表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
287/347

意図

 カーテンの隙間から差し込む淡い光に目が覚めた。部屋の中はシーンと静まり返っている。どうやらいつの間にか寝て、朝になってしまったらしい。慌てて寝台から飛び起きた。


 まだ薄暗い部屋の中、寝台の横に置かれたテーブルの上に、綺麗に折りたたまれた、下着と制服が置いてある。それに手を伸ばして着替えを始めた。右腕や右肩、右足に鈍い痛みはあるが、動けないほどの痛みではない。


 最後に胸元のリボンを締めると、部屋の片隅に置かれた鏡をのぞき込む。そこには泣きはらしたせいか、腫れぼったい目をした、赤い髪の女が映っていた。


『何をしているの?』


 私は鏡に映る女へ語り掛けた。どんなに涙を流して、マリに謝ったところで、何も変わりはしない。何をすべきかを考える為の、大事な時間を浪費しただけだ。頬を叩いて、自分に気合を入れると、寝室のドアを開けた。その先では既に侍従服へ着替えたマリが、朝食の準備をしている。


「おはよう、マリ」


「おはようございます、フレアさん」


 いつもの朝と同じく、マリが私に答えてくれた。


「朝食は食べられますか?」


「うん。頂きます」


 そう言えば、昨日の朝ごはんから何も食べていない。食欲はないが、何か食べておかないと、いざと言う時に、体が動かなくなってしまう。


「口の中を切っていますので、冷ましてから食べてください」


 マリが私の前へ、オートミールを牛乳で柔らかくしたものを出してくれた。それと、少しぬるめに入れた紅茶も添えてくれる。


「マリ、今日の場所はどこなの?」


「バラ園だそうです」


「時間は?」


「夜明けです」


 マリの言葉に私は頷いた。まだ日は昇っていないが、外はだいぶ白みかかっている。バラ園までの移動を考えれば、これを食べたら、すぐに出かけないといけない。その通りらしく、私が食べている間も、マリは準備を続けている。


 私は口に入れたオートミールを、紅茶で胃に流し込んだ。空になった皿とカップを手に、流し場へ向かう。


「フレアさん、私がやります!」


「今日は私にやらせて頂戴。それに顔も洗いたいし」


 食器を水で流し、顔を洗って流し場から出ると、マリの準備は全て終わっていた。マリへ頷いて、部屋を出る。いつもなら、朝起きた人たちの営みが聞こえてくるのだが、今日は何も聞こえない。私たちの件で、教務から何か通達が出ているのだろう。


 玄関を抜けると、辺りはまだ白い朝もやにつつまれている。でも頭の上には、紺色から橙色へと色を変える空が見えた。足元では霜がサクサクと音を立てている。


 木立の間を、バラ園へと続く道を歩きながら考えた。そもそも彼女の提案を受け入れたのが間違いの元だ。貴族社会は足の引っ張り合いで、彼女が口をつぐんでいたとしても、いずれはどこかから漏れる。


 だけど、どうしてカミラお母様は、アンを身ごもったまま、お父様に嫁いだのだろう。カミラお母様はアンに似て、とても美しい人だ。運動祭やお茶会に来た大人たちと、同じとは思いたくはないが、お父様がむりやり望んだだけなのかもしれない。


 それにジェシカ姉さんが、本当にお父様の落とし子なら、お父様だって、カミラお母様の事を、非難できる立場にあるとは思えない。どっちもどっちな気がする。いずれにせよ、アンには何の罪もないし、カスティオールへ義理立てする必要もない。


 そもそも普通の人たちは、家なんかに頼ったりはしないし、頼ることも出来ない。親の仕事を引き継ぐ人もいるが、多くはどこかの工房や商家に入り、生計を立てる。そして家庭を持ち、子供を育てていく。それが普通だ。


 家がどうのこうのとか、名誉がどうのこうのとか、訳の分からない事を言っている方がおかしい。そんなものに命をかけるなど、本当に馬鹿げている。


 何で彼女(メラミー)は急に、決闘なんて事を言い出したのだろう。彼女がヘクターさんの代わりに、付添人の男性が決闘へ出ると言った時に、驚いた顔をしていたのを思い出す。それにとても心配そうな顔もしていた。


 思った通り、前に専門棟の中庭で逢引きをしていたのは、彼女(メラミー)付き添い人の彼(ライオネル)だ。彼女は彼の事が好きで、学園まで付添人として連れてきた。つまり彼女の目的は、彼と一緒にいる事だ。


 それなら家なんてものや、世間なんてものに縛られることなく、自分がやりたい用にすればいい。それが許されないのなら、許さない方が間違っている。


 私はバラ園の前で立ち止まると、背後を振り返った。


「その剣は両刀、それとも片刀?」


 マリが肩へ担いだ、銀の装飾がされた剣へ視線を向けた。


「こちらは、片刀のようです」


「マリ、お願いがあるの」


「はい、フレアさん」


「今日は、その剣を返して使ってもらえないかしら」


「了解しました。それに、そうおっしゃると思っていました」


 マリが私へ笑みを浮かべて見せる。でも相手は大人の男性だ。それで何とか出来るかは分からない。


「フレアさん、大丈夫です。今日は出し惜しみなしの、全力で行かせて頂きます」


 マリは私が何を考えているか、分かっているらしい。次の瞬間、首の後ろがチリチリする感覚と共に、マリの体がぼやけた。同時に、黒い靄みたいな物が、マリの体を覆っているのが見える。


『マナ』


 前世で森に潜る冒険者たちが、そこに住むマ者たちへ対抗するのに使う力だ。マリはそれを使って姿を隠す、「隠密」と呼ばれる力を使える。


 でも油断は出来ない。剣を極めた人間は、相手を見てから剣を振るうのではない。頭の中に相手の動きを描き、未来へ向けて剣を振るう。前世の歌月さんや世恋さんの剣がそうだった。腕力がなくても、常に相手の急所を捉えて戦っていた。


「ご心配はいりません。たとえ力を使っても、決して油断は致しません」


 やっぱりマリは、私が何を考えているのか、全てお見通しです。思わず苦笑いを浮かべてしまう。見ればマリも一緒に笑っている。その姿に、前世で彼女と森に一緒に潜っていた時の事を思い出す。


 あの時は百夜も一緒だった。一瞬でも気を抜けば、すぐに命を落としかねない場所だったけど、何も不安はなかった。今日の私が出来るのもその時と同じ。マリを信じるだけ。


「うん」


 マリに頷いて、茨のアーチで出来たバラ園の入り口をくぐる。昇る朝日に、薄れゆく朝もやの向こうで、いくつかの人影が、私を待ち受けているのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ