温泉
永遠と思える時間が過ぎ、やっと昼休みになった。おしゃべりをしている時は、あっという間に過ぎると言うのに、時間の長さは、なんでこうも変わってしまうのでしょう。不便すぎます!
「どうしてお風呂なんです?」
中庭の噴水の横でお弁当を広げるなり、私はオリヴィアさんに質問した。そもそもオリヴィアさんが、お風呂であれほど深いため息をつく理由がよく分からない。
「はい。実はイサベルさんのお茶会の際に、叔父と話をしたのですが、そこで何か不満がないかと聞かれまして……」
さすがは大貴族のイケおじですね。ちゃんとしろとか小言は一切なしに、聞くことが違います。個人的には好感度爆上がりですよ。
「それで、お風呂と答えられたのですか?」
イサベルさんの問いかけに、オリヴィアさんがうなずく。
「はい。実家にいたときはほぼ寝たきりで、侍女に体を拭いてもらうだけでした。お風呂につかるということをした記憶がありません。それで、ついお風呂と答えてしまいました」
「確かに、ここでは体を洗うのがとても不便ですよね」
イサベルさんもオリヴィアさんに同意する。今の宿舎では、マリに桶にお湯を汲んでもらって体を洗っている。でもとても不便で、特に髪はマリに手伝ってもらえないと洗えない。
まだ私たち個室組の場合は、桶を置く場所ぐらいはあるが、相部屋の人たちは一体どうしているのだろう?
「答えたこと自体、すっかり忘れていたのですが、叔父から手紙が届きました。お風呂の準備ができたので、問題がないか、確認してほしいと書いてあったんです」
「確認?」
ウォーリス侯が桶にお湯を張って、宿舎まで持ってくる訳ではないだろうし、意味が分からない。
「旧宿舎の離れに大浴場があったらしいのですが、例の事件で使えなくなって、それを修理したらしいのです」
「えっ、そんなものがあったの!?」
それって、目玉おばけ事件の時に、ロゼッタさんが吹き飛ばしたあそこですよね。そう言えば、裏手に水くみ用の風車らしきものがあったけど、それもロゼッタさんが一緒に吹き飛ばした気がする。
前世ではお湯を使うことすら贅沢だったので、それに比べれば今でも十分ましです。でも大浴場があるなら、それに越した事はありません。実家にも一応は大きなお風呂がありましたが、我が家は金がないので、お父様が帰ってきたときぐらいしか使えませんでした。
「はい。離れの方はほとんど被害がなかったらしく、それを叔父の方で修理したそうです」
「なるほど、ウォーリス家は土木建築の専門家ですものね」
イサベルさんが納得した顔でうなずく。
「はい。叔父が専門の魔法職の方々を手配されたそうです。剣技披露会の準備のついでだと言っていました」
私の脳裏に、セシリー王妃が目に見えない手で、ミカエラさんのベッドを持ち上げた場面が浮かんだ。確かにあの術を使えば、あっという間に出来てしまうのかもしれない。
「それに、もともと地面からお湯が出ているので、それを使っただけだとも書いてありました。私としては何のことやらさっぱりで……」
「えっ! それって、温泉が出ていると言うことですか?」
皆さん、何でそんな冷静な顔をしているんです!
「オリヴィアさん!」
「なんでしょうか?」
「お風呂の確認の件ですが、私もご一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」
ぜひ、ご一緒させてください。今さらながら、あの厭味ったらしい目玉お化けへの憎悪が湧いて来る。それがあれば、マリとの練習での打ち身や、決闘騒ぎの腰の痛みだって、もっと早く治ったはずです。私から温泉の楽しみを奪うとは、まったくもって許せません!
「フレアさんが一緒でしたら、とても心強いのですが、よろしいのですか?」
「温泉ですよ、温泉! 本当ならお酒の一本も持ち込んで、湯上りに乾杯させて頂きたいぐらいです」
「お、お酒ですか!?」
すいません。興奮しすぎて、つい心の声が漏れてしまいました。後半の発言は忘れてください。でも上級生に遠慮せず、温泉を楽しめるだなんて、ありがたすぎです!
「イサベルさんもどうです?」
「私もですか!?」
イサベルさんが驚いた顔をして私を見る。私たちは親友ですからね、裸の付き合いだってありですよ。
「三人で温泉を楽しみましょう!」
でも裸の付き合いってなんだ? やっぱり私には、変なものが色々と混じっている気がする。