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お花畑

「お願い、殺さないで!」


 そう声を上げると、メラミーは男性の元へ駆け寄ろうとした。


「動かないで!」


 マリの鋭い声が響く。その声に彼女の動きが止まった。だがその顔は蒼白だ。そして地面へ手を突くと私たちへ頭を下げた。


「分かったわ。あの件は誰にも言わない。約束する。だからその剣をどけて!」


「マリ、大丈夫よ」


 私は油断なく周囲を警戒するマリへ、声を掛けた。


「ですが、まだ隠れているかもしれません。危険です」


「あれがいれば分かるわ」


 あの背筋をナメクジが這いまわるような、説明しようのない気持ち悪さはどこにもない。でも一体どこから紛れ込んだのだろう。


 考えられるとしたら、例の南区の一件で、その残滓か何かが、私たちにくっついて紛れ込んだぐらいしか思いつかない。だとすれば、ここに倒れている男性は、私のやらかしの被害者の一人と言う事になる。


「分かりました」


 マリが剣をどけるや否や、メラミーが地面に倒れている男性の元へと駆け寄った。そしてその胸へ身を寄せる。


「ライオネル、目を開けて!」

 

 彼女の声に、男性がわずかに反応を示す。少なくとも命に別状はないらしい。メラミーは顔を上げると、混乱した表情で私たちを、そして荒れ果てたバラ園を眺めた。


「一体何が起きたの?」


 ま、まずいです。神もどきの件は口留めされている。それをそのまま伝えるわけにはいかない。


「お化けです。それがライオネルさんへ、憑りついたのだと思います」


「お化け!」


 それを聞いた彼女が、呆気にとられた顔をする。ほら、何百年か前に作られた、こんなカビくさいところですよ。お化けぐらいいても、おかしくないじゃないですか? 事実、目玉お化けがてんこ盛りでした。そう言えば、なんでみんな覚えていないんだろう?


「あなたたちは何者なの?」


「えっ、メラミーさんと同じ、ただの学生ですよ」


 私の答えに、彼女はローナさんを介抱するマリを、じっと見つめる。マリは相当に腕が立つので、ただの侍従さんかと聞かれれば、素直に「はい」とは言えません。


「いずれにせよ。私の負けよ。礼の件については、何も気づかなかったことにするわ」


 そう告げた彼女へ、私は首を横に振った。


「メラミーさん、その件はもう大丈夫です」


「どういうこと? やんごとなき家の人たちにとって、とっても大事な話じゃないの?」


 前世の私も、自分が両親だと信じていた人たちは、本当の親ではなかった。でもそれが何だと言うのだろう。それを決めるのは他人じゃない。


「いずれはどこかから漏れます。それがアンの罪でなくても、自分自身で乗り越えなければいけないものです」


 人の生とはそういうものだ。それを支えることはできても、誰かがそれを肩代わり出来る訳でもない。アンならきっと乗り越えられる。


「ローナさん」


 私はマリの手を取って立ち上がったローナさんへ、声をかけた。


「は、はい」


「学園を卒業したら、私と八百屋をやりませんか?」


「えっ!?」


「自分の食い扶持は自分で稼ぐものです。そもそも誰かに頼って生きていくなんてのが、間違いなんです。だから卒業したら家を出て、自分で生きるための何かを始めます。ローナさんも一緒にやりませんか?」


「八百屋ですか?」


「はい。八百屋です。ローナさんは算術も得意ですし、ぜひ一緒にやりましょう!」


 と言うか、今のところ、それしか生きるすべを知りません。それに南区へ行く馬車駅横の市場を見て、前世と大して変わらないのも確認済みです。


 問題は店を出すための仕入れの資金と、店の場所を借りるための敷金ですが、それを貯めるためなら、世の親父どもへ酒をつぐくらいは、我慢することにします。


 それに前世でも、白蓮と言う居候の面倒も見ていましたし、もしアンが家を出たいのであれば、アン一人の面倒ぐらい私が見ます。いや、一緒にやります。


 もしローナさんとアンが手伝ってくれたら、間違いなく最強です。世の男性たちが列を作って買いに来ます。マリが手伝ってくれれば、世の奥様たちも列を成すこと、間違いありません。


『ちなみに、私は愛嬌(あいきょう)担当で行かせて頂きます』


 ローナさんが呆気に取られて私を見ている。どうやらまた心の声が漏れてしまったらしい。それにまだ取らぬ狸のなんとやらですね。


「でも八百屋さんだとすると、メラミーさんのご実家の家業と、同じですね」


「ええ――!」


 思わず悲鳴のような声が出た。そうだとすれば、商売を始める前から、最大手に喧嘩を売ってしまった事になる。


「それよりも、この騒ぎをどうすれば……」


 ローナさんはそう言うと、途方にくれた表情で辺りを見回した。確かにそうだ。でもバラ園を荒らしたのは、あの憎たらしい神もどきです。かくなる上は……。


「全てなかったことにすればいいんです!」


「あ、あの、どうやって……」


「私がメラミーさんに謝って、それを受け入れてもらい、ローナさんが確認した。以上です」


「このバラ園を荒らしたのは?」


「そ、そうですね……」


 ここはご先祖が作ったものらしいので、子孫の私がやったことにして、許してもらえませんかね? でも流石にバラを引っこ抜いて投げられはしないか……。そうだ、奴がいました!


「巨大なモグラを発見して、それをみんなで退治しようとし、逃げられたことにしましょう!」


「モ、モグラですか!」


 ローナさん、やつらの邪悪さを知りませんね。気を許すと、天塩にかけた花壇を、全てなかったことにする奴らですよ。


「これで関係者一同、全てめでたしめでたしです。そうですよね、マリ!」


「はい。フレアさん!」


「メ、メラミー……」


 不意に倒れていた男性が、うめき声を上げた。


「ライオネル!」


 メラミーさんが男性の胸へしがみつく。その目には、安どの涙が光っている。


「す、すまない。何もできなかった……」


「ライオネル、本当に、本当に良かった」


 メラミーさんが、ライオネルさんの胸で泣き崩れた。大丈夫です。二人の愛があれば、神もどきなど敵ではありません。邪魔したら私が許さない。世界の果てまで追って行って、(チリ)にしてやります!


「ライオネルさんは茨まで潜って、モグラを追いかけた事にしましょう。それで行きます。ローナさん、申し訳ありませんが、医務室へ連絡をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「は、はい……」


 ローナさんが慌ててバラ園の外へと走っていく。


「本気で言っているの?」


 メラミーさんが私へ問いかけてきた。


「八百屋をやるのも含めて、本気ですよ」


 それを聞いた彼女が、大きなため息をつく。


「何をやっても、お花畑には勝てないのね」


「でもメラミーさん、あなたが戦うべきは私じゃないでしょう?」


 私の台詞に、メラミーさんは頷いた。


「そうね。私が守りたいのは家なんかじゃない」


 そう告げると、彼女は泥だらけのライオネルさんへ、そっと口づけをした。

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