


 いや、そんな話は聞いたことがない。魔石に似ているけど、私の知らない別の仕組みで光っているのだろう。恐る恐る手を伸ばして、それを台座ごと壁から外す。顔を近づけると、魔石と同じで、わずかな温かみを感じるが、別に熱くはない。


 それを手に辺りを見回すと、廊下の天井はとても高く、私の背の倍以上はあった。天井近くの壁には、色々な絵が飾ってあるのも見える。絵は古いもので、老若男女の人物画や、風景画、果ては犬や鶏と言った動物の絵まであった。ともかく飾っておけ、まるでそんな感じだ。


 絵を眺めながら廊下を進むと、すぐに突き当りになった。左右に同じような廊下が続く。角を適当に曲がってみたが、それが繰り返されるだけで、一向に出口らしきものは見当たらない。


「なんなのよ!」


 さっさと宿舎に帰って、全てを忘れて眠りたいんですけど。そう思って頭を上げた時だ。先ほど見た犬の絵が飾ってあるのが見えた。


『もしかして、迷いました?』


 でも、ずっと同じ方向に曲がったわけではないから、元の位置に戻ってくるはずはない。絵を手掛かりに、もう一度移動してみよう。そう思って犬の絵をよく見ると、口の端からは、犬とは比べようもないくらい長い牙が伸びている。これって……。


「黒犬!?」


 慌てて隣の絵に明かりを向けると、そこに描かれているのは雄鶏などではなく、鋭く伸びたくちばしを持つ、はるかに凶悪な生き物だ。


「鳥もどき!」


 廊下を駆けつつ、左右にある絵を確認していくと、人々が着ているのは前世のものだった。ロストガルより丈が長く、襟元が広くとられている。そう言えば、ここへは前に一度来た気がする。イサベルさんと一緒に、学園長のお茶会に招待された時に通った廊下だ。それなら出口は必ずあるはず。


 前世で冒険者をしていた時と同様に、頭の中で歩数と曲がった数を数えながら進む。そうして、いくつかの角を曲がった時だ。何かの影が、明かりの向こうを横切るのが見えた。


「すいません!」


 そう声をかけてから、横切った影が、自分の背の半分ぐらいしかないのに気付く。その影が消えた方へ進んだが、そこには誰もいない。


 今度はバタバタと言う耳障りな音と共に、背後から何かが近づく気配がする。振り返ると、壁に鳥が羽を広げたような影が映っていた。影は子供が手遊びするみたいに、羽をはばたかせて見せる。


『どこかのガキが、私をからかっている?』


 一瞬そう思ったが、子供はもちろん、手らしきものもどこにもない。それに、前世の森でマ者が近づいてくる時みたいに、首筋がチリチリしてくる。これは前に、イザベルさんとここへ来た時も感じたやつだ。


『ここにはやばい奴がいる!』


 すぐに逃げないといけない。私は背後を振り返ることなく駆けだした。だが先の通路にも影が見える。でもよく見れば、その影は杖を手にした人の姿に見えなくもない。


「助けてください!」


 一か八か、私は影に向かって声を張り上げた。しかし、影は私に近づくことなく、廊下の先へと消えていく。その後を必死に追うと、突き当たりへ出た。そこには誰の姿もなかったが、常夜灯のものではない、一筋の光が漏れている。


 そこへ向かって必死に足を動かすと、どこかで見たことがある気がする、複雑な紋章が描かれた両開きのドアがあった。ドアに向かって体当たりをすると、それはあっさりと開き、勢い余って転がってしまう。


「あいたたた……」


 顔をあげると、西の空のオレンジ色を背景に、白亜の塔がそびえていた。それだけではない。目の前には真っ白な石が敷き詰められた、白い世界が広がっている。以前は妙に生暖かい風が吹く草地だった所だ。


 きつねにつままれた思いで後ろを見ると、そこにはレンガで作られた壁があるだけで、どこにも扉はなかった。それにあの首の後ろがチリチリする感じも消えている。


「なにこれ?」


 私は立ち上がると、以前は草地だった場所を見渡した。今ではただの平地ではなく、真ん中がすり鉢状になっていて、すり鉢の底は柱で囲まれた円形の舞台になっている。


 その中央に、真っ黒な服を着た男性が、杖を手に立っているのが見えた。

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