本気
控室の扉を開けると、上半身裸の男性の姿が目に飛び込んできた。試合着を上をはだけたイアン王子が、手にした布で汗をふいている。
「誰だ?」
そう声を上げたイアン王子が、こちらを振り返った。そして呆れた顔をする。
「フレデリカ嬢、残念ながら控室は共用だ。扉を開ける前に、ノックぐらいしてもらえないか?」
そう言いつつ、試合着の袖へ腕を通す。いつもならはらわたが煮えくり返りそうになるところだけど、今はどうでもいい。
私はとっても大事な事を忘れていた。彼は私の相方だ。これが前世の森なら、自分の命を互いに預ける相手と言う事になる。ここは前世の森ではないが、それでも互いの信頼関係が大事な事に変わりはない。
「ヘルベルトさんへとの試合、勝利おめでとうございます」
「それをわざわざ言うために、来たのか?」
「そうです」
「フレア嬢、ありがたきお言葉、痛み入ります」
イアン王子がわざとらしく、淑女に対する紳士の礼をして見せる。
「それだけですか? 誰かに聞いてもらいたいことはありませんか?」
私の問いかけに、イアン王子が怪訝そうな顔をした。
「フレア嬢、何を言っているのか、よく分からないのだが?」
「私はこの混合戦での相方です。つまり運命共同体です。なので言いたいことがあれば、全て私に言ってください」
「どう言う事だ?」
「分かりませんか? 私に愚痴を吐き出してくださいと言っているんです」
私は侯爵家に生まれはしたけど、落ち目の家で、それほど誰かから期待を背負っているわけではない。それでもロゼッタさんの期待に応えようと、カミラお母様に認めてもらおうと頑張ってはみたが、それが敵わずいじけて泣いていた。
目の前に見えるとび色の瞳から見える世界は、私なんかより多くのしがらみに満ちているはず。
彼のいつも世を斜めに見ている、こちらを小ばかにした態度も、自分を守るための防壁なのだろう。私はそれを理解出来ずにいただけかもしれない。
何より相方として、腹を割って本音で話をし、相手を理解する努力を怠っていた。
「はあ……」
イアン王子が、私に向かって大きくため息をつく。
「フレデリカ嬢、君を見ていると、やたらとおせっかいで、周りを巻き込んでは、事件ばかりを起こす奴の事を思い出す」
「はあ?」
「余計なお世話だと言っているんだ」
何ですか、その態度は!?
「何が余計なお世話なんです。キース王子に小言を言われて、落ち込んでいると思ったから、話を聞いてやろうと言っているんです!」
それに前世も含めれば、私の方が間違いなくお姉さんです。私はイアン王子のとび色の目をにらみつけた。その瞳を見ていると、なぜか前世で私の事を「小娘」と呼んで、馬鹿にし続けた男の事が浮かんできた。
「私も思い出しました」
「何をだ?」
「あなたと同じで、嫌味を言わないと空気を吸えない男です」
「誰かは知らないが、きっと気が合いそうだな」
個人的に言わせてもらえば、そのものですよ!
「あの――」
「何だ!」「なに!?」
そう声を上げてしまってから、声の主が、控室の扉からこちらを見てるローナさんだと気づく。
「試合の結果発表と、観客へのあいさつがあるので、会場へお願いいたします」
「ご、ごめんなさい!」
慌ててそう答えた時だ。
「フレデリカ嬢」
背後から嫌味男の声が聞こえた。
「役に立つかどうかはさておき、その心意気には感謝する」
そう言うと、控室の扉から先に出て行く。私も慌てて彼の後を追って、控室の扉を出た。
「あら、イアンさんが勝ったと言うのに、随分と機嫌が悪いのね?」
その声に、キースは足を止めて背後を振り返った。そこにはキースとそっくりな髪の色をした、女子生徒が立っている。
「ソフィア、何を言っているんだ? あんなのは試合でもなんでもない。単なる喧嘩だ」
「そうかしら?」
キースの言葉にソフィアが首をひねって見せる。
「ロストガルの家訓は、『あらゆる手段を使って勝利せよ』でしょう。むしろイアンさんの戦い方の方が正しいと思うだけど?」
それを聞いたキースが、ソフィアに肩をすくめて見せた。
「双子だが、君に屁理屈では勝てないな」
「屁理屈ではなくて、真実よ。剣技はヘルベルトさんの方が上でも、果し合いならイアンさんの方が上、と言うところかしら。それよりも、いつも冷静なイアンさんにしては珍しいわね」
「サイモンと同じで、まだ子供だと言う事だ」
それを聞いたソフィアが、キースに苦笑いをして見せる。
「違うわよ。いつも自分を隠しているイアンさんにしては珍しいと言ったの。一体誰の為に、本気になったのかしら?」
ソフィアはそう告げると、再び小首を傾げて見せた。