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要望

エピソードのタイトルが間違っていたため、修正させて頂きました。m(__)m

 イアンは閉書庫に足を踏み入れると、薄暗い部屋の中を見渡した。自主学習用に指定されたそこには、人一人がやっと通れる通路を挟んで、皮で装丁された分厚い本が並んでいる。


 イアンは本棚に立てかけられた椅子を手に取ると、部屋の真ん中にぽつんと置かれた読書テーブルへ腰を掛けた。だが舞い上がったほこりに、顔をしかめて見せる。


「これだけの技術書を、閉架図書に眠らせておくだなんて、文明に対する大罪だな」


 そうつぶやくと、本棚の間から差し込んでくる夕刻の明かりを頼りに、ポケットから取り出したスオメラ語辞典を読み始めた。


 カタン……。


 背後で何かが動く気配がする。無人だと思ったのは、自分の勘違いだったらしい。


「クレオンさん、お忙しい所すいません」


 イアンはそう声を上げたが、すぐに首をかしげて見せた。本棚の陰でよく見えないが、スカートを身にまとった人影は、男子生徒のものとは思えない。


「申し訳ありません。他の生徒と勘違いしました」


「いえ、勘違いではありません」


 人影はそう告げると、一歩前へと進み出た。夜の闇のごとき漆黒の髪と、大地を思わせる褐色の肌が、夕刻の黄色い光に照らし出される。


「カサンドラ嬢?」


「はい。イアン王子様」


 カサンドラはイアンに対し、膝を折り、ロストガル式の紳士に対する淑女の礼をした。


「クレオン君と約束をしたつもりでしたが、何か手違いがありましたか?」


「手違いではありません。クレオンは団体戦で負った傷がまだ癒えていないため、私の方で承らせていただきました。私では役不足でしょうか?」


 カサンドラの問いかけに、イアンは首を横に振った。


「そういう問題ではありません。申請はクレオン君で出してあります」


 そう答えると、イアンは慌てて椅子から立ち上がった。誰もいない閉架書庫で、女子生徒と密会していたなんてことになったら、のぞきの件なんかよりも、大事になってしまう。今度はそれを見たカサンドラが、イアンに首をかしげて見せた。

 

「それでしたら、問題はないかと思います」


「どう言うことでしょうか?」


「ハッセ先生から頂いた許可証があります」


 カサンドラは膝を折ったままイアンの元へにじりよると、上目遣いに一枚の紙を差し出した。そこには、「イアン・ロストガルと、カサンドラ・シンの閉架図書の利用を認める」と簡潔に書いてあり、間違いなくハッセの署名もついている。


「なるほど。今すぐここを出ていく必要はないと言うことですね」


「問題がないようでしたら、そちらに座らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「もちろんです。それと、ここではお互いに生徒ですので、敬称や敬語は不要でお願いします」


「はい。イアンさん、承知いたしました」


 イアンは本棚に立てかけてあったもう一脚の椅子を、自分の向かい側へ置いた。しかし、カサンドラが再びそれを持ち上げて見せる。


「ここでは遠くて本が見えません。隣の席へ移動してもよろしいでしょうか?」


「そうですね。確かに少し遠いかもしれません」


 イアンの答えに、カサンドラは自分で椅子をイアンの横へ置くと、イアンが手にしたスオメラ語辞典をのぞき込んだ。


「発音を確認したいと思いますので、適当な一節を読んで頂いてもよろしいでしょうか?」


「イム、アント、ウラヌス、フレディリーカ」


 カサンドラから漂ってくる甘い香りに戸惑いながら、イアンは目についた用例を読み上げた。


「君は薔薇より美しい」


 イアンが口にした用例を、カサンドラが流暢なロストガル語へ訳す。そして感嘆した表情を浮かべつつ、イアンを眺めた。


「流石はスオメラの王家の血を引いていらっしゃいます。個々の単語の発音は完璧ですね。ですが、ロストガル語と違って、スオメラ語は単語を区切るのではなく、つなげて行きます。そうですね。歌に近い感じです」


「歌ですか?」


「イムーアントーウラヌスーフレディリーカー」


 楽器のように美しい声が辺りに響く。


「確かに、カサンドラさんが語ると、吟遊詩人の詩の様に聞こえます」


 イアンの感想に、カサンドラは頬を赤らめた。


「この用例のせいもあると思います。まるでフレデリカさんの事を讃えた、詩の一節みたいな用例ですね」


「フレデリカ嬢?」


 怪訝そうな顔をするイアンへ、カサンドラが頷いて見せる。


「フレデリカさんの髪は薔薇の花そのものです。スオメラでは、もっとも美しい髪の色だと言われています」


「ロストガルでは、カサンドラさんのような漆黒の髪が、一番美しいと言われてますよ」


 イアンのセリフに、カサンドラは自分の黒髪へ手をやりつつ、苦笑いを浮かべた。


「お世辞でも大変うれしく思います。ロストガルまで来たかいがありました」


「お世辞ではありません。それと、今回スオメラ語の指導をして頂くに当たって、カサンドラさんの希望があれば承ります」


 それを聞いたカサンドラが、イアンの目をじっと見つめる。


「よろしいのですか?」


「私にできることであれば」


「では、私をイアンさんの愛人にしていただきたいのです」

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