抽選
ローナさんに続いて控室から出ると、他の組もちょうど控室から出てくるところだった。因みに今回の試合は、女子の私たちが一日三回も戦うのは厳しいので、トーナメント式になっている。
各組の監督を務めるイサベルさんに、オリヴィアさん、メラミーさん、ローナさんが、抽選箱を持った職員の前へと進むと、観客席から、さらに大きな歓声が上がった。
やはり女子生徒たちからは、ヘクターさんを呼ぶ声が、一番多く聞こえてくる。流石は銀髪の美少年です。でも同じくらいに、マリを呼ぶ声も聞こえた。ある層の需要に確実に応えています。
それよりは少ないが、クレオンさんの名を熱狂的に叫んでいる人たちもいた。みんなが目を向ける前に推す。これぞ推しの王道ですね。
「イアン王子様~~!」
なぜか嫌味男の名前を呼ぶ声も、ちらほらと聞こえてくる。まあ王子様ですから、あこがれるのも分からなくはないですが、個人的には全くお勧めしません。皆さん、肩書なんてものに騙されていますよ!
一方、男子生徒たちの歓声は、イサベルさんとオリヴィアさんで、ほぼ二分されている感じだ。やはり深窓のお嬢様は強力です。なんか「フレデリカ」と呼ぶ声が聞こえた気もするけど、間違いなく空耳ですね。
そもそもローナさんやメラミーさんを含めて、学年の美少女全員集合です。私など道端の石ころみたいなもので、眼中に入るわけがありません。
「何をキョロキョロしているんだ。もう抽選がはじまるぞ」
周囲の熱狂に酔いしれている私に、嫌味男が声を掛けてきた。この興奮を理解できないだなんて、無粋を絵に描いたような男です。でも言われてみれば、みんなも前を向ている。その先では職員さんが、一番左にいたローナさんへ向かって箱を差し出した。
よく見ればまだ若い方ですが、ものすごく疲れて見える。もしかしたら、早朝から会場設営など全てされたのでしょうか? 目の下にクマはできているし、何より目が死んでいます。
「監督の生徒は、箱からくじを一枚ずつ引いて、渡してください」
差し出された箱から、ローナさんに続いてオリヴィアさん、イサベルさん、最後にメラミーさんが札を引いた。とっても疲れた職員さんが、全てを札を受け取って、それに目を通す。なんか事務手続きみたいで、とってもあっけない。
監督が引いたくじを、観客席へ告げるぐらいあってよくありませんか? でも二枚引いた時点で残りが決まってしまうので、これはこれでいいのかもしれない。
「第一試合の組み合わせは――」
その声に、会場がシーンと静まり返る。
「ローナ組対、オリヴィア組。第二試合はイサベル組対、メラミー組になります」
オオオォォ――!
会場全体から、どよめきがあがった。でもちょっと待ってください。これって、並んだ順番通りじゃないですか! ちゃんと札を混ぜました?
「参ったな……」
どこかから、ぼやき声が聞こえてくる。声の先では、ヘルベルトさんが複雑な表情をして立っていた。それはそうだろう。王子の付き人の彼にとってしてみれば、一番ありがたくない組み合わせだ。
その横で、マリも茫然とした表情で立っている。いきなり私と戦うなんてのは、マリとしても予想外だったらしい。
「マリ、よろしくね」
私の呼びかけに、マリが慌ててこちらを振り向く。
「は、はい。よろしくお願いします」
「遠慮はいらないわよ。私も全力で行きます!」
「そうですね。フレアさんがご自分でどれだけ身を守れるようになったか、知るにはいい機会です。私も遠慮なしに行かせて頂きます」
「もちろんです!」
私はマリに向かってにっこりと微笑んだ。それでこそ私の弟子です。
「こんなのあり?」
控室に入るなり、カサンドラはクレオンに詰め寄った。
「こればっかりは、運だから仕方がない」
超不機嫌な顔をするカサンドラに対して、クレオンが肩をすくめて見せる。
「本気で言っているんじゃないでしょうね? あの職員、ろくに札を見ていなかったじゃない。どう考えても出来レースよ」
「別にあの金髪のお嬢さんから、文句が出るわけじゃない。問題なしだ」
「違うでしょう。あの陰険じじいが、どう思うかの問題でしょう?」
「それはそうだが、政治的なあれやこれやは、ロストガルでも同じと言うことだよ。こちらの責任じゃない。そのぐらいは分かってくれるさ」
クレオンの答えに、カサンドラがさらに不機嫌そうな顔をした。
「政治じゃなくて、私たちの生き残りの問題でしょう?」
「それについては、君の言う通りだ」
「もう少し真面目に考えて頂戴。この組み合わせを決めた人たちの意図は?」
「普通に考えれば、イアン王子にもっとも差しさわりのない相手を当てた、と言うところだな。決勝でも俺たち外国人相手なら、勝とうが負けようが政治的な害はない。そんなところだろう」
「それだけかしら?」
クレオンの答えに、カサンドラが首をひねって見せる。
「一回戦で、私たちの実力を見るためと言う考え方はない?」
「あのヘクターという生徒は舐められない。でも君の相手は侍女殿だよ? 何か意味はあるかな?」
「でもあの侍女、なんか変な感じがするのよね」
カサンドラのつぶやきに、クレオンも怪訝そうな顔をした。
「あの子も魔法職か?」
「違うと思う。その気配は感じられなかった。別の何かよ」
クレオンが口元に小さく指を当てて見せる。
「だとすれば、あの赤毛のお嬢さんだけじゃなくて、あの侍女にも、何か秘密があると言う事になるな」
そう小声で告げると、クレオンは注意深く辺りをうかがった。