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時の人

 いくつかある剣技場の中で、竹刀同士のぶつかる乾いた音が響いている。そこでは二人の男子生徒が、学生服を着たまま防具も着けずに竹刀を振るっていた。


「ヘルベルト、覗いている奴はいるか?」


 その一人、とび色の目を持つ男子生徒が、相手の竹刀を力づくで押さえつけつつ、もう一人の耳元でささやいた。


「いない。大丈夫だ」


 その言葉に男子生徒、イアン王子が小さく頷いて見せる。そして相手の押す力を使って後ろへ飛びのくと、その胸元へ向かって突きを入れた。だが相手をするヘルベルトは、素早く体をひねってそれを避けると、横からイアンの腕を竹刀で軽く打つ。


「これで続けて三本、俺の勝ちだな」


「二本だ。その前に俺がお前の脇腹を打っている」


「そいつは相打ちだから、数には入らない」


「いや、俺の方が早かった」


 それを聞いたヘルベルトが口を尖らせる。


「これだから我がまま王子さまは困る。俺はオリヴィアさんの組だから、オリヴィアさんの声援を受けて、なぜ侍女をやっているのか分からない美女殿(マリアン)と、一緒に練習が出来たんだ。なのにどうしてお前の相手なんだ?」


「お前じゃないと、俺に遠慮して練習にならないだろう? それにお前と一緒に剣技場なんて、許可が出る訳ない」


「いや、そのための混合戦だろう。それにイサベル嬢は、あの留学生たちの応援をしているじゃないか?」


「警備部長の監視の下でだ。だがお前の疑問については同意する。どうしてあの子が赤毛の侍女なんだ? 例の件(カスティオール)で、あの子(マリアン)についても、裏は取ってあるんだろう?」


「取った。だが特に不自然な点はなかったぞ。灰の街の出身。ライサが始めた灰の街への援助で、ライサに努めると同時に、前代表の養女になっている。その後は現代表の秘書みたいなことをしていたみたいだが、ライサを辞めて、カスティオール家の侍女として入った。その後はお前も知っての通りだ」


 ヘルベルトの言葉に、イアンが少し考え込む表情をする。


「イアン、あれだけの美人の上に、灰の街から出てきたんだ。色々とあるのぐらい察してやれ。でもあの子の勤め先がカスティオールでよかったな。主人や男兄弟の居る家だったら大変だな。間違いなく奪い合いだ」


「違う」


 そうぽつりとつぶやいたイアンに、ヘルベルトがため息をつく。


「イアン、お前がそういうのを嫌っているのはよく知っている。しかしそれが世の実だ」


「違う。色々とつじつまがあっていないんだ」


「そうか? 金持ちや権力者が裏でやることと言えば――」


「そこじゃない。ヘルベルト、お前はあのマリアンと言う子をどう思う?」


「ちょっと冷たい感じはするけど、間違いなく美人だ。スタイルもいい。ちょっとだけ日に焼けた感じが、深窓のお嬢様と違った魅力だな」


「ヘルベルト、そこから離れろ。侍従として態度とか能力とかについてだ」


「うん? 何も問題ないと思うぞ。完璧じゃないか?」


「その通りだよ。完璧すぎるんだ。赤毛殿への忠誠心も含めて、王宮でマイルズ侍従長の下にいても耐えられそうなぐらいだ」


「そうだな。凄すぎて忘れていた」


「灰の街出身の女の子が、たかだか半年ほど商会に努めたからって、あれだけの振る舞いや受け答えを身に付けられるか?」


 イアンの台詞に、ヘルベルトが両手を上げて見せる。


「無理だな」


「その通り。あの赤毛嬢が、たった二年であれだけ人が変わったのと同じぐらいに不思議な事なんだ。でもこちらはまだ可能性は残っている。両親か面倒を見ていた人間が、それを教え込める人だったという事はあり得る」


「イアン、その件について、お前に言っていないことがある」


「なんだ?」


「彼女の両親は元筋ものだ。母親はそれなりの大物だったらしい。だが足を洗った後で、彼女生んですぐに亡くなっている。父親は本当のくずだったらしい。彼女が灰の街を出る直前に、筋ものの抗争に巻き込まれて死んでいる」


「灰の街か……」


あの子(マリアン)には悪いが、王都の肥溜めみたいなところだ。それに灰の街から彼女を連れ出したのも、やはりあの辺りを仕切る顔役らしい」


「それが、彼女をライサに売りつけたという筋書きか?」


「本当かどうかは知らないが、ライサを乗っ取る道具にされた言うのがもっぱらの噂だ。きっと骨抜きにしようと思ったんだろうな。だが前代表が別の商会の若手を引き抜いて、引退してからまっとうになったと言う話だが……」


 そこまで言ってから、今度はヘルベルトが考え込む表情になる。


「現代表の秘書をやっていたという事を考えると、実は今の代表を引き抜くために使われたかもしれないな。でも灰の街で誰かに仕込まれていたというのはないと思う」


「そうなるな」


「でも若い町娘を後家に取るために、どこかの養女にして、短期間に仕込むと言うのがあるだろう? ライサの前代表か、その裏で糸を引いている奴が、カスティオールへ送り込むために、短期間で仕込んだと言うのはあり得ないか?」


「それで何とかなるのは、せいぜいが挨拶にテーブルマナーぐらいだな。あんな完璧な態度など絶対に無理だ。それに送り込まれたとするなら、あの赤毛殿(フレデリカ)への忠誠心は? あれが演技だと言うのなら、お前の俺への態度も、全て演技だと言われても納得する」


「あのなイアン、(たとえ)に使っていいものと悪いものがあるぞ。でも言われてみれば、色々とこの件と繋がりそうな(事件)がある。最近王都の顔役たちの大部分が遠いところへ行った。その前には暗殺ギルドが消えている」


「暗殺ギルド?」


 ヘルベルトの台詞に、イアンが驚いた顔をした。


「そうだ。イアン、お前は聞いていないかもしれないが、顔役たちを含め、裏の筋もの達の実態は非公式の公安機関のようなものなんだ。裏で手綱を握っている奴がいないと、さらに犯罪率が跳ね上がると言うやつだな」


「それとあの子に、どんな関係があるんだ?」


「あの子をを灰の街から連れ出したと思われる顔役は、消えていない」


「つまり、あの子は今も裏の連中とつながりがあると、言いう事か?」


 イアンの言葉にヘルベルトが頷く。


「これはあくまで噂だが、鮮血のアルマという、俺たち魔法職の間でも悪名高い顔役がいた。それが突然引退している。ちょっと信じられないが、他の顔役同様に、遠いところへ行ったのかもしれない。その後釜がまだとても若い女だという話がある」


「ちょっと待てヘルベルト、お前は――」


「これはあくまで俺の勘だ。だけどあの子がその跡目だとしても俺は驚かない」


 それを聞いたイアンが、再び考え込むような表情をする。


「その顔役たちが遠いところへ行ったと言う件も、後釜に座ったその女から目をそらすため、その秘密を守るためではないだろうか?」


「ちょっと待て。その女にの為に、誰かがそんな大それた事をやったと言うのか?」


「そうだ。彼女学園に居るのも、そう考えると一番つじつまが合う。ある意味、ここは他のどこよりも守れられている」


「個人的には、俺の勘が外れであって欲しいね」


 ヘルベルトがイアンに肩をすくめて見せる。


「あまりに荒唐無稽な話だが、あの子(マリアン)がその後釜だと言うお前の勘が正しいかどうかは、混合戦の結果を見れば分かりそうな気がする」


「でもそれは裏の連中の問題に過ぎないぞ」


 考え込むイアンに、ヘルベルトが再び肩をすくめて見せる。


「それよりもスオメラの留学生との試合はどうする? スオメラからの使節の件で王宮も含めて、やんごとなき人たちはてんやわんや。王子のお前が国の留学生と試合をするなんて、どう考えても差しさわりまくりだ」


「その件については、キース兄さんからも試合を辞退するように言われた」


 それを聞いたヘルベルトが呆れた顔をする。


「ほらみろ、言わんこっちゃない。それで辞退するのか?」


「さまかだ。都合がいいことに、母上が試合のことをソフィア姉さんから聞いたらしく、激励の手紙を送ってきた。それをそのままキース兄さんに送ってやった」


「おい、あの人(キース王子)につっかかるな。後でひどいしっぺ返しを食らってもしらないぞ」


「知ったことか。だがいくら使節が来るとは言え、どうしてそんなにもスオメラの件に神経質なんだ? この間のイサベル嬢のお茶会でも、大人たちはその話題で持ちきりだった」


「これもまだ噂にすぎないが、どうやらスオメラから通商に関する条約締結の話が出るらしい。それを耳にすれば、やんごとなき人たちだけでなく、各商会も目の色を変える」


「通商? クリュオネルが大陸ごと消えた大穴の封印が弱まって、カスティオール領はおろか、神殿との間も海運がほぼ止まっている状態なんだぞ?」


「魔法職だよ」


「魔法職?」


 そう告げると、ヘルベルトは自慢げに自分の胸を指さした。


「封印が弱まっている影響を、航行する船に魔法職を乗せて、なんとかしようとしているらしい」


「穴には穴で対抗するのか?」


「そもそも魔法職なんてのは、相手に魔法職がいるための対抗策みたいなものだ。何の生産性もない仕事だよ。それが通商の役に立つなら、その方がはるかに世のため人のためだな」


「お前がそれを言うのか?」


「イアン、お前の大好きな世の真実と言うやつだ。俺もオリヴィアさんが、商家の出身だったらお前の相手なんてやめて、婿養子に入るところなんだがな」


「冗談は後にしろ。だけどそれを支えられるほどの魔法職なんて、確保できるのか?」


「俺は本気だぞ。でも流石はイアンだ。問題はそこだよ。この国の魔法職のほとんどは王宮魔法庁に属していて、民間にいるのはごくわずか。そもそも俺たちみたいな家業でやっているところを除けば、魔法職の養成自体を国が取り仕切っている。だからその数少ない魔法職を商家で奪い合っているらしい」


「王宮魔法庁を辞めて、そっちにいくやつもいるだろうな」


「まあ、金の話だけならそうだ。家の一族にも引き抜きの話が来ている。だけど俺たちの仕事は足の引っ張り合いだから、そう簡単な話じゃない。それはさておき、その件で少し気になる話が持ち上がっている」


「お前の手当ての増額か?」


「違うよ。交易だから船が行き来するのは一方的な話じゃない。スオメラの商会からの船も受け入れることになる」


「当たり前だな」


「そこでこちらの船の護衛役に、スオメラの魔法職を借りられないかと言う話が出ているんだ」


「外国の魔法職をこの国に引き入れると言うのか!?」


「そうだ。相当に危険な話なのは間違いない。でも監視なら王宮魔法庁でやっている監視は、今でもスオメラ相手にもやっている。それを続けるだけじゃないかという理屈だ。さらに将来を見越して、民間で魔法職養成のための基金をつのるなんて話まで上がっている。日陰者の魔法職とは思えない盛り上がりだよ」


「スオメラか……。ハッセ先生が言っていただろう。俺も赤毛もスオメラの関係者だ」


「そうだな。魔法職同様に、今やお前も時の人だ」


「学園には魔法職もスオメラの関係者も多すぎる。俺たちはここへ入ったんじゃなくて、集められたのかもしれないな」


 そうつぶやいたイアンを、ヘルベルトはただ無言で見つめた。

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