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「やばいです!」


 私は走りながら背後に続くオリヴィアさんへ声を掛けた。オリヴィアさんもこちらへと必死に駆けてくる。お昼ご飯は一分でいけましたが、その直後にこんなに走るとは思っていませんでした。脇腹が痛くてたまりません。


 どうして走っているかと言えば、剣技場はローナさんの黄組に校舎からは近いですが、私たち橙組からは少し離れていたことを忘れていた為です。本当なら全力で走りたいところだけど、それではオリヴィアさんを置いてけぼりにしてしまうことになる。


 私は校舎へ続く渡り廊下の入り口で立ち止まって、オリヴィアさんが追いつくのを待った。辺りにもう誰もいない。そう思った時だった。どこかから話し声が聞こえてくる。


「……私はここで失礼させて頂きます」


 どうやら私たち以外にも、まだ校舎の外にいる人がいたらしい。誰かが私たちとは反対側、黄色組がある校舎へと走っていくのが見えた。その後ろ姿にはどこか見覚えがある。マリと同じく均整がとれたすらりとした体。


 間違いありません。留学生のカサンドラさんだ。カサンドラさんに向けて手を振る金髪の美女も見えた。その顔には満面の笑みを浮かべている。


「イサベルさん!」


 そう声を掛けたが、こちらには気づかなかったらしく、イサベルさんはすぐに校舎へ向かって走り出した。運動神経抜群なイサベルさんの姿は、あっという間に校舎の中へ消える。


「フレデリカさん、お待たせしてすいません」


 背後から声が聞こえた。気づけば、オリヴィアさんが荒い息をして立っている。入学式の時には自分で歩けなかったのに、ここまで走ってこれるなんて、とってもすごいです。


「先ほど、どなたかに、声をかけていたみたいですが?」


「はい。実はイサベルさんを見かけて、声を掛けたのですが、先に行かれてしまいました」


「そうでしたか。フレデリカさんも、どうか先に行ってください」


「そうはいきません!」


 そもそも遅れたのは私のせいです。本当はおんぶして走りたいところですが、流石に校舎内でそれをやるのは目立ち過ぎです。


「でもイサベルさんは本当に足が速いですね。あっという間にみえなくなってしまいました」


 運動祭では、リレーで何人もごぼう抜きしたのを思い出します。


「それにお茶会が終わったせいでしょうか? とっても元気になりましたよね」


 最初は私たちとお昼を一緒に食べられないと、とても残念がっていたが、すぐにそんなことは言わなくなった。今では昼休みには、私たちよりもはるかに早く教室を飛び出していく。


「最近はとても楽しそうですね」


 どうやらオリヴィアさんも、そう思っているらしい。


「やっぱり、イケメンの留学生のせいでしょうか?」


 それともクレオンさんとカサンドラさんの幼馴染のイチャイチャ?


「その件について、イェルチェからとある噂を聞きました」


「えっ、どんな噂ですか!?」


  思わず叫び声をあげてしまった私に、オリヴィアさんがしまったという顔をして見せる。もう手遅れです!


「ぜひ聞かせてください!」


「あ、あの、イサベルさんの組の練習には、学園の警備部長さんが立ち会っているらしいんです」


「警部部長さん?」


 男子のクレオンさんが一緒に参加しているとはいえ、流石はコーンウェル家のお嬢様です。箱入り度が全く違います。


「でもどうして、イサベルさんの機嫌がよくなるのでしょう?」


 警備部長なんて、どう考えても邪魔なだけじゃないでしょうかね?


「警部部長のアルベールさんはとっても素敵な方らしく、かなり前から侍女たちの間でも話題になっています。それにイサベルさんと同じ髪の色をしていらっしゃるので、一緒にいると、まるでおとぎ話の王子と王女様みたいだと言っていました」


 オリヴィアさんの答えに、少しがっかりしてしまった。警備部長って言うぐらいですから、もうおじさんですよね。でもちょっと待ってください。思い出しました。新人戦でやばかった時に、私とエルヴィンさんの間に入ってくれた人ですね。


 もちろん年齢は相当に上ですが、かなりのイケメン、いやイケオジな方だ。本物の王子様(イアン)なんかより、確かに王子様らしく見える。それにお昼を専門棟の中庭で食べた時に、ロゼッタさんと話をしていたのもその人だ。


 そう言えば、イサベルさんはロゼッタさんを、絶対にお茶会へ呼んでくれと言っていました……。


「オリヴィアさん……」


「はい、なんでしょうか?」


「これはもしかすると、もしかします」


「はあ……」


 オリヴィアさんが当惑した顔で私を見る。何をぼーっとしているんです!


 私は魔法職ではありませんが、私の中の何かが、間違いなくそこには何かがあると告げています。これを放っておくことなど、絶対に出来ません。いえ、許されません!


「オリヴィアさん、イサベルさんとすぐにお茶会をしましょう」


「あ、あの、フレデリカさん、混合戦の試合も迫っていますけど……」


 イサベルさんの恋話ですよ。今晩でもいいくらいです。


「分かりました。では僭越ながら、私の方で早急にお茶会を企画させて頂きます」


 お茶さえあればいいんですよね。お小遣いはありませんが、お茶を買うお金ぐらいなら、トマスさんから借りればなんとかなる気がする。そう言えば、トマスさんからは色々と借りっぱなしでした。ですが、ここは私にお金を預けたと思って納得してもらおう。


 トマスさんは貯金なんて出来そうにないですから、その方がトマスさんにとってもいいはずです。


「フレデリカさんのお茶会ですか? 素敵ですね!」


「はい。すぐにですね――」


 あれ? オリヴィアさんが、何かとてつもなく恐ろしいものでも見たように震えている。私は慌てて背後を振り返った。


「メ、メルヴィ先生!」


「フレデリカさん、オリヴィアさん。すでに授業の開始の鐘はなっています。なのに校舎の外で、お茶会の計画ですか?」


「す、すいません!」


 私たちは教室へ向けて駆けだした。何かが疾風のように私の背中を追い越し、先へと走っていく。それはイサベルさんに負けない速さで走る、オリヴィアさんの背中だった。

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