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「試合開始!」


 アルベールさんの凛とした声が会場に響いた。心の中では久しく感じることがなかった、肌を突き刺すような緊張を感じる。前世で自分が森で感じていたものだ。まさかこれを懐かしいと感じる日が来るなんて、夢にも思わなかった。


 私は竹刀を正眼に構えてマリをじっと見つめる。マリも私と同じように、竹刀を正眼に構えている。もう誰の声は聞こえない。聞こえるのは自分の鼓動だけ。


 まるで時間が止まってしまったように思える中、マリと私は互いに少しづつ間合いを縮めていった。互いの手の内も、間合いもよく分かっている。どうしたらマリに勝てるだろうか?


『違う!』


 私の中の何かがささやく。これは勝つか負けるかじゃない。マリに私の剣を、私の感謝の心を示せるかだ。それにマリだけじゃない。ロゼッタさんを始め、私を支えてきてくれた人たちにもだ。


 小細工などいらない。自分の間合いに入った瞬間、全身全霊で竹刀を振るう。それだけだ。


 目の前ではマリが、微動だにすることなく剣を構えている。足先の僅かな動きで、ジリジリと互いに間合いを詰めていく。はたから見たら止まっているようにしか見えないだろう。でも実際は、足の爪一つ分前へ進むだけでも汗が流れ、心臓が爆発するのではないかと思うほどに早まっていく。


『行くよ!』


 私は心の中でマリに語りかけた。次の瞬間、両足で思いっきり床を蹴る。同時にマリも動く。私とマリの間で竹刀が交差し、互いの額を目指して突き進む。


 バン!


 耳ではなく、頭に直接大きな音場響いた。頭と体が揺れ、手から竹刀が落ちそうになるが、必死にそれを支える。流れ落ちる汗にぼやけそうる視界の先で、私の竹刀がマリの額を捉えている。


『相打ち?』


 いや、私の手がマリへ届いたのは音が聞こえた後だ。この試合は、選手が負けたと認めるか、監督が負けたと認めるまで続く。私が「負けました!」と口を開こうとした時だった。


「参りました」


 マリの声が聞こえた。どういう事だろう。思わず体中から力が抜ける。


「私には相打ちに見えたが、いいのかね?」


 立会人を務めるアルベールさんがマリに声をかけた。


「はい。私の方が遅かったです」


「了解した。本試合の勝者はフレデリカ嬢とする」


 会場から大歓声が上がった。もしかしたら、その大半はマリが負けたことへの悲鳴だったのかもしれない。でも私の耳には誰の声も入ってこない。私はマリの元へと駆け寄った。


「マリ、どういう事?」


「フレアさんの方が早かったです。それにすばらしい一太刀でした」


 そう告げると、マリは私の手をそっと握った。その手が微かに震えている。


「恐れることなく全力で剣を振るう。その剣に私の心が切られました。私の負けです。やっぱり、フレアさんは私の永遠の師匠です」


 マリが私ににっこりと微笑む。その笑顔を見ていると、森に潜った時みたいに、マリと心が一つになれた気がする。


「私が勝ったのだから、もう師匠は禁止ですよ。でもマリ、フェイントの一つも入れれば避けられたでしょう?」


「違います。フレアさんの気迫に、避けられませんでした」


「まあ、そう言う事にしておきます」


 私はマリに肩をすくめてみせた。視線の先ではオリヴィアさんが、私たちに大きな拍手を送っている。振り返ると、選手の控えの席で、ローナさんが私に向かって大きく手を振っているのも見えた。ロゼッタさんは相変わらず、手にした手帳をじっと眺めている。やっぱり、ロゼッタさんはロゼッタさんです。


「フレデリカさん、おめでとうございます」


 控えに戻った私へ、ローナさんが飛びつかんばかりに駆け寄ってくる。少しは彼女を元気づけられただろうか? その表情は、先ほどまでの心配そうな顔とは違い、とても喜んでいるように見える。


「ローナさん、応援ありがとうございました」


「おめでとう」


 次の試合の準備をしていたイアン王子も、私に声をかけてきた。いつもならそのそっけない態度が鼻につくところだけど、今はそれを感じない。むしろ前世で城砦にいた人たちを思い出す。あの人たちも、態度はみなそっけなかったけど、心の内は熱い人たちだった。


 その人たちとのつながりを失ってしまったことに、今更ながら心が痛む。でもマリとはこうしてまた会えた。


「ありがとうごいます」


 私は彼へ素直に頭を下げた。


「イアンさんも、悔いなきよう、頑張ってください」


 それはイアン王子に対してであると同時に、自分に対する(いまし)めでもある。私たちはいつ遠いところへいくか、分からないのだから。


 


「よろしくお願いします」


 イアンは審判を務めるアルベールへあいさつすると、試合場へと進んだ。その先ではヘルベルトが複雑な顔をして立っているのが見える。


「まさか、赤毛のお嬢さんの方が勝つとは思わなかったな」


 ヘルベルトの台詞に、イアンもうなずいた。


「相打ちに見えたが、マリアン嬢からすれば、そこで勝ちを主張する訳にもいかないだろう」


「そうだな。だがイアン、俺は違うぞ。俺の学園生活最大の見せ場だ。それに女神さまも応援してくれている」


 そう告げると、ヘルベルトはちらりと背後を振り返った。そこではオリヴィアがマリアンと話している姿がある。


「それでいい。それに赤毛の試合を見て少し考えた」


「何をだ?」


 イアンの表情に、ヘルベルトが怪訝そうな顔をして見せる。


「本気でやらせてもらう。だからお前も、俺を殺すつもりでかかってこい」

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