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追憶

「いきなり最初の試合ですけど、大丈夫ですか?」


 ローナさんが私の防具を着けるのを手伝ってくれながら話しかけてきた。


「はい。準備運動はしましたし。何も問題はありません」


 男子女子でどちらが最初に試合をするかは、監督のローナさんとオリヴィアさんがコイントスをして私に決まった。この試合の参加者の中で、まじめに剣技をやってこなかったのは私だけだ。他の人の試合を見てからやるのに比べれば、プレッシャーがかからなくていい。他人の試合を見たら、間違いなくやる気をそがれる。


「怖くはないのですか?」


 ローナさんが言葉を続けた。彼女から見たら、女子の私が試合に出ること自体が、信じられないのだろう。前世の私が冒険者をやっていた城砦(じょうさい)では、マリも含めて多くの女性冒険者たちがいた。ろくにマナも使えないで冒険者をやっていたのは、前世でも私ぐらいだ。


 そう言えば、マナが使えないという点では、白蓮(はくれん)と言う、私よりもひどい奴もいましたね。でも白蓮はそれなりにみんなの役にたっていたけど、私に出来たのはせいぜいがおとり役ぐらい。実際は百夜や他の人たちに、おんぶにだっこだった。


 その白蓮に騙されて冒険者になったけど、一流だけが入れる城砦の冒険者になれたのは親の七光り。前世でのマリ、実希さんと仲良くなったきかっけも、親の七光りの私を、別の受験者が排除しようとしたがきっかけだった。その点では今も何も変わりはしない。


「怖いですよ」


 私の台詞に、ローナさんが驚いた顔をする。私からすれば、他のどの生徒よりもマリが一番怖い。学園にいるほとんどの生徒は、やんごとなき家か、裕福な家の出身だ。少なくとも日々生きるのに命をかけたりしない。日々誰かが欠けていくようなことを、受け入れないといけない場所にもいない。


 だけどマリは違う。彼女は本物の冒険者だ。必要があれば仲間を見捨てることも、他の冒険者のために自分の命を捨てる事も受け入れる。たとえ手にするものが竹刀であっても、十分すぎるほど恐ろしい。


「それに、マリには二度ほど殺されかけましたしね」


「えっ!」


 私のつぶやきに、防具の紐を縛るローナさんの手が止まる。つい前世の思い出が口に出てしまいました。


「あ、あのですね。私が何かやらかしたら、ベッドに縛り付けられるので、とっても怖いんです」


 慌てて言いつくろったけど、ローナさんが、とてつもなく恐ろしいものを見る目で私を見ている。めちゃくちゃまずい。私とマリが、とってもやばい関係に思われてしまいます。


「じょ、冗談ですよ!」


 ローナさんがほっとした顔をした。


「そ、そうですよね。でもフレアさんは、私は同じ年なのに、私の知らないことを、たくさん経験してきているように思えます」


「そんなことはないです。でも生きていることの素晴らしさは日々感じています。それに皆さんと一緒にいてこそ、自分は生きているという気がします」


 本当にそう思う。前世の記憶があると言う点ではそうかもしれないが、その記憶もそれほど長い訳ではない。そのさほど長くない人生はマ者ではなく、同じ冒険者の、とても信用していた人によって閉じらた。


だけどそれはこの世界ではない、どこか遠い場所の話にすぎません。大切なのは今この時です。


「生きているですか?」


 ローナさんが不思議そうな顔をする。


「はい。毎日朝を迎えられると言うことは、本当にすばらしいんです。でもそれだけでは意味がありません。誰かと一緒の時間を過ごしてこそ意味があります。人は自分で生きている以上に、誰かによって生かされているという事だと思います」


 きっとローナさんにはまだ分からないだろう。私も前世の記憶があってこその実感だ。


「もう試合時間ですね。行きましょう!」


 ローナさんと一緒に控室を出ると、会場から大声援が聞こえてくる。緊張をほぐすため、辺りをぐるりと見回すと、会場の横で黒い服を身にまとった女性が座っているのが見えた。ロゼッタさんだ。その手前では、ローナさんの付き添い人の方が、同じように真っ黒な服を着て座っている。


「本日はよろしくお願いいたします」


 私はローナさんの付き添い人の方へ挨拶すると、ロゼッタさんの元へと駆け寄った。ロゼッタさんは手には小さな手帳を持ち、それをじっと眺めている。私がお披露目に出た時も、こうして壁際でじっと立っていたのを思い出す。


「ロゼッタさん!」


 私の呼びかけに、ロゼッタさんは手帳から顔を上げた。


「フレアさん、怪我にだけは気を付けてください」


「はい。気を付けます!」


 私は見慣れた、同時にとても懐かしく思える瞳に向かって頷く。もちろんです。怪我などして授業を休むことになったら、やっと無くなった補習の紙の束と再びこんにちはです。そちらの方が余程に命にか関わります。


 反対側では試合着に防具を着け、手には竹刀を持ったマリが立っている。その先では監督のオリヴィアさんと、オリヴィアさんの付添人のトカスさんが座っていた。その目は朝見た時と同様に眠たげだ。まあ、大人の人から見れば、私たちの試合は退屈なだけなのだろう。


 私たちは互いに礼をすると、剣技場の中央へと歩み寄った。


「マリ、いよいよですね」


「はい。フレアさん」


「私たちが最初に試合をした時のことを、覚えている?」


「もちろんです。私はあなたを本当に殺してやるつもりでした」


「うん。あっさり負けたし、マジで殺されると思った。でも生まれ変わっても、またこうしてマリと試合をすることになるなんて、私とマリは運命の神様に、相当に強く結びつけられているみたいね」


「はい。師匠、私はそれをとても光栄だと思っています」


「今、師匠って言ったわよね。それって禁止したはずだけど?」


「フレアさん、ここは城砦ではありませんよ」


「そうでした。でも私が勝ったら、その呼び方はここでも禁止です」


「はい、師匠。承りました」


「両者、試合の準備をしてください。生徒たちも試合開始まで静粛にお願いします」


 会場にアルベールさんの凛とした声が響いた。私たちは互いに淑女に対する礼をして、剣技場の両端へと移動する。


 どんな神様のいたずらかは分からないけど、こうして今を生きていることを、そしてマリとまた試合ができることに感謝しよう。

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