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謹慎処分

「マイルズ、後は私がやります」


 王妃のセシリーの申し出に、王宮侍従長のマイルズは、ティーセットが乗った盆をテーブルに置くと、一礼して王の私室を退室した。それを見送ったセシリーは、ポットを手に、二人分のカップへ紅茶を注ぐ。ロストガル国王エドモンドは、カップへ手を伸ばすと、その芳醇な香りを嗅ぎながら、小さくため息を漏らした。


「お疲れですか?」


 セシリーの問いかけに、エドモンドが頷く。


「スオメラの使節団を招いての舞踏会だ。それで疲れないとすれば、一部の若者だけだろう。舞踏会なんてものは、ほとんどの者が面倒で、参加したくないと思っているのに、決してなくならない。本当に不思議なものだ」


「あら、私と初めて踊られた時も、陛下はそう思ってらしたのかしら?」


 セシリーの問いかけに、エドモンドは飲みかけの紅茶を吐き出しそうになった。


「何を言い出すかと思えば……」


 そうぼやいたが、首を傾げるセシリーに、苦笑いを浮かべて見せる。


「正直に言わせてもらえば、時がたつのを忘れたぐらいだ。一曲をあれほど短く感じたのは初めてだよ。その後、カタリナ(第一王妃)マルガ(第二王妃)からどれほど嫌味を聞いたことか……」


「そう言って頂いて、安心しました」


 セシリーが口元に笑みを浮かべて見せる。


「お前がこの国に使節として来た時も、まだ若くて驚いたが、今度の大使もかなり若い。スオメラが実力主義だと言うのは本当らしいな。うらやましい限りだ」


「それはそれで、面倒な所もあります」


「足の引っ張り合いか?」


「そんなところです」


 セシリーが小さく肩をすくめて見せる。


「政治のある所、足の引っ張り合いは同じだよ。私自身を含めて、決まった階級による独占よりはマシではないか」


「何をおっしゃいます。それに、スオメラにも王はおります」


「同じ王でも大分違う気がする。私のやっているのは、王族や貴族間のどうでもいい争い事の調停だ。だがスオメラ王は川底から宝石を拾っている。そちらの方が、夢があるとは思わないか?」


「さあどうでしょう? 今度会った時に、兄に聞いてみます」


「間違っても、私のセリフとは言わないでくれ。それはそうと、舞踏会でイアンの姿を見かけなかったが、風邪でも引いたのか?」


「イアンさんは謹慎中につき、舞踏会への参加は見合わせてもらいました」


「謹慎中!? 何をやったんだ?」


「女子のお風呂をのぞいたそうです」


 それを聞いたエドモンドが、今度は本当に口から紅茶を吐き出す。


「あのイアンがか!?」


「陛下、落ち着いてください。こぼした紅茶をふけません」


 胸元にこぼれた紅茶を拭うセシリーへ、エドモンドが首を横に振って見せる。


「紅茶などどうでもいい。どうせすぐに着替える。侍女にすら手を出さないイアンが、のぞきとは信じられん。それで、学園から謹慎処分になったのか?」


「いえ、学園からではありません。学園には報告しなかった様です」


「では、どうして分かったのだ?」


「本人がソフィアの所に自首して来ました。学園に報告しても、なかったことにするでしょうから、母親の私がイアンさんに謹慎を申し渡しました」


 エドモンドが訳が分からないという顔で、額に手を当てる。


「それで、イアンは誰の風呂をのぞいたんだ?」


「イサベル・コーンウェル嬢、オリヴィア・フェリエ嬢、フレデリカ・カスティオール嬢の三人に、その侍女たちだそうです」


「侯爵家と、それに連なる者ではないか。これは確実に面倒なことになるぞ。黒曜の塔に命じて、学園並びに関係者の監視をせねば。すぐにマイルズを呼べ。それとイアンだ」


 それを聞いたセシリーが、いかにも嫌そうな顔をして見せる。


「陛下、年頃の他家のお嬢さんですよ。監視などあり得ません。それにイアンさんの罰は決めてあります」


「子供の時みたいに鞭で叩くのか?」


「そんな野蛮なことはしません。労働で償ってもらいます」


「イアンに労働……、何をやらせるのだ?」


「今度の剣技披露会で、大使の接待役をさせることにしました。イアンさんは政治向きなことが嫌いですので、ちょうどよい機会だと思います。それと、スオメラ大使クレメンス殿からの正式な要望でもあります」


「全く何をしているのやら……。ともかく、本人を呼んで話を聞かねばならぬ。そう言えば、サイモンも舞踏会で見知らぬ子と踊っていたな。どこの家の娘だ?」


「カスティオール家の次女、アンジェリカ嬢です」


 それを聞いたエドモンドが、再び額に手を当てる。


「あの娘もカスティオールなのか!?」


「はい。お披露目でも仲良く踊っていたと、ソフィアから聞きました」


「なんたることだ。マイルズは一体何をしていた」


 エドモンドは手元にある呼び鈴を鳴らした。すぐにドアをノックする音が聞こえてくる。


「陛下、お呼びでしょうか?」


 扉を開けたマイルズが、エドモンドへ頭を下げた。


「マイルズ、すぐに内務省へ連絡を……」


 そう告げたところで、エドモンドが首を横に振る。


人伝(ひとづて)には出来ぬな。直筆で大臣あてに指示書を書く。とりあえず、酒を半分入れた紅茶をくれ」


「こちらにお持ちしております」


 マイルズがエドモンドの前に、新しいポットとカップの乗った盆を差し出した。盆には琥珀色の液体が入った小瓶も添えてある。


「自分の子供に、足元をすくわれるとは思わなかった……」


 そうつぶやきながら、エドモンドがほぼ酒で満たされた紅茶を口にした時だ。エドモンドの動きが止まった。目の焦点もどこか定まらずにいる。


「やはりお疲れのようですね。マイルズ、陛下を横にして差し上げて」


「はい、王妃様」


 マイルズはエドモンドの体を軽く持ち上げると、長椅子へと横たえた。


「マイルズ、ご苦労様です」


 セシリーの言葉に、マイルズはエドモンドに対するよりも、さらに深くお辞儀をすると、盆を手に部屋を退出する。それと入れ替わりに、別の長身の侍従が部屋へと入ってきた。セシリーがその人物へ膝を折る。


「兄上。いえ、国王陛下。大変お待たせいたしました」


 そう告げると、セシリーは床につかんばかりに、深々と頭を下げた。

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