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人形たち

 王都の東、広大な王立学園の敷地にそびえる白き塔は、昇る朝日を浴びて黄金色に輝いていた。塔の主であり、王立学園の学園長でもあるシモンは、春めいてきた日差しをあびつつ、テーブルに置かれたティーカップへ琥珀色の液体を注いだ。


 ティーカップの前には、大人の半分ほどの大きさの人形が二つ、椅子に座る様に置かれている。二つの人形はどちらも美しい少女の姿をしていたが、造形はそれぞれ異なっていた。


 片方は山吹色と赤のあざやかな衣装を着ており、浅黒い肌をしている。もう一つの人形は、黒髪と陶器の様な白い肌をしていて、真っ黒な修道服を着ていた。


 どちらも個性的であり、本物の少女と見まがうぐらい精巧に作られていたが、瞬きすらせぬその姿は、見るものに美しさよりも恐怖を感じさせる。


「では、始めさせて頂きます」


 シモンはそう告げると、まるで主人を前にした小者のごとく、人形たちへもみ手をして見せた。


「この姿での会合は、これで最後にしたいものだ」


 いずこから低い声が響いてくる。


「いずれにせよ、我らがこの世界で存在できる時は短い」


 今度は修道服を着た人形の口元から、声が聞こえた。二つの人形へ乗り移った何者かが話をしており、シモンは白いあご髭を手でしごきながら、そのセリフへ耳を傾けている。


「だが時は満ちた。今度こそ真の器を元に、我らの理想の世界を築く」


「そこでは神もどきではなく、神そのものになれることを切に願うよ」


 修道服の人形の皮肉めいた言葉に、鮮やかな衣装の人形から、ため息らしき音が漏れた。


「このような姿になっても、お前のねじ曲がった性根はそのままらしいな」


「ステファヌス、魂の本質は変わらぬ。それ故に、我々はまだこうして存在するのだろう?」


「この場で魂の本質について、お前と不毛な議論をする気はない。それよりもシモン、段取りは問題ないだろうな?」


「はい。学園の中にいる限り、何も問題はありません」


 シモンの答えに、修道服の人形の目が、微かなきしみ音を立てて動いた。


「あの裏切り者はどうするのだ? 南区の件では、忌々しい使徒どもを使って、我らの邪魔をしてきた。間違いなく、背後にいるこちらの存在に気付いているぞ」


「確かに奴が使う使徒相手に、我らの姿なきものでは太刀打ち出来ない。だが……」


「だがなんだ?」


「使徒どもの数には限りがある。増える気配もない。それに人の魂を必要とする点においては、術の行使と同じ。所詮は未完成品だ」


「未完成か……」


 再び修道服を着た人形の視線がゆっくりと動いた。そのうつろな瞳の先には、ロストガルの五英雄の一人、赤毛の女性の肖像画がある。


 「あれを作ったのは、やはりあの女なのだろうな。その失われた魂を、あの男は世界のすべてをかけて取り戻そうとしている。どんなに時がたとうと、一途さを忘れぬとは、何ともうらやましい限りだ」


「お前が昔話を始める前に、話を先に進めよう。シモン、金の器で間違いないのだな?」


「はい、確認済みです。南区の件でも、間違いなくその力を振るわれていました」


「どうだろう。この一年ほどで、状況は大きく変わっていないか?」


 修道服姿の人形が発した言葉に、真っ白な髭を手ですいていた、シモンの動きが止まった。


「どういう意味でしょうか?」


「運動祭で、カスティオールの娘の姿を見ただろう? 一年前とは全くの別人だ」


 人形の問いかけに、シモンは小さく首をかしげて見せる。


「学園に入った後の試験結果も、その全てで否定的な結果が出ています。それに南区の件でも、姿なきものと使徒の炎から身を守ったのは、間違いなく金の器の力によるものです。赤毛の娘はただ走り回っていたにすぎません」


「南区で姿なき者が見えていたのは確かだ。それにスオメラがわざわざこちらまで来たのは、やつらが自分たちが手がけた赤き器こそ、本物と考えているのでは?」


「そうとすれば、あまりにもあからさまに過ぎませんでしょうか?」


「こちらにそう思わせるための餌とも考えられる」


「ステファヌス、都合よく考えすぎだ。それにあの裏切り者といい、スオメラといい、今回は多くの者たちを自由に泳がせすぎている」


「全てにひもはつけてある。それに全ての器候補はこの学園、我らの手の中だ。だがちょうどいい機会だな。今度の剣技披露会で、どれが本物の器なのか、そろそろはっきりさせることにしよう。裏切り者については、エイルマーたちを使ってけん制せよ」


「はい。承知いたしました」


 そう言って頭を下げたシモンの先では、いつの間にか琥珀色の液体が消え、ティーカップの底が見えている。


「戻られたか……」


 シモンは腰を叩きながら顔を上げると、部屋の壁に飾ってある五枚の肖像画へ視線を向けた。その一枚、金色の髪を持つ女性の姿をじっと見つめる。


「長きに渡り、死の恐怖に耐えて仕えてきたのだ。私がその代償を頂いても良い頃だとは思わないか?」


 ク――!


 含み笑いを漏らすシモンへ、部屋の壁に映る鳥の影たちが羽を広げて見せた。

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