表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
278/347

本気

 控室の扉を開けると、上半身裸の男性の姿が目に飛び込んできた。試合着を上をはだけたイアン王子が、手にした布で汗をふいている。


「誰だ?」


 そう声を上げたイアン王子が、こちらを振り返った。そして呆れた顔をする。


「フレデリカ嬢、残念ながら控室は共用だ。扉を開ける前に、ノックぐらいしてもらえないか?」


 そう言いつつ、試合着の袖へ腕を通す。いつもならはらわたが煮えくり返りそうになるところだけど、今はどうでもいい。


 私はとっても大事な事を忘れていた。彼は私の相方だ。これが前世の森なら、自分の命を互いに預ける相手と言う事になる。ここは前世の森ではないが、それでも互いの信頼関係が大事な事に変わりはない。


「ヘルベルトさんへとの試合、勝利おめでとうございます」


「それをわざわざ言うために、来たのか?」


「そうです」


()()()嬢、ありがたきお言葉、痛み入ります」


 イアン王子がわざとらしく、淑女に対する紳士の礼をして見せる。


「それだけですか? 誰かに聞いてもらいたいことはありませんか?」


 私の問いかけに、イアン王子が怪訝そうな顔をした。


()()()嬢、何を言っているのか、よく分からないのだが?」


「私はこの混合戦での相方です。つまり運命共同体です。なので言いたいことがあれば、全て私に言ってください」


「どう言う事だ?」


「分かりませんか? 私に愚痴を吐き出してくださいと言っているんです」

 

 私は侯爵家に生まれはしたけど、落ち目の家で、それほど誰かから期待を背負っているわけではない。それでもロゼッタさんの期待に応えようと、カミラお母様に認めてもらおうと頑張ってはみたが、それが敵わずいじけて泣いていた。


 目の前に見えるとび色の瞳から見える世界は、私なんかより多くのしがらみに満ちているはず。


 彼のいつも世を斜めに見ている、こちらを小ばかにした態度も、自分を守るための防壁なのだろう。私はそれを理解出来ずにいただけかもしれない。


 何より相方として、腹を割って本音で話をし、相手を理解する努力を怠っていた。


「はあ……」


 イアン王子が、私に向かって大きくため息をつく。


「フレデリカ嬢、君を見ていると、やたらとおせっかいで、周りを巻き込んでは、事件ばかりを起こす奴の事を思い出す」


「はあ?」


「余計なお世話だと言っているんだ」


 何ですか、その態度は!?


「何が余計なお世話なんです。キース王子に小言を言われて、落ち込んでいると思ったから、話を聞いてやろうと言っているんです!」


 それに前世も含めれば、私の方が間違いなくお姉さんです。私はイアン王子のとび色の目をにらみつけた。その瞳を見ていると、なぜか前世で私の事を「小娘」と呼んで、馬鹿にし続けた男の事が浮かんできた。


「私も思い出しました」


「何をだ?」


「あなたと同じで、嫌味を言わないと空気を吸えない男です」


「誰かは知らないが、きっと気が合いそうだな」


 個人的に言わせてもらえば、そのものですよ!


「あの――」


「何だ!」「なに!?」


 そう声を上げてしまってから、声の主が、控室の扉からこちらを見てるローナさんだと気づく。


「試合の結果発表と、観客へのあいさつがあるので、会場へお願いいたします」


「ご、ごめんなさい!」


 慌ててそう答えた時だ。


「フレデリカ嬢」


 背後から嫌味男の声が聞こえた。


「役に立つかどうかはさておき、その心意気には感謝する」


 そう言うと、控室の扉から先に出て行く。私も慌てて彼の後を追って、控室の扉を出た。




「あら、イアンさんが勝ったと言うのに、随分と機嫌が悪いのね?」


 その声に、キースは足を止めて背後を振り返った。そこにはキースとそっくりな髪の色をした、女子生徒が立っている。


「ソフィア、何を言っているんだ? あんなのは試合でもなんでもない。単なる喧嘩だ」


「そうかしら?」


 キースの言葉にソフィアが首をひねって見せる。


「ロストガルの家訓は、『あらゆる手段を使って勝利せよ』でしょう。むしろイアンさんの戦い方の方が正しいと思うだけど?」


 それを聞いたキースが、ソフィアに肩をすくめて見せた。


「双子だが、君に屁理屈では勝てないな」


「屁理屈ではなくて、真実よ。剣技はヘルベルトさんの方が上でも、果し合いならイアンさんの方が上、と言うところかしら。それよりも、いつも冷静なイアンさんにしては珍しいわね」


「サイモンと同じで、まだ子供だと言う事だ」


 それを聞いたソフィアが、キースに苦笑いをして見せる。


「違うわよ。いつも自分を隠しているイアンさんにしては珍しいと言ったの。一体誰の為に、本気になったのかしら?」


 ソフィアはそう告げると、再び小首を傾げて見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ