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好敵手

 控室を出ると、既にマリとヘルベルトさんは既にアルベールさんの前へ立っていた。私も嫌味男に続いてその列に並ぶ。嫌味男よ、お前は女性優先(レディファースト)の原則を知らないのですか?


「試合の結果は――」


 そう告げたアルベールさんが、私たち一人一人の顔を眺めていく。


「2対0でローナ組の勝ち」


 会場から大歓声が上がった。敗者であるはずのヘルベルトさんも、マリもその歓声に答えて手を振っている。私も応援してくれたみんなに向かって手を振った。こうしてマリと一緒に声援を受けられるだなんて、なんて素晴らしいのだろう。同時に、マリがこの学園の生徒として一緒に学べないことに対して、やるせない気持ちにもなってくる。


「イアン、今回はやられたよ」


 控えの列に戻りながら、ヘルベルトさんがイアン王子に語り掛けるのが聞こえた。


「いや、俺が――」


 何か答えかけたイアン王子に、ヘルベルトさんが首を横に振る。


「俺が自分の剣技に、あぐらをかいていただけさ。今日はそれが十分に分かった。それに……」


 そう言うと、私とマリの方を振り返る。


「お嬢さんたちを見て、剣を交える意味を思い出した」


「はあ……」


 何か思いつくようなことでもありました?


「相手への尊敬の念だ。自分の師匠と剣を交えていた時、いつも殺されるんじゃないかと思っていたが、ある日、そうじゃないと気づいたのを思い出した。一人の剣士として真剣に相手をしていてくれた」


「それを確認するのに、人殺しの道具を使う必要はない」


 相変わらず嫌味しか言えない口ですね。とび色の瞳をにらみつけてやるが、当のヘルベルトさんは、カラカラと笑うと、イアン王子に頷いて見せる。


「その通りだ。だが俺みたいな馬鹿な男は、そうでもしないと、そんな大事な事すら分からないのさ」


「違うと思います」


 思わず口から言葉が出てしまった。全員が足を止めて、私をじっと見つめる。余計なことを言ってしまったとも思ったが、もう遅い。


「試されたのだと思います。そしてそれを乗り越えたのだと思います」


 ある意味、人の一生は試されることの連続なのだと思う。前世ではそれを乗り越えられずに、マリを道ずれに白蓮や百夜と別れることになった。こうして今の世でマリと再会できたことも、神様に生き方を試されているのかもしれない。


「流石はフレアさんです」


 オリヴィアさんが、そう声を上げると、いきなり私に抱き着いてくる。


「オ、オリヴィアさん!?」


「私の病気も、きっとフレアさんとお会いするための、試練だったのだと思います」


「流石にそれは違うと――」


「間違いありません。私はフレアさんにお会いできて、本当に良かったです!」


 オリヴィアさんが、私をさらに力強く抱きしめた。私の視線の先ではマリが、かな~り微妙な顔をしているのが見える。あ、あのですねー。


「つ、次の試合が始まります。皆さんで応援しましょう!」


「はい、フレアさん!」


 私はオリヴィアさんに手を引かれて、いや引きずられる様にしながら、控えの列の椅子に座った。試合場では次の試合を戦うメラミーさんとカサンドラさんが、アルベールさんに挨拶をしている。


 腰まで届く黒髪のカサンドラさんと、金髪のメラミーさん。二人とも凛とした感じの正統派美少女で、白を基調とした試合着がよく似合っています。試合場の横には正統派美少女の最終形態とでも言える、監督のイサベルさんの姿もある。男子生徒からしたら、目がつぶれそうな光景です。


 どうして私の周りにはこうも、これぞ美少女という方々がてんこ盛りなんでしょう? ただでさえ「いも」な私が、より「いも」に見えると言うものです。


 その反対側には見慣れない若い男性が座っていた。メラミーさんの付添人の方だ。でもあんなに若い男性が付添人ってありですか? 相当にやばいと思いますよ。そう言えば、昼休みにメラミーさんと話をしていたのって……。


「では試合開始!」


 私がとても大事な事を思い出そうとしている間に、試合開始の呼び声がかかってしまった。二人が試合場の中央へと進み出る。午後の決勝では、この二人のどちらかと戦うことになるので、今は二人の試合に集中しないといけません。二人の太刀筋はどんなだろう。そう思った瞬間だった。


「タァア――!」


 かなり遠くの間合いから、いきなりメラミーさんがカサンドラさんへ向かって飛び込んだ。その矢のような攻撃をカサンドラさんがくるりと回転しながら弾く。メラミーさんは着地すると、そのまま休むことなく、カサンドラさんへ向けて竹刀を振るい続けた。


 静まり返った剣技場に、二人の竹刀がぶつかり合う音だけが響く。その様子は吹き荒れる嵐と、その中で舞う燕の姿を思い起こさせる。カサンドラさんもすごいが、それ以上にメラミーさんの動きに驚いた。相当に鍛えられた足腰から繰り出される剣先は鋭く早い。


 パン!


 ひと際大きく竹刀の鳴る音が響き、二人が試合場の両端へと飛びのくのが見えた。竹刀を正眼に構えるメラミーさんの息はかなり上がっている。だけど、その反対側で竹刀を片手に持つ、カサンドラさんの息は全く上がっていない。


「やるわね」


 メラミーさんの声が響いた。


「そのお言葉、そっくりお返し致します」


 そう告げたカサンドラさんが、口元に笑みを浮かべて見せる。その表情は美しいというより、魂を引き込まれる妖艶さすら感じさせた。


 ゴクリ……。


 二人の姿に、思わず生唾を飲み込んでしまう。私などどう考えても二人の足元にも及ばない。マリでも勝てるか分からないぐらいだ。この二人のどちらかと次に戦うと考えただけで、足が震えてくる。こんな怖さを感じるのは、前世の旧街道で鳥もどきに会った時以来だろう。


 会場にいる全員が、固唾を飲んで二人を見つめている中、二人の竹刀がゆっくりと動く。二人とも次の一撃で決着をつけるつもりらしい。


 バン!


 瞬き一つあるかないかの速さで、二人の体が交差した。


 カラン……。


 小さな音ともにに、メラミーさんの手から竹刀が床へと落ちる。


「続けますか?」


 カサンドラさんは優雅にくるりと回ると、メラミーさんに声を掛けた。メラミーさんがカサンドラさんの方へ、小さく右手を振って見せる。


「うまく打たれたみたいね。しばらくは痺れが残りそうだから、遠慮しておくわ」


「本試合は、カサンドラ嬢の勝利とする」


 アルベールさんの宣言に、会場から大きな歓声が上がった。二人ともそれに小さく答えると、選手控えの列へと戻っていく。


「はあ……」


 大きなため息と共に、全身から力が抜けた。あのメラミーさんでも勝てないカサンドラさんと戦うなんて、全く持って考えられません。そもそも、いつ打ったのかすら分からなかった。


「竹刀ゆえか……」


 会場のどよめき中から、小さなつぶやきが聞こえてきた。見ると、ヘルベルトさんが小首を傾げている。気づけばマリも同じような顔をしていた。


「どう言うこと?」


「一瞬遅かったですが、竹刀でなく、防具もなければメラミーさんの肩への一撃の方が、効果的だったと思います」


「えっ!?」


 そんなの全く見えませんでしたけど……。


「流石はマリアン殿、よく見ている。でもそれを考慮したうえで、手を打ってきたカサンドラ嬢も恐るべしだな。俺たちと違って、相当な場数を踏んできている」


 ヘルベルトさんが、もっともらしい顔で頷いて見せた。もしかして、そんな人と試合をしないといけないんですか!?


「もう勘弁してください!」


 お嫁にいけなくなります!

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