理由
無言でこちらを見つめるソフィア王女に、私たち三人は何も言い返せずに時が過ぎていく。やがてソフィア王女が小さくため息をついた。
「どうやら、イアンさんにはその罪を償ってもらう必要がありますね。フレデリカさん、その罪を無かったことにしたあなたも同罪です」
「フレデリカさんだけでなく、私たちも同罪だと思います」
「私は違うと思います」
異議を申し立てたイサベルさんへ、ソフィア王女がきっぱりと宣言した時だ。
ガチャ!
背後で扉が開く音がした。振り返ると、アメリアさんが扉を開けて立っている。どうやら話は終わったらしい。私たち三人は立ち上がると、ソフィア王女に挨拶して部屋を出た。無言で廊下を進むと、階段のところで足を止める。
私の部屋は二人と違って三階だ。それに階段の横を曲がった離れみたいな場所にある。二人に会釈して、廊下の角を曲がろうとした時だ。
「フレデリカさん」
イサベルさんが私に声をかけてきた。
「フレデリカさんは、決して嘘つきなんかじゃありません」
「その通りです。とっても正直な方だと思います」
そう告げるオリヴィアさんの瞳は、常夜灯の光に潤んで見える。
「それにイアン王子が、なぜソフィア王女に話をされたのか、分かった気がします」
「分かるんですか?」
私の問いかけに、イサベルさんはうなずいた。
「おそらく他の誰かが、私たちのことをのぞいていたんだと思います」
「私もそう思います」
オリヴィアさんもイサベルさんに同意する。
「そこから事実とは違う話が漏れるのを恐れて、先手を打ったんです」
確かに、ロゼッタさんは間違いなくあの場にいたし、マリですらそれに気づかなかった。他にも私たちを見ていた人がいる可能性がある。いや、いたのか……。
『私たちはかごの鳥ですよ』
前に聞いたセリフが頭に浮かんだ。人をまるで所有物みたいに扱っている奴らがいる。そう思うと、不気味さと共に、怒りで手が震えてきた。
『こんな世界なんて、なくなってしまえ!』
心でそう叫んだ私の手に何かが触れた。見ると、イサベルさんとオリヴィアさんが、私の手をぎゅっと握りしめている。
「フレデリカさん、私たちは親友です」
「フレデリカさんが罪を被るなら、私たちも同じ罪を被ります」
「ありがとうございます」
私はオリヴィアさんとイサベルさんへ頭を下げた。
「ですが、最初に認めなかったのは私の罪です」
二人に手を振ると、廊下の角を曲がった。でもソフィア王女は正しい。私はうそつきだ。今の私は、本当の私ではないのだから。
「あー、怖い怖い」
部屋の片隅から響いた声に、ソフィアは小さく笑い声をもらした。同時に、横で顔をしかめるアメリアへ目配せをする。
「ドミニクさんは正直な方ですね」
カーテンの陰から姿を現したドミニクが、ソフィアへ肩をすくめて見せた。
「あんただって、よく分かっているんだろう?」
「なんのことでしょうか?」
「人はみんな嘘つきさ。子供だって嘘をつく。すぐにばれるから嘘には思えないだけだ。あの子のうそなんて、子供と同じで、うその内にも入らないね」
そう告げたところで、ドミニクは考え込むような表情をした。
「違うね。こんな強引なやり方をするのを見ると、裏で糸を引いているのは……」
ソフィアがドミニクへ、唇に指を当てて見せる。
「ドミニクさんこそ、普段のぶっきらぼうな態度は、ご自身への紛れですね」
「私は見かけ通りの人間さ。それに、あんたたちにも、あんたたちが生きている世界にも興味はない」
「あら、私の護衛役なんですから、興味を持っていただかないと。でもさっきの発言には、フレデリカさんへの個人的な嫉妬も入っているのは確かです」
それを聞いたドミニクが首をかしげる。
「嫉妬? あんたが?」
「フレデリカさんの無かったことにする力は、うらやましい限りですよ」
「何かと思えば、そこ?」
ソフィアがあきれ顔のドミニクへ頷く。
「ドミニクさんは忘れることができますか?」
「やぶからぼうになんだい」
「いかがです?」
「当たり前だろう」
「普通はそうですよね」
「もっとも、忘れるのと、なかったことにするのは違う気がするけどね」
ドミニクがソフィアへ肩をすくめて見せる。
「違いは自分の意志で努力するかどうかですね。でも私にとって、どちらも同じことです。私は忘れることができません」
「冗談はやめてくれない……」
そこでドミニクは言葉を飲み込んだ。ソフィアの眼は明らかに真剣だ。
「まじなの?」
「はい。生まれてから、いえ、生まれる前に母のお腹の中にいた時から、すべて覚えています。だから、決して無かったことになど出来ないのです」
そう告げると、ソフィアは細く長い指で、自分の頭をつついて見せた。