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同業者

 情報屋のロニー、もっともその名前を一番使っているだけで、本当の名前は何だったかも怪しくなっている男は、自分が出てきた屋敷を振り返った。それはまさに贅をつくして建てられてはいるが、残念なことにそれだけに見える。そこには風雪に耐え、そこに住む一族を守ってきたと言う貫禄が存在しない。


 それを眺めながらロニーはフンと鼻を鳴らした。そして宝石商としての見かけの小道具である、大きな皮のカバンを抱えなおす。その中身はここへ来た時に比べると、はるかに軽くなっていた。


 見かけをつくろう為に用意した数少ない本物の石も、本物ではあるが実際はガラクタに過ぎない石も、ここの主人によってすべて買い上げられている。しかし当のロニーにとって、それが良いことかと言えば全く違う。むしろ山の向こうから、暗雲が湧き上がってくるのを眺める思いだった。


 客の気前がいいと言うのは、こちらを重要だと思っていない証拠だ。つまり、いつ消してもいいと思っていることになる。ロニーは大店の持ち家が並ぶ区画から、下町へ続く路地を歩きながらそっと背後をうかがった。


 やはり数人の男たちが、こちらの後をつけてきている。ウェリントン家の先代はそれなりの男だったらしいが、当代のグラディオスは猜疑心が深く、油断ならない男だと言うのは本当らしい。


 カスティオールなどという落ちぶれた家の依頼なので、あまり差し障りのない仕事だと思ったのは間違いだったと、ロニーは心から後悔した。情報屋と言うのは、崖の間を通した一本の綱を渡っているようなもので、ちょっとでも足を踏み外せば真っ逆さまだ。今の自分は谷底へ向かって相当に傾いている。


 ロニーは再び不機嫌そうに鼻を鳴らすと、下町にある少しばかり大きめの酒場の入り口をくぐった。


「あら、ロニーさん久しぶりじゃない」


 カウンタ席に座るなり、顔見知りの給仕が声をかけてくる。そして女性とは思えないたくましい腕で、ロニーの前に冷えたエールを置いた。


「つまみは何にする?」


「そうだな。牛肉をエールとたれで漬け込んだ奴をあぶってくれないか? それと、そら豆をゆでたやつを頼む」


「肉はちょっと時間がかかるけど、大丈夫?」


「仕事は上がりだから、ゆっくりさせてもらうよ」


「それじゃごゆっくり。上着はこちらで預かります」


 ロニーは給仕に軽く手を上げて答えると、エールを一気に流し込む。そして厨房の親父が差し出したそら豆をいくつかむいて、口へ放り込んだ。背後ではロニーの後に入ってきた何人かの客へ給仕に注文をしている姿が見える。


 そちらへ視線を向けないようにしながら、ロニーはトイレへ向かって席を立った。そして壁としか思えないくぐり戸を開けると裏の路地へと抜ける。そこへ置かれた籠の中から上着とカバンを取り出した。顔見知りの給仕が、上着と一緒にこっそり受け取ってくれたものだ。


 ロニーはそこへ十分に色をつけたお金を入れると、行き止まりに見える路地のくぐり戸から背後にある空地へと抜けた。誰も後ろを着けてくる気配はない。見えるのは建物間にぽっかりと見える空だけだ。それを見上げつつ、ロニーは顔をしかめた。


 今のロニーには、カスティオールのカミラや、ウェリントン家のグラディオスなんかよりも、はるかに厄介で危険な客がいる。この世界のどこに居ようが、自分の事を見つけることが出来て、しかもいつでも首をひねることが出来る相手だ。


「ふう……」


 ロニーは小さくため息を漏らすと、空き地の先にある狭い路地へと進んだ。そしてとある倉庫のような建物の半地下への階段を降りると、扉の脇にあるレンガを動かし、そこにあるノブを回す。次の瞬間、ロニーの体は扉ごと回転すると、その向こう側へ移された。


「きゃ!」


 急に現れたロニーを見て、侍従姿の少女が悲鳴を上げる。そしてそのまま床へしりもちをついた。


「驚かせてすまない」


 ロニーは少女へそう声をかけると、営業用の笑みを浮かべて手を差し出した。


「じいさんは、中かい?」


 その言葉に、少女はロニーが客だと気づいたらしい。慌てて立ち上がると、小さく頷いた。ロニーは空振りに終わった手を、小さく少女に振って見せると、重厚な鉄の扉を開けた。そこは天井の高い巨大な倉庫で、鉄でできたかっしりとした棚がずっと並んでいる。その間を、何人もの先ほどの同じ侍従服姿少女たちが、忙しそうに動いている。


 ロニーはびっしりと書類が詰め込まれた棚の間を抜けると、真ん中にちょんと置かれた机の前へと進んだ。


「ポンシオ爺さん」


「ロニーか?」


 机に座る老人が顔を上げる。


「勝手口であった子だけど、同業者用の入り口を知らなかったところを見ると、まだ新入りかい?」


「今年入った子だ。でも今年の一番はわしの手をすり抜けて、学園へお付きとして行ってしまった。何年、いや数十年に一人ぐらいの逸材だったのに残念だよ」


 老人が手にしていた羽ペンを机の上へ放り投げて、嘆息して見せる。そして近くにいた侍女を手招きした。


「ルウチェ、私と客にお茶を持ってきておくれ」


「はい。旦那様」


 かなり若い、まだ子供と呼べそうな年齢の少女が丁寧に頭を下げる。ロニーはその後ろ姿を眺めながら、小さく頭を振った。ポンシオの趣味は侍女だ。それもどこかの家にやとわれた侍女を、自分のところに身請けする。本人曰く、本物でないといけないらしい。


 しかし身請けするのは若い子に限られる。そしてここにいるのは若い子だけだ。この子たちが年をとった後にどうなるのか、ロニーは知らないし、知りたくもない。余計なことを知れば命が短くなるのは、この世界では常識以前の話になる。


「相変わらず元気そうで何よりだ。それよりも前に来た時より棚の高さが一段高くなっていないか? 相変わらず内務省の書類倉庫、いや、内務省の書類倉庫を越えているな」

 

「ちりつもだよ。わしが集めている情報の一つ一つに大した価値はない。それでもそれを集めれば、それなりに価値が出ると言うものさ」


 ロニーの世界で、ポンシオ爺さんと言う名で知られている情報屋は、自分の机の上にある書きかけの書類を指でちょんとつついた。そのまだインクが乾ききっていない紙には、見たこともない記号がびっしりと書き込まれている。ここにある何十万枚、いや何百万枚あるか分からない書類は、この爺さんの頭の中にある暗号と符丁で整理されている。


「それよりも、相手の懐に飛び込むのが得意なお前さんが、うちみたいなところに何の用だ?」


「男を探している。この条件に合う人間のリストを作って欲しい」


「不特定か……」


 ロニーが差し出したメモをちらりと見たポンシオがつぶやいた。そこにはロニーが、自分が王都に身を隠す場合にどうするかを考えた条件が書いてある。


 エドガーと言う男が見つからない理由をロニーは考えた。少なくとも見かけは変わっているだろう。年齢、容姿はもちろん性別すらも変わっているのかもしれない。しかしそれだけが理由とは思えない。塔の連中、それも黒曜の塔が探しても見つからないのだ。聞くところによれば、たとえ見かけがどれだけ変わっていても、知った相手であれば、魔法職が色と呼ぶもので識別できるらしい。


 ロニーはそれゆえに男を見逃していると結論付けた。なので容姿、年齢、性別は一切無視し、状況だけで対象を絞り込むことに決めている。普通に考えれば無謀な試みだが、ポンシオの集めている膨大な情報があれば、その絞り込みも決して不可能ではない。


「これは金がかかるぞ。(依頼者)は大丈夫なのか?」


「金については大丈夫だ」


 ロニーはポンシオへあごをしゃくって見せた。それを見たポンシオが頷く。これが王宮魔法庁、それも黒曜の塔からの依頼であることを理解したらしい。


「少し時間がかかるが、大丈夫だろう」


「紅茶になります」


 薄い茶色の髪をした少女がロニーへ紅茶のカップを差し出した。ロニーはしばしランプの明りにゆらめく茶色の液体を眺めていたが、おもむろにカップを手にとると口をつける。それを見たポンシオが苦笑いをして見せた。


「お前さんは私の唯一の友人の弟子だ。何も入れたりはしないよ。だが用心深くあるのにこしたことはないな」


 ポンシオがロニーの顔をじっと眺める。


「だから、私の友人みたいにならないよう気をつけろ」


 ポンシオはそう告げると、膝に乗せた侍従服姿の少女が手にするカップから、ゴクリと紅茶を飲んで見せた。

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